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4.化物

 彼が目覚めたその場所は岩の上だったという。起き上がって下を覗き込んでみると何も見えない闇が広がっており、すぐ側には切り立った岩の壁がある――つまり、崖の突き出た岩の上で目が覚めたのだ、という。言葉を変えると、断崖絶壁の自殺するには格好の崖で運良く岩に乗ったという具合であると彼は笑った。

 そこから、とにかく移動せねばと思い崖を這い上がろうとして、彼は驚いたそうだ。普通の人間では絶対に這い上がれないような断崖絶壁を彼は登ることが出来た。そして、あたりの森を見回して、見覚えはあるのにどこか懐かしい場所なのに、まったく思い出せないという記憶の矛盾に突き当たったという。しかし、そこで立ち止まってもしかたがないと思い彼はそのもやもやとした黒い煙のような違和感を抱えながら周囲を探索し始めたそうだ。


 そこから彼は人里を探そうと思い、水場を探してそこから歩いて行くのが一番ではないかと川を探すことにした。そして、ようやく探し当て水鏡にするために水を覗きこんだ。すると、自分の格好が殺人でも犯したかのように血まみれで、当然だが崖を登ってきたため服も泥だらけであちこち破れていることに気が付いた。

 そこで人里を探すことをためらった。そして、誤解を受けるなど面倒事に巻き込まれないためにも森に閉じこもることにした。自分の記憶障害についても、少し時間が経てば解決し、自宅への帰路を思い出せるのではないかと考えた。また幸いにも、きのみなど山の幸を見つけたことから、これで当分は生きていけると確証を持ったらしい。

 うまくいくようにも思えたが、そこから問題が起きた。何も食べていないため空腹状態であるにもかかわらず、食べ物を見ても食欲がわかないのだ。無理に食べ物を詰め込んだところで吐いてしまい、消化できない。そんなことを繰り返していたためか、体は衰弱し、固く死人のように冷たくなり、動かなくなる。彼は途方に暮れ、川辺に座り込んでいた。そしてそこで、自分の正体が何者なのかついに気がつく転機が訪れた。目の前に大鹿が現れたのだ。

 そこで彼は自分を大きく射抜く、鋭い衝撃に出会う。


 血が飲みたい


 先程まで空腹状態であったにもかかわらず、食欲がなかった彼は自身の変化に動揺する。だがそれ以上に、我慢などという生ぬるい言葉では抑え切られないほどの強い衝動が、欲望が彼を支配する。

 気がついた時には、彼は大鹿を仕留め、血を吸い尽くした後であった。


 それから彼は、どんなに空腹でも植物や肉類には興味を示さず、興味を示すのは血の通っている生き物――血に対してのみであるということに気がついていく。何か食べたくても何も口には入らないのに、血を見た瞬間にすべての自身の細胞という細胞が呼び起こされ、暗い尽くしてしまいたいという衝動にとらわれるのだ。放牧されている家畜を見たときも、理性では襲ってしまっていけないとわかっていながらもそれができなかった。空腹時には理性が吹き飛んでしまい、自分ではどうしようもなかったのだ。自分が自分で恐ろしくてたまらなかった。

 目が覚める前は、こんなはずでは無かったのだ。名前も家も、自分に関することは思い出せないが、それは分かる。何度もそのように考える自分を疑い続けていたのだが、以前人里に下りてみようと一大決心をして、町を遠くから見ていたときに、人の会話が――通常では聞こえるなどありえない距離だが聴覚が音を拾った――聞こえ同じ言語であると安心した。看板の文字も読むことができた。読み書きは出来、ある程度は(このままの姿で人里に下りることは出来ないと判断する等)人として常識のようなものがあるといえる、ということから血を食らうだけの化け物だとは思えなかったし、思いたくなかった。


 しかし彼は血への欲望に理性だけで打ち勝つことは出来ない。人を襲うよりは、と森にこもって動物を襲うか、家畜を襲って血を飲んでいた。彼はことが大きくなり、存在を知られてしまわないようにと少しずつ少しずつ拠点を移していく。言語が理解できる範囲内の移動であればそう問題ないだろうと、進んだ方角は覚えておこう西と方角を定めてから、慎重に移動していった。自分は何者なのか悩みながら。


 そして彼は運命の出会いを果たす。


 ある夜、気が付くと自分の血、体、すべてにべったりと浅黒い血が付いていた。彼はああ、また理性で制御できずに家畜を襲ってしまったのかと悲しくなる。

 家畜を襲ったところで肉に対しては興味を示さないため、ごろりと死体だけが自分の目の前に横たわっていた。このような場面に遭遇するたびに自分は普通の生物とは大きく異ることを意識してしまう。普通の生物は肉を食うために命を狩るのに対し、彼は血だけが目的で血を飲んでしまえば他のものは用済みとなる。命を無駄にしているのだ。死体は語らない、ごろりと転がった肉片を見ていると彼は虚しくてたまらなくなる。

 そのようにして呆然と立ち尽くしていると、彼は声をかけられて驚き、飲んだばかりの血がどくどくと強く体を巡ることを意識した。

 月の光を背にしているため逆光になっているが、夜目が利くため顔ははっきり見える。赤い髪に猫のような黄色い瞳、恐ろしいほど白い肌に鼻はすっと高い、体格的にも男だろう。一見すれば人間のようだが少し尖った耳先と唇から覗く犬歯が、彼にそう感じさせる。いや、本能的にロックは分かる。彼は自分と同じ存在だと。

「あ、と……」

 ロックは赤子のように言葉を発することが出来ない。なにせ言葉をかわす事自体数カ月ぶりである。

「お前もしかして、腹が減ってるの?」

 ロックが口ごもっていると、男はそう彼に声をかけた。

次回で、お待たせしましたという感じですが

この小説内での吸血鬼についてお話させていただきます

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