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ある日、大学へ行くと、知らない女の人に声をかけられた。
「あの。英文学科の、久住さんですよね」
「はあ。そうですが」
相手を見る。派手目の美人だ。こんなヒトと、どこかで知り合ったっけ?
文化会連絡会の関係かな。あそこの事務局には、性質上いろいろな文化系サークルの人が出入りするから、いちいち覚えてはいられない。
「ええと。どちらのサークルの方でしたっけ」
と、確認しようとした時。
美女の、キレイにグラデーションしたネイルの目立つ手が、私に向かって振り上げられた。
「きゃっ!?」
驚く私。こういう時って、どういうものだか。相手の手が、スローモーションに見える。
振り下ろされるそれを。
私は、間一髪かわした!
「ちょっとっ! 何でよけるのよ、生意気よっ!」
美女は怒った。いや、何でって言われても。当たったら痛いし。
しかし、今のは自分でもびっくりした。
これは、あれね。いつも王子先輩にパカスカ叩かれてるから、攻撃を見切ろうとしている内に、先輩以下の技の相手に対しての防御力がついた!
うん、バトル物のマンガとかにありそうな理屈だ。
結果的に王子先輩に助けられたような気がするところが難点だが、それには気付かなかったことにしておく。
「なんですか、いきなり」
「なんですかじゃないわよっ、この泥棒猫!」
美女は大変ヒートアップしている。
「分かってるんだから。アンタが横から入り込んで彼を取ったのよっ。どんな手を使ったのか知らないけど、返しなさいよっ」
ううむ。これはいったい。
「彼を取った」と言われても、私は彼氏いない歴十九年なんだけど。つまり、生まれて一度も彼氏がいたことがナイ。
それなのに、何ゆえこんな誤解が生じているのか。
「ええと。私が取った彼氏というのは」
「決まってるでしょ! カズヒトよっ」
怒鳴る美女。
あー。つい最近、そんな名前をどこかで聞いたような聞かないような。
私は、大変。気持ちが沈み込むのを感じる。
「アンタみたいな地味な子が、彼と付き合おうなんて生意気なのよっ。私の王子を返してよっ」
やっぱりそう来たか。まあ、それしかない気はしたけど。
その人のことは、なるべく忘れていたかった。
そんな思いに、私はガックリと肩を落とした。
「えーと。弁明させていただきますと」
無駄かもしれないが、とりあえず抵抗を試みる私。
「私と王子先輩は、付き合ったりとかしてません」
「嘘つきなさい!」
一蹴された。
「知ってるんだから。まだ私たちが付き合ってた時から、毎日毎日一緒に帰ってたでしょ」
いや、いつからいつまでアンタたちが付き合ってたとか知らんけど。
「あれはですね。一緒に帰っているというより、拉致られているという方が正確です」
「ふざけないでよ! カズヒトも認めたわよ、アンタの家までついて行ってるって!」
何を言いふらしてくれてんですか、あのマザコンホモは!
なんでそう、ピンポイントで都合の悪い情報をたれ流してるのよ。
自分の別れ話に、私を巻き込むなっ!
「アンタと一緒に帰ってることを問い詰めたら、彼、それを認めて。別れよう、って言われたのよ! よくも人の男を寝取ったわね!」
寝取ったって!!
「めっそうもない!! というか、気色悪いからやめてください!」
「なんですって。わけの分からないことを言ってるんじゃないわよ」
美女がいっそう猛り狂った時。
「うるさいんだけど」
横手から、やる気のなさそうな声がした。




