3.古びた館と彫刻のような青年
内容は……なのですが、文字数的に更新します
また訂正は容赦なく行います
領主様にあのことを告げられてから、一週間が経とうとする今日に、私はこの村を出て行く――つまり、化物の住処に向かう日がやってきたのである。
朝になって、一週間分程度の服や食料などが渡される。食料を渡されて首を傾げてしまったのだが、私はすぐに殺されるわけではないということであろう。なんでも、化物は約束された娘は殺さないということを自分から言ったらしい。それが本当かどうなのかは分からないし、殺されるよりももっとひどい目にあうのかもしれないが、運良く生き延びているようならば、何かしらかの合図を私は送り続け、その合図が途絶えない間は私の分の食料を隣村が出してくれるらしい。そう言われると、なるほど隣村も負担があるのかと納得しそうになるが、どう考えてもこの村の負担のほうが大きいような気がする。微妙そうな顔をしていたためか、老執事に隣村は前回の討伐でこの村の倍近い犠牲者を出したらしいと耳打ちをしてくれた。
私は隣村の猟師たちに案内され、森を奥へ奥へと進んでいく。屋敷を出るときに、領主様や同僚たちが見送ってくれてありがたいとは思ったが、なぜだろう、あまりうれしいとは思えなかった。死ぬかもしれないという恐怖のせいかもしれない。
猟師たちがはたと足を止める。どうやら目的の場所に着いたらしい。木の根につまづくのではないかと下ばかり見て歩いていたため、前方が止まり驚いて視線を上げたそこには領主様の話から聞いた通りの、建物があった。
ここは昔、都市に本邸を構える貴族がひっそりと作った別荘で、昔はそれなりに小さなパーティーが開かれることもあったそうだ。その貴族が没落する前に館を売ったところまでは村の記録に残っているが、それ以降は分からない。分かることといえば、この館を管理するものがもういないということである。
村であまり見かけないような、古い建築様式で作られた歴史ある建物は以前の荘厳さからはかけ離れ、今は蔦が巻く不気味な場所に変わってしまっている。窓ガラスも割れており、門は雑草に覆われてしまっており来る者を拒んでいるかのようだ。猟師たちに先陣を切ってもらう形で私は進む。あまりにも植物が茂っている箇所はなたで切って、道を作った。背の高い草をうっとうしく思いながら手で払う、そうやってなんとか玄関へと辿り着いた。猟師たちはそこで案内をするという役目を終えたと私に告げ、私に背を向ける。来た時よりも少し楽になったとはいえ、帰りも鬱陶しそうに草を避けて、切って帰っていった。
猟師たちの背中を見送ってから、私はふうっとため息をつく。
ひとりだ。両親が死んだ時と同じように、私は今ひとりだ。風で草と草がこすれる音が聞こえる程度で、あたりはしんと静かだ。すうっと大きく空気を吸い込むと、冷たさと草の匂いが胸に広がった。
すると、少しだけ昔のことを思い出す。両親とともに生活をしていた頃の記憶だ。だいぶ薄れてしまっているが、それでもまだ私の中には暖かい両親からの愛が残っている。両親のことを思い出すと、その時々に感じた匂いが思い出される。行商という仕事上、海の上で生活をすることも多かった。だから私にとって、潮の香りは両親を思い起こす一番強い作用を持っている。潮の香りは私に楽しかったことを、両親が私に注いでくれた愛を、言葉を思い出させる。しかし今私は草の香りがする、古びれた館の前にいる。しかも怪物が住むという館である。こんなことを、幼い私に話したらなんて思うだろうなんて馬鹿げたことを考えて、苦笑した。
私はこれからどうなるのだろう、どうしたいのだろう。それとももう、どうすることも出来ないのだろうか。私はこれから死ぬしかないのだろうか、とそんなことを考えた。
私は決意を固め、扉を三回ノックする。返事を待つが、それはなかった。そして私は、化物に礼儀なんてなかったのかもしれないし、もしくは必要ないかもしれないと思い直し、ノブを回そうと手をかけた。しかし、私がノブを回すことはなかった。なぜならばノブが勝手に回ったからだ。
