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そうして、二時間はあっという間に経った。
学生と教授たちだけになって、ダンスパーティーは内輪受けで盛り上がる。
マダム・ピンクがその名に恥じないショッキング・ピンクのドレスで理事長と踊ったり。
王子先輩がいない分、引っ張りだこで踊らされっぱなしだった坊ちゃん先輩が、途中フラフラになって裏方席に逃げ込んできたり。
いろいろあったけど、面白かった。
やがて、委員長がマイクでお祭りの終わりを告げ、学祭の一日は終わる。
片付けは明日。忙しかった今日もこれでおしまい。
実行委員のみんなで、「打ち上げ行く?」なんて話になった。
いつもの居酒屋かな。成人式前の身にはソフトドリンクが少ないのが難だけど、先輩たちはお酒飲みたいんだろうからなー。
「久住さん」
坊ちゃん先輩がやってきた。
「あ、高原先輩。ちょうど良かった。今、みんなで打ち上げに行こうって話になってて」
「スマン。参加できない」
坊ちゃん先輩は鋭く言った。私はビックリした。いつもは付き合いいい人なのに。
「それより、坪田を見かけていないか? あれっきり、姿が見えないんだ」
私は首をかしげた。王子先輩だって、あれで一応大人だ。彼女だっているんだし、私たちの知らないところで遊ぶことだってあるだろう。
「ああ。けど、今日は家で食事をするって言って出たんだ。それなのに、連絡のひとつもないなんて、今までになかった。礼子さんがひどく心配していて」
うーん。よく分からん。
今までは、王子先輩だけがマザコンで、礼子さんはフツウって思ってたけど。それってやっぱり、礼子さんも過保護なんじゃないかしら。
「ナルさんも、気になることがあったみたいでな。礼子さんのパートナーを代わる時、アイツ、『お母さんをヨロシクね』って言ったんだそうだ。それが、まるでいなくなっちまうみたいな言い方だったって」
ドキリ、とした。
昨夜の王子先輩は。
何だか妙に優しげに、「明日は、僕じゃない男がきっとお前を送って来るからさ」なんて言った。
自由になれる嬉しさで、深く考えていなかったけど。
何だか、もう二度と一緒には帰らない。そう言ってるような、言い方だった。
でも。
「いなくなるって。そんなわけないじゃないですか」
自分の不安を打ち消すように、私は言った。
「大学だってあるんですし。自分の家なんですから。一晩くらい、帰って来ないことだってあるでしょう」
坊ちゃん先輩はしばらく黙りこんでから、口を開いた。
「久住さん。気が付かなかったか?」
え?
「あの家の人たちは、アイツの本当の家族なんかじゃない」
え。
「アイツは元々は、あの家には縁もゆかりもない人間だ。今だって、法律的にはそうだ。下宿人、と言えばいいのかな。世間に通じる言葉で言えば」
何。
嘘。
だって。
「でも! 王子先輩、お母さんが世界で一番大好きだって」
思わず、私の声は大きくなる。
坊ちゃん先輩はうなずいた。
「ああ。それはアイツのホントの気持ちだと思ってる。だけど、必要だと思えばアイツは明日にでも、あの家からいなくなってしまうかもしれない。大学の卒業資格だって、アイツがどれだけ本気で欲しがっているか分からない。だから」
俺たちは、いつも不安だったんだ。
そんな風に、坊ちゃん先輩は言った。
私は。
何が起こってるか分からなくて。
私は。
坊ちゃん先輩が何を言ってるか分からなくて。
一歩下がって、後ろの机に手を突いた。
その上に、置きっぱなしになっていた書類に、今年のダンス・コンテスト受賞者の名前が書いてある。
渡邊成俊。ナルさんの名前。
そうだ。何であの時、気が付かなかったんだろう。
王子先輩の名前は、坪田和仁。
それだけで、何か事情があるって気が付かなくちゃいけなかったのに。




