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「久住さん、さっきはすまなかった。失礼なことを言ったのは謝る。だが、同情とかじゃない」
真面目な顔と真面目な声。
「君と踊りたい。最後の曲、俺につき合ってもらえないだろうか」
私は、ためらいがちに坊ちゃん先輩の顔を見上げる。
先輩はいつもどおり、真面目な顔でまっすぐに私を見下ろしている。
嘘なんか、ないんだろう。そう思う。
だから、何だか。
本当に、ドキドキした。
坊ちゃん先輩は人気者で。この人と踊りたい女の子なんか、本当に山ほどいて。
その激烈な争奪戦に立候補するなんて、思ってもみなかったんだけど。
なんでだろう。
ブランド物の高級服が。
靴が。
化粧品が。
東京の美容師さんのカットする手が。
私に、魔法をかけたのか。
今日の私なら、先輩と寄り添って、フロアの真ん中に立てる気がして。
今日を逃したら、二度とそんなことは出来ない気がして。
私は。
坊ちゃん先輩が差し出してくれた、手を取った。
視界の隅で、王子先輩が微笑んでいるのが見えた。
私たちは、ダンスの輪の中に入っていく。一般参加者たちのいる外側の輪をくぐりぬける。中の方のダンス部員たちが集まっている辺りで、足を止める。
うう、緊張する。やっぱり、身の程知らずだったかな。
社交ダンス部員の坊ちゃん先輩はともかく。素人の私なんかが、こんなとこにいちゃいけないのでは。
しかも、パートナーが坊ちゃん先輩って。
坊ちゃん先輩は、王子先輩より少しだけ背が高い。
初めのポジションの手の位置が違う、それだけで何だか落ち着かなくなる。
手は王子先輩より大きくて、手の平も厚く、指もゴツゴツしていて、男らしい。
その手で私を支えてくれながら、坊ちゃん先輩は姿勢よく堂々とそこに立っている。
私は、一緒に立っているだけで恥ずかしいのに、坊ちゃん先輩は平気そう。
イヤ、私が意識し過ぎなのか。坊ちゃん先輩はただダンスに誘ってくれただけであって。それはそれだけのことで。社交ダンスはパートナーがいないと踊れないわけで。
って、考え始めると、頭がグルグルするっ。
私にとって特別なことが、坊ちゃん先輩には特別なことじゃないかもしれないと思うと。気楽な気もする半面、なぜかハンパないガッカリ感。
あーもう、そんなこと考えてる場合じゃないのに!
不意に、グイッと上体が引っ張られた。突然のことで、私は前のめりに転びそうになる。
「く、久住さん、大丈夫か」
坊ちゃん先輩の、焦った声がした。
「いやあの、音楽がかかったから」
そういえば。音楽、始まってる?
あっ、周りの人、みんな踊ってる!
緊張しすぎて聞こえてなかった。
「す、すみません!」
私はあわててリズムを取ろうと音楽に耳をかたむける。
だけど、ダメ。焦れば焦るほど、リズムに体がついていかない。
上体と、手足の動きがバラバラになって、曲に乗れない。
頭の中では、
「どヘタクソ!」
「才能ないにも程があるだろ」
「もう死ねば?」
という、王子先輩の数々の罵声ばかりが響き渡るし。
ああ、集中しなきゃ。
右、左、前、後ろ、三歩下がってターン。こんなの、何度も練習したのに。
「いてっ!」
「ゴ、ゴメンナサイ!!」
坊ちゃん先輩の足を、思いっきり踏んづけてしまった。




