五十四の曲〜鏡の中へ〜
ユーリは疑問だった。この頃、ナオは上の空すぎることに。戦闘ではいつも通りなのだが終わって、暇な時間が流れるとその瞳は元気をなくし、ヴァルムのような無機質な瞳に一瞬、なるのだ。今ではヴァルムの瞳もほぼ光を宿しつつある、がなぜナオはそんな瞳をするのか、なぜ悲しそうにしているのか、ユーリには分からなかった。
***
「…出来た…!」
ヴァルムは小さく喜びの声を上げた。
あの街に数日滞在し、そして出発して早4日。ヴァルムはやっと粉々だった破片を元の形にした。
破片だったそれらは大きな鏡だった。以前、ナオを閉じ込めた場所にあった鏡によく似ていたが、あいにくヴァルムはそこまで詳しく見ていなかったので元々城にあったかどうかは不明だ。
ヴァルムはゴシゴシと鏡の表面を磨く。と一瞬、何かが見えた気がした。
「?変なの」
「♪〜♪〜♪〜♪〜」
「へ?」
聞いたことのある歌声。それが彼の耳に入った。そして次の瞬間にはその歌声は消え、『ブラックローズ』の焦った声で埋め尽くされた。
「ナオ?!ナオ!!」
「ソラ!回復呪文は?!」
「今やってる!クソっ」
「?!」
ヴァルムは鏡をそこに置いて彼らの元へ早足に向かった。
休憩していたはずなのに、どういうことだ?
なんでナオが、姉に似た【囚われ姫】が、
「…ナ…オ…?」
倒れている?
仰向けに倒れたナオの周りには他の3人が心配そうにしている。ヴァルムも慌ててナオに駆け寄る。
「どうなってるの?!」
「分かんない!いきなり歌い出したかと思ったら倒れて!」
「歌い出した…?」
ルルの説明にヴァルムは耳を疑った。さっきの歌声はナオのもの?なんで歌なんか?
「クソっ!回復が効かない」
「ナオ…ナオぉおお!!!」
ソラリスが苦痛で言い、ユーリが叫ぶ。どうしたらナオは目覚めるのか?息はある。呼吸も正常。ならなんで?
不安と焦り、謎が彼らを包み込む。
その時、だった。
『♪この世界というのは〜♪』
歌声。その歌声に反応したのは友を取られ、一番動揺していたという、ユーリだった。
「なおみんの声…!この歌…」
「え、ちょっ…ユーリ?!」
突然、ユーリは走り出した。向かう場所は分からないが一目散に走る。
「俺達も行くぞ」
「ええ?!」
ヴァルムがナオを横抱きにして、彼女の負担にならないようにと走り出す。それにソラリスと混乱中のルルも続く。
***
『♪〜♪〜♪〜』
ユーリは歌声の発信場所に辿りついた。そこはさっきヴァルムが完成させた鏡を置いて行った場所だった。
「ナオ…」
ユーリは鏡にゆっくりと近づくと軽く鏡に触れる。すると表面が歪み、何処かの空間が現れる。
ユーリは直感的に分かった。ナオはこの中にいる、と。
「ユーリ!」
そこにナオを横抱きにしたヴァルムとルル、ソラリスがやって来た。ヴァルムはユーリが見つけた鏡に驚きを隠せないようだった。ナオを近くに木に背を預けて座らせる。
「それは?」
「分かんない。此処にあった」
ソラリスの問いにユーリはふるふると首を振って答える。ヴァルムは決意した。言おうと。
「…それ、僕が直した」
「直したって?なぁーに?」
ルルが聞く。ヴァルムは意識のないナオを一目見、言う。
「ナオが…壊してるのを見て、でもナオ、悲しそうにしてたから大切なモノなんだろうと思って直してあげようとしてた奴」
ヴァルムの説明にソラリスがハッとした。
「鏡の世界…」
「…何、それ」
ソラリスが分からないみんなに説明する。
「鏡の奥にはもう一つ、世界があるっていう話。もしかしてナオはなんらかの理由でそこにいるんじゃあ?」
「きっとそれだよ!ユーリ!今すぐ助けに「ダメ!」…ユーリ?」
ルルの名案を遮り、ユーリは叫んだ。鏡から視線を外し、彼らを見るユーリの瞳には強い意志が宿っていた。
「ウチ一人で行かせて」
「なんで?みんなで行った方がいいに決まってるのに?!」
ヴァルムの反感は最もだ。ユーリはルル、ソラリス、ヴァルムの顔を見ると深呼吸をして言った。
「ウチとなおみんはね、この世界の住人じゃないの。カミサマに連れて来られた異世界の人なの」
それに事情を知らないルルとソラリスは驚愕した。何処か自分達と違う所があると感じてはいたがまさか異世界からだったとは。
「なんで…連れて来られたの?」
「ヴァルムを救うためだって」
ルルの問いにユーリは淡々と答える。
ヴァルムを救うためなら、なぜ、ナオが倒れるのだ?
「詳しくは知らない。ただ」
「ただ?」
「…この中心に黒幕がいるのは確か」
「「「?!」」」
その発言に驚きを隠せない。ユーリの言う通り、黒幕がいるのならどこからどこまでがそうだったのか不思議だ。
「ナオが倒れた理由もそれだと思うの。きっと、ナオは何か隠してる。まだ、信じてもらえてない…」
悲しそうに言うユーリ。だが次の瞬間にはキリッとした表情で告げた。
「だから、ウチに行かせて。もし、この奥が異世界だとしたらみんなだと危険だから。一応、ギルドの副隊長なんだからさ!」
「「「……………ハァ…」」」
ユーリの発言に3人は同時にため息を付いた。それにユーリがギョッと驚く。
「お前は、俺達がなんと言おうと聞かないだろ?」
「異世界からカミサマに連れて来られたってのは驚いたけど、なんか納得した!」
「こいつだしなぁ」
そう笑って言う3人。ユーリは感じ取る。大丈夫だと言っていることに。
「ナオを連れて来てよ!」
ルルがユーリの手を握り、念を込める。
「後でじっくり、話は聞かせてもらうからナオと覚悟してろ」
ソラリスがからかうように言う。
「死んだら承知しないし。まだお礼してないんだから」
ヴァルムが照れたように言う。
ユーリはニッコリと笑い、力強く頷くとルルから手を離し、鏡の前に立つ。
「じゃあ、行ってくる!」
そう3人に言ってユーリは表面が歪み出した鏡に飛び込んだ。




