2 カレー屋の美少女
「だから、何で昼飯がカレーなんだよ。朝、カレー食ったばっかりだって言っただろ」
「いいじゃん。ヒデ、カレー好きだろ?」
午前授業を終え、教室で事も無げにそう言いきったのは、同級生の丸出 司だった。
バンドでギターやっているツカサは、少々トンガリ気味の茶髪。腰から下げたジャラジャラの鎖が、ちょっと怖い。根は良いヤツなんだけれども。
ちなみに、「ヒデ」とはオレのことだ。古戸飛出男が、オレのフルネーム。
「じゃ、決まりな。ボリボリ行くぜ」
「ポリポリだって。ボリボリはキノコだろ」
「ああ、そうだった、そうだった。まあ、どっちでもいいじゃん」
「よくねえよ。でも、三時からは用事あるからな。そのあとは、遊べないぜ」
「ああ、そうか、もしかして例の? 本当にアイツは、ヒデとは腐れ縁だよな」
「うん、まあな……ホント、困っちゃうよ」
三時からのことを考えると、少し暗い気持ちになるオレなのだった。
★
スープカレー屋「ポリポリ」に、到着。自転車を店の前に二台、仲良く並べる。
ここは、この街に最近できたスープカレー屋だ。ヒゲオヤジのマスターが怪しい味を出しているが、そのカレーの味は既に、この界隈で評判になっている。
ツカサに引き摺られるようにして、店に入る。南国ログハウス風の店内の奥にある、窓際の席に腰を下ろす。
「昨晩も、今朝もカレーだったんだぜ。ウチのオフクロの手抜きも酷いもんだろ?」
「まあ、そう言うなって。ヒデは、お母さんの御陰で生きていられるんだからさ」
実際、オフクロには感謝してる。何しろ、父さんが交通事故で死んでからこの十年、女手一つでオレを育ててくれたんだから。
「おい、ちょっとあれ見ろよ」 突然、ツカサが声を荒げた。
「うん? おおっ」
ツカサの指差す先にいるのは、女子高生らしき女の子。店のカウンターで、銀のポットからコップに水を汲んでいる。
スラリと高い背に、やや長めの黒い髪。緑のエプロンも良く似合っている。
絶対、オレ好みじゃん。こういうの一目惚れって、いうんだよな?
「いらっしゃいませ」
女の子は、銀のトレイにコップを二つ載せ、水を運んできた。
「ご注文は、お決まりですか?」 ツカサは、そんな決まり文句は聞いちゃいない。
「キミ、いくつ? お名前なんてーの?」 すかさず、馴れ馴れしく言い放った。
――コイツ、何者?
「アゲハといいます――十七歳。今日から、このお店でバイトしてまーす」
女の子は、コップを二つテーブルに並べると、あどけない笑顔でそう言った。
チャンスとばかり、まじまじとアゲハの顔を眺める、オレ。キラキラとした瞳も、これまた、可愛い。
と、突然、オレの心臓が、ドキドキと振動し出した。
アゲハが、じっとオレを見つめている。何か言いたそうな、その口の動き。もしかして、キミもオレに惚れたのか? 彼女イナイ歴十七年の、このオレに!
「アゲハちゃーん。チキンカレー、あがったよお」
マスターの声が、店に響く。アゲハが少し残念そうな顔をして、店の奥へと消えていく。
「あの娘、ヒデに気があるみたいだぜ。つまんねーの!」
ツカサは、ガブリとコップの水を飲み干すと、だらりとイスに寄りかかった。
――そうかなあ、えへっ、でへでへ。
窓ガラスに映るオレの顔は、いつもより長く伸びているように見えた。
そんなときだった。
「きゃあああ」 店の奥から、悲鳴が聞こえてきたのだ。
あれは絶対、アゲハの声! 音速の速さでイスから立ち上がったオレは、店の奥にある厨房目掛けて、走り出した。
「おい、ヒデ! どこ行くんだ!」
ツカサにかまっているヒマはない。アゲハちゃん、待ってろよ!
けれど、厨房の入り口でオレは立ち止まる。何だか様子がおかしいのだ。
辺りに立ち込めているのは火事によるもうもうとした煙ではなく、強烈で怪しいスパイスの香りだった。鼻が、おかしくなりそう。
「な、何だこれは……」 思わず、両手で鼻を塞ぐ。
と、厨房から毒々しい紫色の煙が、すごい勢いで吹き出した。どう見ても、毒ガス。
目の前が紫色に染まり、何も見えなくなる。
や、やばい……薄れていく、意識。
――アゲハと、一回でも、デートしたかった……
そして、俺の視界は暗闇に包まれた。