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不思議なもので。そうやってしばらく、音楽を聴きながら漂うようにフロアを回っている内に、私の体は自然にステップを思い出してきた。
一ヶ月の間、毎日毎日叩き込まれたのだ。忘れるはずがなかったのに。
「おお、なんだ、ヒマワリちゃん。踊れるじゃないか」
ナルさんは嬉しそうに笑った。
「ええ、まあ。ある人が教えてくれて」
王子先輩が、とは言いにくい気がして、ちょっとボカしてみる。
「練習したんですけど。さっきは、混乱しちゃって」
「そうか、そうか。頑張ったんだな」
うなずくナルさん。あー、いい人だな、このヒト。
「けど、アレだな。その、ヒマワリちゃんにダンスを教えたヤツってのは、クズだな」
はい? まさかのクズ呼ばわりキタ!!
アナタの息子さんなんですけど!
「見てりゃ分かる。ステップ踏むたび、体が固くなってる。形ばっかりキッチリ教え込まれたんだろ?」
ええ、まあ。そうなんですけどね。
「だから、クズだって言うんだよ。ダンスを楽しむって、一番大事なところを教えないで、そんな形ばっかり教えても仕方ないだろ? 踊りたいから踊るんだよ。型を再現するため踊るんじゃないんだ」
言いながら、前の組の間を軽々と通り抜ける。
「そんなことも教えられないなんて、そのダンス教師は無能だ無能。金返してもらえ。何だったら、俺が怒鳴り込んでやろうか」
「あ、いえ。お金は払ってないんですけど」
でも、あなたの息子さんですなんてこと、もう一生言えない。
「そりゃ良かった。それで金とられてたら、サギだぞサギ」
ええまあ。いろいろ、迷惑だったですけど。
「とにかく、もうソイツからダンス習うのやめろ、な?」
「はい」
それだけは力強く、返答できてしまう私だった。
その後は、楽しかった。
ナルさんは面白い人で、「二倍速!」とか言って、急に倍速でステップ踏み始めたり。
ターンの時に、プロレスみたいな勢いで私を振り回してくれたり。
面白くっておかしくって、ダンスしてるんじゃなく、小さい時にお父さんに遊んでもらった時みたいで。
キャーキャー、声を上げて笑っている内に、気が付いたら曲は終わっていた。
曲の最後の音に合わせ、私は王子先輩に教えてもらったポーズをとる。
「わはは! 何だ、その決めポーズ!!」
ナルさん、大笑い。
「えー、だって。決めポーズを派手にしておけば、ヘタでも多少ごまかせるって」
言い訳しつつ、赤くなる私。
私が考えたポーズじゃありません! それだけは分かってほしい!
「そりゃそうかもしれないけどよ、いくらなんでもムリがあるだろそれ! カラダ痛いだろ?!」
更に笑うナルさん。
「ハイ。実はすごくイタイです」
練習の時から毎回悲鳴だったんだよね、このポーズ。
「やめちまえ、やめちまえ! ホラ、もっと楽にして。ホント、アンタにダンスを教えたヤツはカスだな。女の子に対する愛ってモンが感じられねえよ。どこのバカだ、ソイツは?」
アナタの息子さんです。とは言えないけど。
この曲で、ダンスコンテストは終了。
と同時に、学祭も終わりになり、一般のお客さんにはお帰りいただく。
その後、同じこの場所で学生たちは後夜祭を楽しむわけで、そここそが本番のカップルイベントと言えるかもしれない。
そして、栄えある今年のダンスコンテスト優勝者は。
「今年の優勝は、審査員満場一致で、市内浜崎町から参加なさった渡邊成俊さんに決定です」
マイクでアナウンスする委員長の横で、にこやかに手を振るナルさん。
派手だったもんね。分かるわ。
王子先輩の四冠ならずか。まあ、今年は結局、礼子さんとしか踊らないで引っ込んじゃったもんね。
立派なトロフィーをもらい、会場の皆さんに一言、とマイクを渡されたナルさん。
「わははは! 見たか、カズ! お父さんの勝ちだ! お父さんが自分より優れていると認め、お父さんを敬え!!」
すごく個人的なんですが。聞いてる人、意味が分からないよ。
「ヤダねえ。バカ丸出しで」
礼子さんがため息をついた。
「でも。ナルさんらしくていいです」
私は笑った。
「良かったね」
そんな私に、礼子さんが微笑みかける。
「ヒマワリちゃんにも笑顔が戻って」
え。
「さっきは、迷子の子供みたいな顔してたよ」
「す、すみません」
わー、恥ずかしい!
「いいって。楽しめて、良かったね」
礼子さんは笑った。いい人だ。




