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「王子先輩」
「何?」
ナイフの刃を確認していた先輩は、うわの空で返事をした。
「いいんですか」
「だから何が?」
シュッと音を立てて、ナイフをさやにしまう。
それに向かって私は言った。
「ヒトを殺したりしたら、王子先輩の周りには恐ろしい怨霊が常につきまとうようになりますよ?」
怨霊、という言葉が私の口から出た瞬間。
ガシャリ、と音を立てて、先輩の手から重たいナイフが落っこちた。
驚愕した顔が、私の顔を見る。
「何を言い出すんだバカ女! 僕の周りに何だって!?」
「だから。私、見えるんです。悪事を働いた人の周りには、恐ろしい姿をした怨霊がいるものなんです」
「な……!」
先輩は、見る見るうちに真っ青になった。
「ウソをつくな! お前、僕を脅そうと思ってそんなデタラメを」
「脅そうとは思ってますけど、デタラメじゃないです。何でしたら、説明しましょうか? 怨霊のことは、カワイソウだと思ってさっきは説明しなかったんですが。私が以前、電車で見かけた人のことですが」
「いい! 言わなくていい!!」
首をぶんぶん横に振る先輩。
「その人の隣りには、見るも恐ろしい断末魔の表情をした人の姿が。あっ?!」
「ナ、何?」
「先輩の後ろに! 真っ青な顔の、血だらけの顔のヒトが!」
「言うなああ」
再び、闇夜に響く男の悲鳴。ご近所の皆さまスミマセン。
「ゴメンなさい。もうしませんから、ヤメてください」
王子先輩は、すっかり腰が抜けた様子で座り込んでしまった。
やった! もしかして、これは初勝利?
しかし。そう思ったのも束の間だった。
「申し訳ありません、ヒマワリさん。なんか歩けなくなった。今夜、ここに泊めて下さい」
とか、今度はそんなこと言い出しやがりましたよ!
「何言ってんですか、ダメに決まってるでしょう!!」
「一人で外に出るとかムリ……」
涙目になってるし。
「玄関でもイイですから」
って、言われてもなあ!?
「アホですか? ダメですよ、ヘタレたこと言ってないでちゃんと帰って下さい!!」
「絶対何もしないから! 約束する!」
私の脚にすがりつく王子先輩。
「あ。何だったら縛ってくれてもいいよ?」
そして、何でソレを『いいこと思いついた』みたいな顔で言うかな、このヒトはー?
「イヤ、何やってもダメなものはダメですから! て言うか、王子先輩が言うと何言ってもセクハラに聞こえます!!」
何がどう転んでも、迷惑にしかならない存在。それが王子先輩なのだと、また改めて思い知る私だった。
結局、気が付けば夜中の一時過ぎ。
オバケだのなんだので、グダグダしているうちにいつも以上に遅くなってしまった。
そんな時間に仕方なく、私が王子先輩を大通りまで送ることに。
「ほら! ここまで来れば、街灯が明るいから大丈夫ですよね?!」
王子先輩は青い顔のまま、辺りを見回した。
終電も終わったこの時間、家の近くは人通りもなく、静まり返っている。
「何でだろう。何だかスゴク、本末転倒してるような気がする」
「気がするんじゃなくてしてるんです」
私はキッパリと言った。
本来は、『暗くて危ないから』という理由で王子先輩が私を家まで送ってきているのだから、本末転倒なんてモノじゃない。




