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まあ。違うと言えば、そもそも降りる駅からして違うんだけど。
「遅くまで、すまなかった。今日は送っていけないが、とりあえず、これ」
お財布から、万札を出して渡してくれる坊ちゃん先輩。何ですか、これ?!
「一人じゃ危ないし、タクシーで帰ってくれ。返さなくていいから」
「そんなわけにはまいりませんよ!」
ギョッとする私。いくらなんでも、それは。
「高原が送っていけばいいじゃない。そんなことしなくても」
ナルさんと礼子さんの間に挟まれて歩きながら、王子先輩が振り返って言った。
坊ちゃん先輩は、それをキッとにらみつける。
「逃げようとしてもムダだぞ。今夜という今夜は、お前の性根を叩き直す! 今夜は絶対にお前から目を離さないからな」
「そうじゃなくてさ」
ウンザリしたように言う王子先輩。
「せっかくの、学祭の後なんだからさ。いろいろ話したりすることあるんじゃないの? 僕なんかに構ってないでさ」
「そのお前の訳の分からん振舞いで、何もかもメチャクチャになったんだが!」
ガツッとツッコむ坊ちゃん先輩。
「いい機会だ。ここで、ハッキリさせておきたい。坪田、お前」
大きく深呼吸してから、坊ちゃん先輩は言った。
「もしかして、もしかしてだが。久住さんを、好いているのか?」
「は?」
気の抜けた声を、もらす王子先輩。
「え?」
ボケッと呟く私。
それから、ようやく頭の中でその言葉が意味を成す。
ええええええ!? 何言ってんの、坊ちゃん先輩!
「ずっと態度がオカシイと思っていたんだ。妙に彼女に突っかかるし。そうかと思うと、服を買ってやったりダンスの特訓をしたり。お前、本当は彼女が好きなんじゃないのか? 俺との間をやけに気にしているようだが、俺と彼女は友人以上の間柄ではないぞ。もし、そうなら……俺はいくらでも協力する。正直に言ってくれ」
一息に言う坊ちゃん先輩。
ちょ。本気で、何言ってんですか。
「なあ! お前、本当は……」
坊ちゃん先輩は、まっすぐに王子先輩を見て問いかけ。
「バカか? 何言ってんの?!」
王子先輩の大声に、阻まれた。
「何で僕がクズひまなんかを! お前の目はどこについてんだ、バカ!」
有り得ないことを言われたヒトの顔で怒鳴り散らす王子先輩。えーと、そのセリフ。私の方から言ってもいいですか。
「キライだって、大キライだって何回も言ったじゃないか!」
「え? 違うのか?」
きょとんとする坊ちゃん先輩。
「けど、お前のやってることそうでも考えないと意味が通らんぞ?」
「ヤメロ気持ち悪い! 見てよ、鳥肌立ったよ!!」
腕を見せなくていいから。私に失礼とは思わないのですか。
「けど、お前、彼女に高そうな服を買ってやったり」
「だってしょうがないじゃないか! この女の私服のセンス最悪なんだ!」
「イヤ、会場でも言ったが『しょうがない』の意味が分かんねえよ」
「だから! ダンスに出すのに、コイツ化粧も髪型も地味だし! アパート中を引っくり返して見たけど、最悪なセンスのしか持ってないし!」
主張する王子先輩。
「だからしょうがなかったんだよ。時間もなかったし、とりあえず新しいのを買わないと!」
「いや、お前何言ってんの? そして、何やってんの?」
首をひねる坊ちゃん先輩。
そうですよね。私にも分かりません。
「ダンスだってさ! ヘタクソだったら、お前が恥かくだろう?! そう思って、一度実力を見てやろうと思ったら、案の定ド下手くそで。しょうがないから特訓してやったんだけど、この女、やってもやっても上手くならなくて。僕がこの一か月、どれほど苦労したと」
「イヤちょっと待て。論理展開がオカシイ」
眉間を押さえる坊ちゃん先輩。
「何で、久住さんのダンスがヘタだと俺が恥をかくんだ。別に俺は彼女にダンスを申し込んでなかったし」
「はああ? まさか、本気で気付いてないってわけじゃないよね?!」
信じられない、と言うように大口を開ける王子先輩。
「だから、何がだよ?」
「この女、お前に気があるだろ? これを逃したらお前、二度と春が来ないだろ」
え?
「え……ええええええええええ?!」
同時に叫ぶ私と坊ちゃん先輩。
「うわあ。本気で気付いてなかったんだ?」
呆れたように言う王子先輩。
「イヤちょっと待て! ちょっと待てええええ!」
「そうです! 私、そんなこと一言も!」
叫ぶ私たち。
「何、二人で驚いてるんだよ。クズひまも、そんな誤魔化さなくても」
「誤魔化してませんよ! 何言ってるんですか!!」
そりゃちょっと、癒しキャラとか勝手に思ったりはしてたけど。 別に、そういうわけでは。
ヤバい、頬が熱くなる。
「ちょっと待て!」
眉間にしわを寄せながら、王子先輩をにらむ坊ちゃん先輩。
「じゃ、今までお前がやたら俺と彼女を二人で話させようとしたりしたのも全部?」
そんなことしてたのか。知らなかった。
「だって高原、奥手でさ。放っといたら何も進展しそうになかったから」
サラッと言う王子先輩。
「もしかしてとは思うんだが、クルーズの時に彼女に水着になれだの、脱げだの言ってたのも??」
「え? あの時言ったでしょ。あんなのでも高原は見たいだろうと思って」
当たり前のような言い方に、絶句する坊ちゃん先輩。私も同じ気持ち。
いったい、いつからそんなこと考えてたの、王子先輩。
「それが何?」
涼しい顔で小首をかしげる、その仕草に。
「アホかあああ! 巨大なお世話なんじゃあ!」
坊ちゃん先輩がキレた。
「そこまで世話を焼いてもらわんでも、自分で何とかするわ! アホかホントに!」
「だって、黙って見てたら何も進展しそうにないじゃない」
そういう王子先輩は。多分、何で坊ちゃん先輩が怒っているのか分かってない。何なの、このヒト、ホントに。
いくら言っても暖簾に腕押し、ということに気付いたのか、坊ちゃん先輩は深い深いため息をついた。
「心配してソンした。ここんとこのお前の不審な行動が全部そんなアホクサい理由だったとは」
「アホクサいとは何だよ?」
不本意そうに言う王子先輩。
うん、まあ。
王子先輩が先走りすぎとはいえ。
私とどうにかなるという可能性をアホクサいの一言で済まされるのは、私もちょっと不本意な気がするというか、何というか。
「僕がせっかく、心を砕いてやったのに」
「あのな! 言わせてもらうが、お前の気遣いは一から十まで全部間違ってるんだよ!」
あ、それには全面的に同意。




