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その後も連日、地獄のダンス特訓は続いた。その上、王子先輩が。
「僕がいいと言うまで、ダンスの練習をしていることは誰にも言うなよ」
とか、脅迫的な恐ろしい目つきで言うものだから、誰かにグチを聞いてもらうことも出来ない。
まあ、王子先輩がらみのことは、言っても信じてもらえない上に、下手すると自慢話とカン違いされるので、どうせ女友達には話せないんだけどさ。
そんなある日。お昼を学食で食べていたところ、同席していた坊ちゃん先輩に急に言われた。
「久住さん。良かったら今度の日曜、一緒にクルーズに行かないか」
坊ちゃん先輩がクルーズ! それは、自家用ヨット的な何かでですか!
さすがセレブ。
そして、そんなものに縁のない庶民の私としては……うん、行ってみたい!
あ、でも。
残念ながら私は、坊ちゃん先輩のお友だちを、王子先輩以外あまり良く知らない。(その一人については必要以上に知ってしまっていることが少々腹立たしい)
文化会連絡会の事務局のメンバーかな? 先輩の所属する社交ダンス部は、文化会にも体育会にも所属しているし。
坊ちゃん先輩は役員ではないけれど、面倒看の良い性格を発揮して、よく事務局にも出入りしている。
あのメンバーで何かやるんなら、まあ気が楽だ。
でも、もし。よく知らない人ばかりだったらちょっと気兼ねするかも。
それも、セレブさまばっかりのクルージングパーティーとかだったら、私は完全に場違いだ。
「あのう。それは、どういう会なんでしょうか」
と、心配になってたずねてみたりする。
坊ちゃん先輩は早口になった。
「い、いや。別に他意はない。それに、会というほどのものでもない。いや、正直言うと、クルージングというほどのものになるのかも微妙なんだが」
ええと。それは、いったい。
「なんというか、俺と坪田からのささやかな感謝の意を表す場というか、そういうものであって」
坪田? 坪田って誰のこと?
脳内のアドレスブックを検索してみる。うん。そんな人、知らない。
「あのう。坪田さんて、誰でしょうか」
坊ちゃん先輩はキョトンとした顔になった。
「坪田は坪田だが」
だから。知らないって。
「存じ上げないと思うんですが」
そして、そんな人から感謝される覚えもない。
「いや、だから坪田だぞ?」
坊ちゃん先輩はさらに怪訝そうな顔になった。
「ホラ、俺といつもつるんでる。あの、ムダにキラキラしくて、派手で、その実メンドくさくて鬱陶しくて、外面と中味に落差のある、あのバカ」
って。
王子先輩かーーーーー?!
確かに本名は知らなかったけど。そんな名前だったんかい!!
「そんなお名前だったんですか、王子先輩」
口にまで出して確認してしまった。
「そうだが。知らなかったのか? 坪田和仁がアイツの名前だぞ」
ツボタカズヒト。
普通だ。ものすごく普通だ。
なんて言うか。似合わない。
「もっと、美ヶ原アンドレイとか、妙門院セバスチャンフレデリックとか、そういう感じのお名前かと思ってました」
「何だそりゃ。アイツはハーフじゃねえよ。まあ、色素薄くて、ちょっと見ハーフっぽいと言えなくもないが」
いや。ハーフっぽいというかね。
もっと、無闇に派手で、その上鬱陶しい感じの。
名前からしてそんな感じかと思ってたんだけど。
まさか、そんな地味な名前だったとは。意外すぎる。




