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「だからさ。お前は、高原と二人で帰れ」
何だか。不思議に優しい口調で、王子先輩はそんな風に言った。
「お母さんには、お父さんがいる。それでいいんだ。みんなが幸せになれば、それでいい」
それは。とっても優しい言葉で。
いつもあんなにヒドイ王子先輩の口から出るとは思えないくらい、優しい言葉で。
でも。
だけど。
間違ってる気しかしないのは、どうしてなんだろう。
「王子先輩、オカシイです」
「何?」
途端に不機嫌な表情になる王子先輩。ウン、これこそが王子先輩だ。
「何がオカシイんだよ。僕はただ、僕の周りにいるみんなに笑顔で、幸せでいてほしいんだ。そんなの、普通のことだろう」
「他の人が言うならそうなんですけど、王子先輩の場合はそうじゃないんです!」
私は必死に、食らいつくように反論する。
「そんな言葉、王子先輩らしくありません。そんな優しい言葉、何かが間違ってます」
「へえ。僕が優しいと何かが間違ってるんだ。へええ」
と呟く王子先輩の顔は、間違いなくブチ切れている。
しかし、もう引くわけにはいかなかった。
「王子先輩、オカシイ。そんなことを言うんだったらどうして、今、ひとりっきりでこんなところにいるんですか。どうして大事な人たちと一緒にいないんですか」
私は。思いつくまま、口にする。
「どうして、みんなを心配させたままにしておくんです」
「みんなは、心配なんかしないよ」
王子先輩は。私から目をそらして、そんな風に言った。
「小さな子供じゃないんだからさ。それにみんな別々の人間なんだし、それぞれの都合で動くことくらいあるだろ。僕だって、毎日家で寝泊まりしてるわけじゃないし。今夜に限って、そんなに心配されることはない」
「嘘です」
だったら、どうしてあんな風に。
「礼子さん、心配してましたもん。何でもないんなら、あんな顔するわけないです」
「お母さんが?」
王子先輩は呟くように言った。
それからすぐ、それを振り払うようにかぶりを振った。
「お母さんにだって、そんなに心配させるようなことを言った覚えはナイよ。だいたいな、お前は知らないだろうけど。元々、お母さんにそんなに心配されるようないわれは」
「知ってます」
私は言った。
「坊ちゃん先輩から聞きました。ホントなんですか。先輩が、あの家の本当の子供じゃないって」
王子先輩は。私の言葉に、驚いたように目を見開いて。しばらく、黙り込んだ。
それからやっと。
「子供じゃないし。もう大人だし」
とか。
うっわー、ヒドイ切り返しだな。
でも、そのヒドさが。間違いなくそれが本当なんだ、って語ってるみたいで。
私は、やっぱり悲しくなった。
「高原のヤツ、案外口が軽い」
王子先輩は呟いて、形のいい唇を軽くかみしめる。
それから、やっぱり私をまっすぐに見ないままで。
「だったら、分かるだろ。僕がどこで何をしてようとも、あの人たちに何か言われる筋合いなんかないし」
付け足すように言う。
「春が来たら、僕はあの場所から出て行く人間なんだ。そんなつもりはないけど、もし。……もし、それが少しくらい早くなったとしたって、それはそれだけの話だ。誰も、気にしたりなんかしないよ」
それは。とっても冷たい言葉で。
あんなに楽しそうだった王子先輩と、ご家族の姿がズタズタに切り離されるような気がする言葉で。
それなのに、それを言った王子先輩の顔と声は、とっても淋しそうだった。
「ウソです。王子先輩、自分にウソをついてる」
王子先輩を逃がしたくなくて。がっしりと、その腕をつかんだ。
「大切なご家族なんでしょう? お母様のことが、世界で一番好きなんでしょう? なのに何で、そんな風に、わざわざ自分とは関係ないみたいな言い方をするんです。坊ちゃん先輩だって、本気で王子先輩のことを心配してるのに。どうしてそんな風に、ひとりぼっちみたいな言い方をするんです?」
そんなの。絶対に、絶対にオカシクて。
絶対に絶対に、ダメなんだから。
「王子先輩はひとりじゃないです。先輩を心配して、今も探している人たちがイッパイいる。どうしてそれを信じてあげないんですか。血なんかつながってなくたって、先輩とご家族の絆は本物だって、思うのに」
不意に。つかんだ腕を、強い力でふり払われた。
首元を、ビュッと風が奔る。
気付いたら、目の前に。まっすぐに私をにらみつける、王子先輩のキレイな顔がある。
そして、私の首筋には。
前に先輩が持っているのを見た黒いナイフの、冷たい刃が。
ぴったりと、押し付けられている。
私は、何も言えなくなった。
「何も知らないくせに。分かったようなことを言うな」
先輩は。怒りを抑えた低い声で、そう言った。