私は驚いて手を離し、後ろに飛ぶように玄関口から離れたところまで後退してから、中の様子を伺った。実際に目の前に来るとなると、覚悟をしていても呼吸が正常に出来ない程には緊張した。じっと見ていると、扉が何かを伺うように少しずつ開いていき、人がひとり顔を出せる程度まで扉が開いたところで、扉は動きを止めた。
何が出てくるのだろう、どんな化物なのか容姿くらいは聞いておくべきだっただろうか、と怖がって聞こうとしなかった己を責めた。固唾をのんで見守っていると、ひょいと黄色い何かが顔を出した。よく見ると、それは人の髪の毛のようだった。
こんなところに人が? 一体どうして、ここは化物の住処だ。ということは、この黄色い髪は化物のものだろうか。もしかして化物というのは人の形をしているのだろうかと考えていると、それは正体を現した。
「あっごめんね! 驚かせちゃった? 大丈夫? 元気? そんなところにいたら寒いでしょ。とりあえず中に入ってよ!」
化物というのはこの人のことを言っていたのだろうか。今、私に、陽気な声で陽気な言葉で話しかけてきた人だろうか。それとも、化物ではないただの人間なのかと私は目の前の青年を見つめた。
青年は明るい金髪に、白い肌をしており、目は充血したように赤い。綺麗な顔立ちと白い肌が相まって、石で出来た彫刻のような印象を受ける。歳は私より少し上といったところだろう。見た目は只の人間だ。どうしてこのようなところにそんな人間がいるのか、一体彼の正体はなんなのか。私は恐る恐る館の中に足を踏み入れた。
***
屋敷の中は綺麗になっている、とはとても言いがたいようなものだった。家具や調度品は過去の一級品であったことをうかがい知ることが出来るが、蜘蛛の巣やほこりをかぶっているため古びており、外の見た目同様廃墟のようなイメージを受け取ってしまうのだ。明かりは必要最低限、目が明るさに慣れてくればおおまかな物の位置が分かる程度、という感じでいかにもお化けが出てきそうという具合である。
「えーっとこんばんは! ごめんね。僕が明るいところが苦手だから、どうしてもこう、薄暗くて。でも、気分は上げていこう! せっかくの初めまして、なんだから!」
青年はそう明るく言い放つと、ぱんぱんと手を叩いて、笑い声を上げる。とても朗らかな印象を受ける。室内は外よりは明るいが薄暗いことには変わらず、蝋燭の柔らかい光に照らされる青年の表情をくみ取るのがやっとというところである。
私は、あっけにとられてしまいなんとも言えず、放心状態だか恐怖だか、分からないままの状態で立ち尽くしていた。その様子を見かねたのか、彼――と化け物に対して呼んで良いのか逡巡するも、姿は人に近いためそう呼ぶことに抵抗はなく、そう呼ぶことにする――は私に声をかけた。
「ところで、君のお名前は?」
「わ、わた……私は、アデル」
つまりながらもそう答えると、彼はまた柔らかく笑った。
「へえ、”高貴”か、良い名前だね」
そしてなぜか、名前をつぶやいてからほっとため息をつく。私は震えを抑えながら、彼との会話を試みる。話に聞いていた化け物から想像とはかけ離れた彼は、本当に化け物なのかということから、なぜ人びとを襲ったのかということも、私は知りたかった。これから、殺されるなら、殺される前に殺される理由を知りたかったからだ。
「貴方は、誰なの? 名前は、そもそも、本当に何者……」
私がやっとのことで絞り出した言葉はそんな、ちぐはぐなものだった。彼はああそうか、と軽くつぶやく。
「僕の名前! えーっとね、あー、僕の名前は……あー……どうしよう思い出せないや。そうか、”名前"も思い出せないのか……」
彼はぼそりと小さい声で、そんなことをつぶやく。私が何のことかわからずに首をかしげて聞き返したいという気持ちを動作で表すが、彼はうんうんとうなり続けていた。
「ああ、そうだ! そうだよ、僕のことは岩って呼んで! 岩の上で、『起きた』からさ」




