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「しっ!」
急に王子先輩は声を落すと、私の口を手でさっとふさいだ。
どうせなら目を塞ぐか、別のところを隠してほしい。
「何か聞こえる」
先輩の囁き声が耳元でする。しばらく何かに耳を澄ませている様子だったが、やがて小さく息をついて、私から手を離した。
「ドアを閉めた。このアパートのヤツだ」
「はあ? つまり」
総合的に状況を考えると。
「アパートのヒトにオフロをのぞかれたわけですか?」
はあ……。
なんかなあ。男のくせにのぞき被害に遭うとか。
「何というか、かぎりなく王子先輩らしいと言うか」
先輩は、私の顔を見て細い眉をつりあげる。あ、なんか気に障ったらしい。
「クズひま? 何が言いたいの」
で、私にのしかかってくる。ちょっと! ハダカ! ハダカのままだから、先輩!!
「何か僕をバカにしてる?」
うわ、脚、脚が。先輩の、お湯に濡れた脚が私の脚にからんで。くっついてる。
彫りの深い、キレイな顔が目の前にまで迫って。
ソープの香りの他に、間違えようもなく、男の人のニオイが、する。
「いい態度だなあ? ちょうどいいから、このまま犯しちゃおうか?」
ニヤニヤ笑いながら、いっそうのしかかってくる先輩。ちょ、マジでやめて。白い胸板に、乳首、が。見えてるって!
「ちょっと、何言ってんですか!!」
私は見ないようにしながら、全力で逃れようと抵抗した。
「そしてそのカッコウでそれはやめてください! シャレになりません!」
というか、なんか見えてるし! お父さんとお風呂に入らなくなってから、見たこともないモノが、見えてるし!!
「今夜のお前はイイ態度だったもんなあ? 思い知らせてやってもいいんだよ?」
耳元に囁きかける声。熱い。
そして、何か当たってるし! 私の太ももに、何か毛の生えたモノが当たってるし!
いやあ、こんなところでこんなイキサツで、オバケが怖い人に処女を奪われるのはいやだあ!!
「ゴメンナサイゴメンナサイ! 私が悪かったです!」
気付いたら、とにかくメチャクチャにあやまっていた。
冷静に考えると、何で私があやまらなくちゃいけないのか分からないのだが、とにかく、その時は必死で。
そして先輩は、そんな私の顔を見て。
プッと、ふきだした。
「……ヘ……ヘンな顔……」
そのまま、止まらないのか肩を震わせて笑い続ける。
「お前、どこまでブスになれるんだよ。ひでー」
む、むっかーー!!!
失礼な。
誰のせいでブス顔になったと思ってんのよー?!
「ブスで悪かったですね」
不機嫌に言うと。
王子先輩は、はは、と声を出して笑った。
「冗談だよ、冗談に決まってるだろ。お前なんか犯すか、バーーカ」
素っ裸のまま、ものすごく笑っている。
ちょっと……この男。殺しても、いいですか?
さんざん笑ってから、先輩はやっと体を拭いて、着替えを身につけた。
「お前なんかどうでもイイんだよ。そんなことよりさ」
そう言って、手に取ったのは。
サバイバル・ナイフ!! というヤツではないですか!
ひー!! 何でそんなモノ持ち歩いてるんですかアナタは!!
「銃刀法違反! 銃刀法違反じゃないですかソレ!!」
「ああ、大丈夫。これ、刃渡りが小さいから規制の対象外だから」
あっさりおっしゃる王子先輩だが、それにしては握りしめているナイフのシルエットも黒い刀身も禍々しすぎだし、その重量感がコワイんですけど!
「せ、先輩。それをいったいどうするんです」
「そんなの決まっているでしょう!」
うわ。ものすごい目でにらまれた。
「さっきのヤツ、探し出してコロス。僕を死ぬほど驚かせて。必ず見つけ出して、殺るよ」
目が完全にマジなんですけど!!
前からヤバい人だと思ってたけど、本物のヤバい人だコレ!!
「夜中にヒトのオフロをのぞき見るようなヤツは、それだけで死刑確定だよね」
いや、のぞきは確かに犯罪だけれども!
それ以上に、アンタのその思考が重犯罪者のもの以外の何でもないわ!!
おまわりさーん! すぐ来て―!!
「何言ってんですか王子先輩! 警察につかまりますよ!」
「大丈夫。バレないようにやるから」
それ、大丈夫の使い方間違ってるーー!!
「どうやって殺してやろうかな? 一突きでいくか、それともたっぷり切り裂いてやるか」
嗤う王子先輩。
ひー! さっき以上にコワイ!
どうしたら止まるの、このヒト。




