6
王子先輩は、しばらくまじまじと私を見た。それから、バカにしたみたいにため息をついて、ナイフを私から離した。
「バッカみたい。お前って、ホントにバッカみたい。何言ってんの、ホントに」
むー。そんなに、露骨にバカにしたような顔しなくても。
「あのですね! 坊ちゃん先輩は、ホントに」
「分かった、分かった。高原はそういうヤツだよ。僕だって分かってる」
それから王子先輩は、右手にナイフを持ったまま。
星の浮かぶ空を、ふりあおぐ。
「別に、自分の居場所をなくそうとなんてしてないよ。だって、僕の居場所なんて、元々ここになかったんだから」
その声は。やっぱり、とても淋しくて。
「何をおっしゃってるんです!」
私は懸命に叫ぶけれど。
「そんなわけないじゃないですか」
「なかったんだよ」
その声は、届かない。
「アナタが一番分かってるんじゃないの、久住さん」
そのまま、消えてしまうんじゃないかと思うくらい透明な声で。王子先輩は言った。
「僕とアナタたちは一緒にいるようでも、まるで違う世界に生きている。同じものを食べ、同じものを飲み、同じ部屋で眠っても。アナタたちと僕の生きる場所は、星より遠い」
違うって、言いたい。言いたいけど。
星明りと、離れた街灯の光の中。黒いナイフを提げて、突っ立っている王子先輩は。先輩の言うように、すごく遠い人に見えた。
私は、王子先輩のことを何も知らない。何があって、どんな経験をして。
あの家の子供になったのか。
あの時の写真のような、屈託のない笑顔を失ったのか。
どうして、こんなに遠いところに立っているのか。
「自分でも、見ないように……気付かないようにしてきた。だけど、やっぱり。僕はみんなとは違う」
先輩は遠くから話す人のように、ひとことひとこと区切りながら言った。
「あの時。図書室でアンタとしゃべってる高原を見て思ったんだ。アンタと高原は、同じ世界の人間だよ。でも、僕は……どれだけ頑張ったって、そこへは行けない」
え?
「だからさ。アンタと高原は、これからも一緒にいればいい。それが自然なことなんだ」
「ちょっと待ってください」
私は言った。
「今のお話を、平たく言うと。図書室で私と坊ちゃん先輩の話がはずんでしまったのを見てヤキモチを妬いた、という解釈でいいんでしょうか?!」
つまり、その後のイジワルは、もしかしてそのせい?
だとしたら。どれだけ子供だ、この男! そして。やっぱりホモじゃないのか、このヒト!
そんな理由で、私の学食の四百八十円のA定食を床にぶちまけてくれたのか、この人は!
王子先輩はぽかん、と口を開けて私の顔を見た。
あ。キレイな人だと、こんな間抜けな顔をしてもキレイなんだな。キレイに生まれると得だな。
「バカか、ホントに!!」
ものすごい声量で怒鳴られた。
「死ねよ、もう。っていうか、殺すぞホントに。何でそんなにバカなんだよ!」
いや。私と坊ちゃん先輩が話してたくらいでヤキモチ焼いた人に、そんなこと言われたくない。
「だいたい、黙って聞いてればさっきから好き放題言いやがって。何でお前なんかにそんなに偉そうに言われなきゃなんないんだよ!」
黙ってなかったじゃん。
さんざん、口出したり怒ったり、ナイフ突き付けてきたりしたじゃん。
「お前は関係ないだろ?! 余計な口を出すな!」
もう一度。鬼のような顔で、王子先輩はわめいた。




