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結局、お茶を飲み終わって王子先輩が帰ると言い出した時には、もう日付が変わっていた。
「お前なんかにかまってたせいで、こんなに遅くなっちゃった。もう絶対、お母さん眠っちゃってるよ。お前なんかのせいで、大好きなお母さんの顔を見られるチャンスが一回減っちゃった……」
これ見よがしのため息をついて、ローテンションな様子である。
そんなマザコンアピール要らん。
「ハイハイ、どうもスミマセンでしたね。何度も言うようですが、私が頼んだわけじゃないんですけど!」
私の対応も、勢い荒くなる。
「じゃ、明日もダンスの練習するから」
ドアノブに手をかけた先輩は、ちょっと振り返った。ていうか、明日もやるつもりなのか、ダンス。
「どうしました?」
私がたずねると、王子先輩は「いや」と言って、ちょっと赤くなった。
「明日の夜も、寄ってもいいか?」
私はきょとんとする。
「ハイ? イエ、お忙しかったら送っていただかなくても。一人で帰れますよ?」
というか、むしろ一人で帰らせてほしい。
「遅くなったら送るよ! 当たり前だろう、そんなの!!」
王子先輩は心外そうに言った。なんでそんなところだけ紳士なのか。
「じゃなくて。ポット、弁償するから。あと、もう少しマシな茶葉を買ってやるから」
「え」
私は、目を丸くした。今の、聞き違いじゃないかしら。
王子先輩は、私から少し目をそらして、赤くなってドアのそばに立っている。
色が白いから、赤くなっているのがよく分かった。
何だか、おかしくなった。
話をするようになってから、私が見たのは魔王のような恐ろしい王子先輩ばかりで。
遠くで見ていた時のような、キラキラした王子様はどこにもいなくて。
でも、こんな表情もする人なんだ。
これはきっと、遠くで見ているままだったら絶対に見られなかった顔。
「はい」
私はいつの間にか微笑んでいた。
「ありがとうございます」
先輩はますます私から目を背けて、フン、と鼻を鳴らした。
「あ、そうだ」
なんだか王子先輩が可愛く見えて来て、私はつい言っていた。
「明日もいらっしゃるんでしたら、ウチのシャワー使います?」
「な? 何言ってるんだ、お前?!」
急に王子先輩は顔色を変えた。今までほんのり赤かったのが、今度は真っ青になっている。
何なのだろう、イッタイ。まさか私の掃除能力に疑いを抱いてる?
紅茶では失敗したけど、家はキレイにしてるよ、私。
「そんなカオしなくても。ちゃんとキレイにしてますよ?」
「待て、落ち着け」
しかし王子先輩は顔面蒼白のまま言った。
「お前、何を言っているかちゃんと理解しているか?」
また、何か良く分からない反応を。ホント、意味不明な人だな。
話をちゃんと聞こうと近付くと、先輩は余計に焦って逃げ腰になった。
「イ、イヤ! 困る。困るよ。そういうんじゃないから!!」
「そういうんじゃないってどういうことですか?」
「だから僕は……! 困る、僕じゃない」
何言ってんだ、ホントに。
「あ。ここまで近付くと、やっぱり、ちょっとクサいかも」
先輩まで三歩の位置で、私は足を止めた。
王子先輩は凍りついたような表情で、は? と呟く。
「王子先輩はオシャレさんですし、汗くさいままで帰るのはイヤなんですよね? さっきも着替えたいって、すごく情けないカオでおっしゃってましたし。だからいいんですよ? ウチのシャワーで良かったら好きなようにお使いください」
私はにっこりと聖母のごとき微笑みを浮かべた。
王子先輩はなんだか虚ろな目付きで私を見た後。
ものすごい勢いで私をひっぱたいた。
暴力事件……! 警察……! 通報……!
そんな言葉が頭をめぐる。
「お前は! ホントに救いようのないバカ女だな! 死ねよもう!!」
そして、なんで罵倒されているのか、私よ。
「ヒ、ヒドイですう。今日イッタイ何回殴るんですか! 私、一応女の子ですよ?!」
「やかましい! そんなこと言うんなら、もうちょっと女としての自覚を持て、この大バカ!」
何だか知らないが、不機嫌最高潮。さっき、ここで照れてた人と同一人物とは思えない。
この情緒不安定、どうにかならないのかしら。
そして、怒りたいのはいきなり殴られた私の方なんですけど。
そう思っている間に、先輩はぷんぷんしながらアパートの外階段を下りていってしまった。




