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謎の王子先輩  作者: 宮澤花
星より遠い
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 みんなから、いろいろとツッコみまくられた王子先輩は。

 はあ、と息をついて。やわらかそうな髪の毛を軽くかき上げた。

「何か、バカみたい。せっかく、色々気を遣ってさ。みんなが幸せになれるようにと思ったのに。何だか、何もかも台無しじゃないか」

 その、いかにも他の人が悪い、と言いたげな口調に。


「だから! 全部お前のせいだっての!」

 再び、みんなの心がひとつになる。


「あのな。気持ちは嬉しいんだが、お前の気遣い全部空回りしてるんだよ」

 ハッキリ言うナルさん。


「お前のやることはひとりよがりなんだよ。あのな、今回だけの問題じゃないぞ! お前の生き方全体がそうなんだよ」

 怒鳴りつける坊ちゃん先輩。


「アタシたちのことを心配してくれるのは嬉しいけどさ。アンタが、一人になる時あんなに淋しそうな顔をしてたんじゃ、こっちだって心配なんだよ」

 困ったように言う礼子さん。


「な、前にも言ったろ? お前の気遣いは、いつもなんか抜け落ちてんだよ。というか、ズレてんだよ、やることなすこと」

 ウインクする欣治さん。


 さっきに増しての、総ツッコミだ。


 王子先輩は目に見えてムスッとした顔になった。

「何、それは」

 面白くなさそうに言う。

「僕だって一生懸命やってるのに。というか、ただ僕はみんなに幸せになってほしいだけなのに。何でみんなに責められなくちゃならないんだ」

 くどくど、ブツブツ。つくづく男らしい爽やかさに欠けているなあ、このヒト。


「それは、俺たちの気持ちだ。バカ!」

 そんな王子先輩を、坊ちゃん先輩が叱り飛ばした。

「お前を大事に思っている俺たちの気持ちを! 全然勘定に入れないから、お前の考えは浅いと言うんだ、この大バカが」

 このひとりよがり男、と決めつける。


 王子先輩は、ポカンとした顔でそれを見て。それから。

 さっき、駅の改札でみんなに迎えられた時よりも。もっと、真っ赤になった。何か、言い返そうとして。言い返せなくなったように、うつむいてしまう。


 その顔を見て。ああ、伝わったんだな、って思った。

 私ごときでは、ご家族や坊ちゃん先輩の密度の濃いツッコミにはついていけず。ただ、横で見守るしか出来なかったんだけど。

 どんなに王子先輩が自分はひとりぼっちだ、って言ったって。坊ちゃん先輩がそんなことは認めないし。たとえ血がつながってなくたって、ここにいる人たちはちゃんと王子先輩の家族だ。

 それが、伝わったなら。それでいい。


 みんなもそう思ったんだろうか。

 表情がやわらかくなり、微笑んだり、ため息をついたり、肩をすくめたり。

「じゃ、帰ろうや」

 欣治さんが言って、それで何だか話はまとまった。


「久住さん。すまない、本当は送っていきたいのだが」

 坊ちゃん先輩がもう一度、私に向き直った。

「今夜は夜通し説教してやらないと、あのバカ、骨身にしみないから」

 私はうなずいた。

「はい。分かります」


「その。不本意かもしれないが、やっぱり。この時間に女性が一人で帰るのは危ない」

 さっき、私が受け取らなかった一万円札を、もう一度さし出してくれる。

「分かりました」

 今度は私は、それを受け取った。

「お借りします。今度、返しますね」


「いや! それは、俺の自己満足みたいなものだから。返さなくてもいい」

「そんなわけにはいきませんよ」


 私はちょっと考えて、そして言った。

「じゃあ、半分だけおごってください。今夜は、ぼ……高原先輩に送っていただいたと思って、帰りますから」

 そう言った時。


(明日は、僕じゃない男がお前を送ってくるから)

 という、王子先輩の声が、耳元で聞こえた気がした。

 その途端。さっきの王子先輩の勇み足を思い出して、急に坊ちゃん先輩と二人でいるのが恥ずかしくなってくる。


「分かった。それでいい」

 坊ちゃん先輩も、やけに高速でうなずいた。

「タクシー乗り場まで送る」

 私たちは駅前のロータリーで立ち止まって話していたから、送ると言っても十メートルもなかったのだけれど。


 それだけの距離を、二人で。話もせずに歩いた。

 タクシーが来るまでの、ちょっとの間に。

 坊ちゃん先輩は、私の顔を見ないで言った。


「あー。さっき、あのバカがいろいろ、わけのわからん世迷い言を口走っていたが」

 ドキリ、として。私は自分の靴先を見る。王子先輩が買ってくれた高級靴。

「これからも、気にせず友人でいてくれるだろうか?」

 そう言って。坊ちゃん先輩の、愛嬌のある顔がすぐ傍で私を見る。


 うん、こんなものだよね。

 そして、これで十分だ。


 だから私は、いっぱいの笑顔で、

「はい」

 とうなずいた。



 タクシーでアパートの近くまで帰り、いつもの路地の前で下りた。領収書はしっかりもらう。王子先輩方式で、しっかり割り勘するんだもんね。


 路地の途中で、彼女に出会う。

「あら。今度はご機嫌良さそうね」

「はい。解決しましたから」

 そう言って通り過ぎる。


 彼女の問題はもう永遠に解決することはない、そのことがちょっとだけ痛い。「一部の人にしか見えない人たち」である彼女の時間は、もう終わってしまっているのだから。


 アパートの階段を上がり、鍵を開け、中に入る。


 昨夜までは、毎晩王子先輩が一緒だった。今日からはひとり。もう、あの人がここに来ることはない。

 解放感が九割、でも一割ばかり不思議な空っぽさがあって。

 淋しさとは違う、でも、何かが足らない。


 私は鍵をかけ直し、それを振り払うようにキッチンに向かう。

 今夜は、いろんなことがあったから。お茶でも飲んで、気を落ち着けてから眠ろう。


 食器棚には、王子先輩が買ってくれた高級茶葉がぎゅうぎゅうに詰まっている。並べてあるのは、安売り家具屋で買った食器棚には似合わない、超高級ティーセット。

 それを見たら、笑ってしまった。

 王子先輩が毎日ここに来ていた、そんな時間が確かにあった。その証拠が、ちゃんとある。こんなにハッキリと。


 ティーカップを出そうとして、気が付いた。

 綺麗なブランド物のカップの間に一つだけ、素っ気ないシンプルなデザインの白いマグカップが、取り残されている。

「忘れてた」

 私はそのカップを手に取って、呟いた。

「王子先輩のカップ、持って帰ってもらわなきゃいけなかったのに」


 昨夜は、あんなに家中を引っくり返して、王子先輩の持ち物を探したのに。

 どうして、こんなよく使うもの、二人とも思いつかなかったんだろう。


 どうしよう。お家まで持って行った方がいいかなあ。坊ちゃん先輩にお願いして、返してもらう? それとも、大学で顔をあわせるのを待って、その時に渡すか。

 眺めながら、どうしたらいいか思案する。

 それを見ているうちに。王子先輩と出会ってからのいろいろなことが思い出されて。


「まあ、いいか」

 私はカップを元の位置に戻して、呟いた。

「今度来た時にまた、使ってもらえば」

 そうして、自分用にティーカップを出し、ヤカンに水を入れて、コンロの火をつけた。


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