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「お前どれだけヘタクソだ! あんなマズイお茶初めて飲んだよ。どうやったらあんなヒドイもの淹れられるんだ」
居丈高にそんなことをおっしゃる王子先輩の前で、ひとりでポットの破片を拾い集め、こぼれたお茶を拭いている私の悲しみはたとえようがないものだった。本気で泣きたい。
「あんまりです、王子先輩」
「何がだよ。わざわざ招き入れられてあんなモノ飲まされた僕の身にもなってみろ!」
魔王はこんなこと言ってます。ああ、もう。ホント、家に入れるんじゃなかった。
「全くさあ。お茶もロクに淹れられないのか? そんなんじゃ、先が思いやられるよ」
王子先輩はそう言って、ため息をついた。
先って。何を言ってるんだか。
私が本気でべそをかきだしたので、王子先輩もマズイと思ったのだろうか。イヤそれともそんな良心などなく、単なる偶然だったのだろうか。
とにかく先輩は、急に立ち上がって言った。
「仕方ないな! 僕がマトモなお茶の淹れ方を教えてやるよ」
涙目で立っている私を乱暴に押しのける。
「ホラ! どけ!!」
やはり、この人には良心などないのかもしれない……。
「大体、お湯の温度が低いんだよ。しっかり沸かさないと」
キッチンに立った王子先輩は、意外に手際よくヤカンに水を入れ、コンロの上に置いて火をつけた。
「ポットは?」
「ありません。今、王子先輩が粉砕しました」
「一個しかないのか? どれだけ貧乏なんだよ」
「一人暮らしなんですから、そんなにたくさんティーポットなんか要りません!!」
貧乏だからじゃ、ないっ!!
「何だよ、しょうがないな。まあいいか、ヤカンでも」
王子先輩は呟いた。何が「まあいい」のかは謎。
「おい。今のくそマズイ茶を淹れたカップを洗っとけ」
「ハイ……」
もう、反論する気も起きない。ただ従うのみである。
「洗ったら温め直すから、僕によこせよ?!」
ハイハイハイハイハイハイハイ。
「あと、今のくそマズイ茶葉を出せ」
くそマズイって。私にしては頑張って買ったお茶っ葉だったのに。
お湯が沸くと、王子先輩はそれで洗ったカップを温め直した。それから紅茶の入った袋の中をのぞく。
「ブロークンか。じゃ、お湯がこの量だから、このくらいか?」
呟いたかと思うと。
ザーッと、景気よく。お茶っ葉を、ヤカンに投入!!!
「ああっ、そんなにイッパイ? 高かったのに!」
そして、それは正しい淹れ方なのか? 「教えてやる」とか大見え切った割に、何かものすごく間違った淹れ方を実演されてる気がするんだけど!
「お前。さっき、茶葉を使うのケチっただろ」
王子先輩は、私をじとっとした目でにらんだ。
「道理でマズイと思ったよ」
お茶が出るのを待つ間、王子先輩は説明してくれる。
「ふきんを上にかけて蒸らしてさ。高原は濃い目が好きだから、二分くらいかな」
しかし、どうしてその基準が坊ちゃん先輩なのか。
「ええと。坊ちゃん先輩のお好みはともかく、私の好みについては」
「そんなのどうでもいいんだよ! バカか!」
ぴしゃりと遮られた。このヒトは、いったい何のためにここにいるんだろう? そんなに坊ちゃん先輩が好きなら、坊ちゃん先輩の家に行けばいいじゃん。
だけど。悔しいことに、王子先輩が淹れたお茶は、私なんかのよりずっとずっと美味しかったのだった。
「これがフツウなんだよ。お前どんな淹れ方したんだよ?」
王子先輩は言った。
「お湯をしっかり沸かして、茶葉をケチらず、きちんと蒸らす! それだけのことなんだよ。何でそんな簡単なことが出来ないんだ?」
「感動しました。ちょっとのことでこんなに変わるんですね」
私は素直に言った。
なんか、ダンスで死ぬほどしごかれたり、ティーカップにケチを付けられたり、大事なティーポットを割られたりいろんなことがあったけど。
何となく、それを許していいような気がした。
私は言った。
「何より、まさか王子先輩がマトモにお茶を淹れられるなんて、全く思っていなかったので。先輩も、人並みに出来ることがあるんですね」
次の瞬間、私は思いっきり先輩に頭をはたかれていた。
あれ……こういうのって、DVって言うんじゃなかったっけ……。
いや、アレは付き合ってる同士とか、結婚した夫婦の間の暴力を言うんだった。じゃ、赤の他人の王子先輩と私の間のコレって、なんて言うんだろ?
答え。ただの暴力。
畳に引っくり返るまでの一瞬に、これだけのことを考えた。




