三十二の曲〜現れた憎しみの対象と愛しい対象〜
「別の奴から報告は受けていたが、よくやった」
自身の主にひれ伏す、バース兄弟。ベータは参加していない。
「恐縮です」
「んで、他の奴らは殺さなかったらしいな」
その主の言葉に4人は黙る。
殺してもいいとは言われていた。こっちの勝手だ…と思う。
「…殺すのもったいなかったんで…」
正直にガンマが言うと顔を上げていないのに主の気迫が直に伝わって来た。
「ほぉ?お前達にそう思わせるほどだったのか?」
それにオメガが答えた。
「はい。末の弟達の情報に加え、仲間が2人加わっており、オレ達で対処しましたところ排除するには惜しいと判断致しましたぁ〜」
オメガの報告にふーんと主は背もたれに身を委ねる。
「そいつらはどうした?」
「「そこに放置致しました。ので時期に彼女を取り戻しに来るかと」」
双子が声を揃えて言う。バッと主は立ち上がり、4人の横を通る。
「わかった。お前達はそれに備えろ。俺はそいつに会う」
「「「「御意」」」」
4人の返事の後に後ろで重たい扉が閉まる音がした。
***
「なんで髪治す必要があんだよ?」
「あら、キミは女の子でしょう?殿方に会う前は綺麗にするのが常識よ。知らない?」
「………そんな奴、いなかったから」
「あらあら」
クスクスと楽しそうに笑うベータの前には彼女に髪をいじられているナオがいる。ナオの前には大きなあの鏡があり、ナオはその前に置かれた椅子に座っている。
囚われの身となり、何日か経った。ようやくナオを捕まえろと命じた主が帰宅し、ナオと面会したいと言う。そうなるとベータの出番である。ベータは城にいるナオ以外の唯一の女の子。何日も男まみれのお風呂(一応あった)には女の子であるナオを(ナオがそれでもいいと言うとめっちゃ怒った)絶対入れないと言っていただけあってナオは汚れまみれである。ずっとお風呂を占拠している男どもを追い出してナオと共に久しぶりのお風呂に入ると主に会うのだからとナオのお風呂上がりの髪を直している。
「キミの髪は綺麗ね」
「ふん…」
被害を加えないベータと少しではあるが和解した様子。そりゃあここに連れて来たのはベータの兄弟達だがよくして貰っている彼女を恨む理由にはならない。
ナオの髪を櫛がサラサラとすり抜けて行く。ナオは椅子に座りながら鎖の付いた足をぶらぶらと動かす。
「お姫様、髪結ぶから動くのストップ」
「だからお姫様はやめろって言って…イテ?!」
「ほら、だから言ったでしょう?」
ベータはくすくす笑いながらナオの髪をポニーテールにし、結び目をリボンで結んだ。
「はい、いいわよ。動いても」
ポンッと両肩を叩かれ、ナオは「ん」と短い了承すると鏡を数秒見つめた後、ベッドに腰を下ろした。
「……いいんだな」
「え?」
「本当にいいんだな?」
ナオの真剣な問いにベータはええと頷く。なんの話かはわからない。
ガタガタと椅子を廊下に出すベータ。出し終わり、ベッドに座るナオの前まで来ると彼女の目元を手の平で隠した。
「おいなにs「黙って」……」
ナオが黙ったのを確認しベータは言った。
「主様は可哀想で哀れなお人。でも、キミ自身の運命を歪ませないで。自分で考えて」
「へ……嗚呼、分かった」
ナオのよくわからないと言った表情をベータは手の平を外しつつ見てにっこりと笑う。そして、部屋のドアがノックされた。
ナオの体に緊張が走る。
「はい、ただいま」
ベータが答え、ドアノブを捻ってドアを開ける。そして中に入って来たのはカミサマが最初に見せてくれたあの青年、そのままだった。
「ベータ、お前は下がれ」
「かしこまりました。ですが主様、彼女は“違い”ますよ」
主様と呼ばれた青年に頭を下げながらベータが言う。それに青年は鬱陶しそうに顔を歪めた。
「うるさい、さっさと行け」
「失礼します」
青年の命令にベータは部屋を出て行った。
少しの沈黙。青年はナオを見て、嬉しそうに頬を染めた。




