8
「ああ、もう。時間のムダだった。もう帰る」
王子先輩は、音を立てて椅子から立ち上がった。完全不機嫌モード。
「ハイハイ。お呼び立てしてスミマセンでした」
言っとくけど、私だって不機嫌だよ!
すると。先輩は、黙って私の方に右手を突きだした。
何のつもりだ?
えーと、この体勢は。
とりあえず、黙って王子先輩が差し出した右手を握り返してみる。
「違う! 何するんだ、バカ!」
思いっきり手を振り払われた。
「違うだろ! 持って帰ってやるから、その肉団子をよこせ! いっぱいあり過ぎて困ってるんだろ?」
え?
「だって、お口に合わなかったんじゃ?」
「だから、僕の口に合わなかったのはお前のド下手くそな味付けだよ! 食材自体は悪くないって言ったろ?」
僕の話をちゃんと聞け、とプンプン怒る先輩。
あれ、でも、それって。要するに。
なんだかんだ言っても、私が困ってること覚えててくれたわけで。
ヤバい。何だか頬が熱くなる。
「あ……ありがとうございます」
素直に、嬉しい。
私は冷蔵庫を開けた。
「どのくらいがいいですか? 四人家族だから、多めでもいいですよね? お父様とかいっぱい食べて下さいそうですし」
そう言って、振り返ると。あれ、心なしか先輩の顔がこわばっているような?
「王子先輩?」
声をかけると。ハッとしたように私を見て、それからきれいにそろった眉毛を釣り上げる。
「どれだけもらったんだ! いくらなんでも、もらいすぎだろう!」
怒りだした。
「冷蔵庫の三分の二くらい、肉団子のタッパーじゃないか! こんなにもらって、どうする気だよ?!」
いや、怒られても。
「ええと。相田さんも、実家から大量に送られて来て困ってるって言ってたから、つい」
「つい、じゃないだろ! どう考えても女一人で食べきれる分量を超えてるよ」
呆れ果てたという目で、私を見下す王子先輩。
「だって、アパートの他の人にも全部配り終わったのに、いっぱい余ってるって言って、困ってたから」
「バカ! 他の住人は常識的な量だけをもらったんだよ、それくらい分かれ!」
結局。
「もういい! 全部よこせ!」
王子先輩はヤケになったように叫んだ。
「ハイ?」
「ハイじゃない! 僕のウチなら、近所の人におすそわけしたり、お父さんが漁に出る時にお弁当に入れていったりできるから、量がさばける。お前は、この」
と言って、テーブルの上の料理を指す。
「犬のエサを地道に片付けてろ。一度料理してあるから少しはもつだろ」
だから、失礼だな。これでも一生懸命作ったんだし。
でも。全部、って。
「それで!」
わめいた王子先輩の頬は、少し赤く見えた。
「明日はダンスの練習が終わった後、僕の家に連れて行くから。お母さんにお願いして、お前の分もこの団子を料理しておいてもらうから、ちゃんと味わって食べろ。そして自分の料理の腕の悪さをちゃんと認識しろ!」
色素の薄い目で、ジロリとにらみつけられる。
「こんなんじゃ、高原がカワイソウだ!」
「ハイ? 坊ちゃん先輩がどうかしましたか?」
王子先輩は私の言うことを全スルーする。まあ、いつものことだけど。
「とにかく! サッサとそれを全部包んで僕によこせ!」
もはや、ただの命令。
こうして、相田さんの奥さんの故郷の名物は、王子先輩の家で大量調理され、ご近所にふるまわれることになったのだった。




