5
「僕のことなんか何も知らないくせに。何でそんな口がたたける。お前、何様だよ」
その目は。首に当たったナイフと同じくらい冷たくて。人の温度がしない。
「僕と僕の家族のことなんて、ろくに知らないくせに。そんなお前が、何でそんなことを言える」
そうだけど。でも。
それでも。
「言えますよ」
それだけは譲れないから、私は言った。
「私、王子先輩のご家族とは数えるほどしか会ってませんけど。それでも、言えます」
だって。
「王子先輩のうちは、いつだって、みんな笑顔で。とっても、あったかくて。あの空気に触れていると私、いつも実家が恋しくなりました」
だから。
「ご家族と、王子先輩の気持ちは、絶対に本物で」
だから。
「それだけは絶対に、私、譲りませんから」
だから。
「だから、自分の居場所を自分でなくすようなこと、言わないでください」
王子先輩は険しい表情のまま、私をにらみ続けて。
「バカじゃない。何、言ってるの、お前。理屈にも何にもなってないし」
と、言った。
「だいたい、よくそんな口がきけるな。今、どういう状況か分かってる? 僕がちょっと手を動かせば、お前、死ぬんだぞ」
黒い刃をピタリと私の首筋に当てたまま、そう言った。
「それとも、これが何だか分かってないとか? お気楽ボケキャラも、大概にしろよ?」
私は。目玉だけを動かして、王子先輩が私につきつけているナイフをもう一度見る。
先輩は、銃刀法違反じゃないって言ったけど。それは、大きくて、重そうで、誰かを傷付けるには十分なものに、見えた。
「分かってますよ。ナイフでしょう?」
私は。乾く唇をなめながら言う。
「へえ。分かってるじゃない。じゃあ、何でそんなに落ち着いてるの? 僕が絶対にお前を殺さないなんて、まさか信じてるわけじゃないよね?」
「そんな、まさか」
いや、殺されると思ってるかと言えば、それは微妙だけど。
殺されない、と信じてるのかと言えば、王子先輩ならやりかねないと言うか。
信じられる根拠が何もないと言うか。
ぶっちゃけ、私は王子先輩を信じてないと言うか。
「へーえ」
なぜだか、王子先輩の顔が更に不機嫌になった。
「いい態度だ。ビビってるならビビってるらしく、おとなしくしていればいいんだよ。わけのわからないキレイごとなんか並べないでさ」
軽く肩をすくめて、冷たく言う。
「関係ないことに首を突っ込むな。おとなしくしてろ。そして、もう二度と、僕には関わるな」
関係ない。確かに。
私は、王子先輩の事情に、関係ないかもしれないけど。
「私のことはいいです。でも、坊ちゃん先輩のことはどうなんですか」
顔を上げる。と。王子先輩の、お人形のように整ったキレイな顔が、目の前にある。
「坊ちゃん先輩は、本気で王子先輩を心配してるんです。王子先輩、いったい何をしてるんですか。今夜の王子先輩は、やっぱり何かから逃げようとしてるみたいに見えますよ」
「黙れって言っただろう!」
王子先輩の声が。跳ね上がる。
首に押しつけられた冷たい刃に、力がこもる。
「口出しするなって言ってるだろう。怖くないのか?」
「コワイですよ!」
こんなもの首に当てられて、笑ってる人間がいたらヘンな人だ。
「でも、これだけは伝えなきゃいけないから、言うんです。坊ちゃん先輩は、ホントにホントに王子先輩のことを心配してたんです」
それを分かってもらえるまでは。私は、絶対に黙れない。




