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しかし、その横で落ち込んでいる人が一人。
「何? どうしたの、コウちゃん」
礼子さんの声に。
「いや」
しゃがみこみ、深いため息をつく坊ちゃん先輩。
「俺は自分が情けなくて。自分で久住さんをダンスに誘ったのに、結局全然楽しませることが出来ないなんて」
ダメな男です! とうなだれる。
イヤ、なんか。スイマセン。
「あははは! ま、ウチの旦那も伊達に年食ってるわけじゃないから。年の功だね。次、頑張りなよ?」
礼子さんが軽く笑ってくれて、坊ちゃん先輩もようやく顔を上げた。
「高原先輩」
私は坊ちゃん先輩に近付いた。
「誘って下さって、ありがとうございました。あのう、ちゃんと踊れなくて、スミマセン」
「いや、それは! 俺も、ちゃんとリードしてあげられなくてすまなかった」
ヤダな、なんか照れる。
「あの。いつかまた、機会があったら、一緒に踊ってください」
そう言って、頭を下げた。
視界の中に、新しい紺のワンピースの裾と、新しいダンス靴、お高い素敵なストッキングが目に映る。とっても綺麗に飾り立ててもらった今日の私だけど。これが、精一杯。
でも、それだけでも。
私にとってはとても素敵な、最高の魔法だった。
と、目の前で。
はあああ、と坊ちゃん先輩はもう一度深いため息をついた。
「戻りたくない。バカにバカにされる」
「え? カズに?」
と、振り返る礼子さん。「バカ」で通じるんだ。
「久住さんを誘え、ってさんざんけしかけられたんですよ。それなのに、この体たらくじゃあ」
更にため息をつく坊ちゃん先輩。
「ああ! ヘタレにヘタレってバカにされる! 耐えられん!」
うーん。坊ちゃん先輩の中の王子先輩のイメージって、すごそうだな。
「あの子、そんなことやってたんだ?」
驚いたように、礼子さんが私と坊ちゃん先輩を見比べた。
「はあ。何か、前からやたらに、俺と彼女のことをからかってくるというか」
そうだったんだ。今日だけじゃないんだ。
「へえ。何だかヒマワリちゃんのことをやたらにかまってるとは思ってたけど」
改めて私を見る礼子さん。
「家に連れてきたりもしてたし。まあ、様子から見て付き合ってるわけじゃないとは思うんだけど」
なんてことを!!
「はあ?! アイツと久住さんがつきあってる?!」
坊ちゃん先輩まで、なんてことを!!
「ありません。絶っっっ対に、ありません!」
力を込めて、否定した。
「そ、そうか。ないのか。ああ、ビックリした」
胸をなでおろす坊ちゃん先輩。イヤ、私の方がビックリですから。
「ただ、ちょっと他の女の子に対する時と態度が違うから、何なのかしら、とは思っていたのよね」
しかし不穏な発言を続ける礼子さん。やめて下さい!
「でもまあ、確かに付き合ってるのとは違うと思うのよ。多分、他に女がいると思うし。どこで何やってるんだか知らないけど、石鹸のニオイさせて帰って来るし」
その石鹸のニオイは……私の家のシャワーで。
とか言ってしまうと、話がややこしくなるので、その秘密は胸にしまっておこう。
「そうだよな。自分が付き合ってる女性に、俺と踊れなんて言ったりしないよな?」
なんとなく疑心暗鬼な様子で呟く坊ちゃん先輩。
ですから、付き合ってないですから。
「そうよ。あの子、大概オカシイけど、そこまでヒドイことはしないわよ」
っていうか、礼子さんもヒドイな! 息子を上げているのか下げているのかどっちだ!
「そうだな。世界で一番好きな女性は母親の貴女だしな。どっちかと言うと、貴女と踊ったことで責められるかもしれん」
そう言ってから坊ちゃん先輩は、
「どっちにしろ責められるのか」
と、また深くため息をついた。
王子先輩がウザいんですね。分かります。




