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先輩は黙ったまま、バイクに乗ろうとして、そこでチラリと私を見た。
「あのさ」
そのまま黙ってしまう。
私はじっと王子先輩を見返した。
先輩は、何かを言おうとする様子を見せ。
ためらった末、目をそらしてしまった。
「いいや。何でもない」
私は、ため息をついた。
このヘタレ男。
「ウソですよ」
その言葉に。
王子先輩は、驚いたように私の顔を見た。
「王子先輩の周りに悪霊が見えるなんてウソです。あの時は、ああでも言わないと、ホントにヒトを殺しに行きそうに見えたから。ちょっと脅かしたんです」
ホントに。無理やり止めなきゃいけないくらい殺意むき出しになるのもどうかと思うし、それを忘れる理由がオバケっていうのも本当にどうかと思う。
「殺意を忘れて下さって何よりでした」
先輩は、怪訝そうに私を見る。
「でも」
「たとえ、さっきのコトバがホントだったとしても」
私は。声を大きくして先輩に顔を向ける。
「王子先輩は大丈夫ですよ」
先輩の、睫毛の長いパッチリした目を見る。
「先輩には、あんなにたくさんの大切なヒトたちがいるじゃないですか。坊ちゃん先輩とか、お母様とか、お父様とか、おじい様。みんな先輩のことを心配して、大事に思ってます。そういう、愛してくれるヒトがいるヒトには、間違ったことなんか起きないんです」
先輩は、じっと私を見返し。
そして、つい、と視線をそらす。
「大丈夫ってホント?」
そう聞いた声は、妙に頼りなくて。
信じようか信じないか、迷っているみたいに響いて。
「どうしてそんなこと言い切れるの。お前なんか、何も知らないくせに」
そんなこと。
「言えますよ」
私は。きっぱりと言い切った。
「先輩の周りの人は、みんな先輩のことが大好きなですから。だから、あんなにたくさんのヒトに囲まれている王子先輩は、たくさんのヒトから守られているんです。だから、絶対に大丈夫!」
そんなことくらい。
坊ちゃん先輩や、ご家族の顔を見ればわかるのだ。
だいたい、そうでもなきゃ。
この、面倒くさくて性格悪くてはた迷惑なヒトの周りになんか、いられないっ。
傍で笑ったりなんか、出来ないんだからっ。
そんなことも分からないなんて、ホント、なんなの、このヒト。
長い沈黙の後。
「バカじゃないの」
王子先輩は、そんなことを言って。
笑った。
「何ですか。何で笑うんですか、はげましてあげてるのに」
「分かったよ。お前に聞いた僕がバカだった。もういいよ」
「あー、信じてませんね? 絶対に絶対にホントなんですってば!」
主張する私に、王子先輩は「ハイハイ」と、おざなりな返事をした。




