1 朝から、カレー
今朝、起きた時から、嫌な感じはしてた。
あの、スパイシーで独特な香りが、アパートの部屋中に充満していたからだ。
でもまさか、そんなはずはない、とも思った。高校二年になったばかりの、晴れ晴れしい一学期始業式の日の朝御飯が、まさかの「カレー」だなんて。
けれど今、オレの目の前にあるのは、まさしくカレー。昨日炊いてから時間が経ってしまったせいであろう、艶を失ってやや茶色がかった米に襲いかかるようにして、黄土色の粘り気のある液体が、白い皿の上で暴れている。
洗顔を済ませてテーブルについたオレは、学校の制服の赤いネクタイをキュッときつく結び上げると、台所に立つオフクロを睨みつけた。
「おいっ、母さん! 朝からカレーかよ。しかもこれ、昨日の晩御飯の残りだろ。手抜きにもほどがあるぜっ」
そう、昨日の晩も、カレーだった。わざとらしくチャカチャカと台所で動き回っていたオフクロが、負けじとオレを、睨み返す。
「うるっさいねえ。あんた、カレー好きなんだから、いいじゃないか。それに、今日はお父さんの命日。お父さん、カレーが大好きだったからね――」
ナンマンダブ、ナンマンダブ……まるで鳥の巣のように、もさっと膨らんだ赤い頭を揺らして拝みだす、オフクロ。
――くっそう、またそれかよ。
いかにも、というところが、腹が立つ。けれどオフクロには結局のところ、かなわない。父さんのことを話せばオレが黙るということを、オフクロは良く知っているからだ。
ふんぬぅー
オレは、テーブルに置かれたスプーンを右手で握りしめると、それを、テーブルに勢いよく叩きつけた。
きん、てん、かん!
床に転がった、銀のスプーン。続く、静寂。
聞こえないフリで、拝み続けるオフクロ。
何も進展しないことを見て取ったオレは、仕方なく、黙ってスプーンを拾い上げる。そしてそのまま、落ちたスプーンでカレーを一気に、口の中にかきこんだ。
「……じゃ、行ってくるッ」
オレは、ピンクのくたびれたパジャマで見送るオフクロを振り切るようにしてアパートを出ると、乗りなれた白いママチャリに飛び乗った。