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第1章 発生


……台北市内 環東大路……


PM17:25




世はクリスマスイブ。台北市内を走る高速道路の1つ、環東大路は今日も交通量は多かった。



順調に流れているとはいえ、かなりの数の車が前にも後ろにも同じように走っている。



「クリスマスイブだって言うのに仕事とはツイてないよなぁ……」



そう言って男はウィンカーを左に出し、追い越し車線へと進入すると先程まで前を走っていたシルバーのミニバンを追い越した。



はぁっ、と溜め息をついた彼は、台北市内にある飲食店勤務の男。名前は李正龍(リ ジェイロン)30歳……愛車である10年落ちのワインレッドのカローラアルティスは、彼の心情とは反対に軽快に走っている。



本来であれば今日は休みであったはずの正龍は、出勤するはずの同僚がバイク事故にあったため急遽出勤となってしまったのだ。



「はぁ……」



本日何度目になるかわからない溜め息をついた正龍は、再びウィンカーを出して元の車線へと車を戻す。


彼が何度も溜め息をつくには理由があった。

同棲している彼女と家を出る前に喧嘩になったからだ。

出掛ける予定を立てていたのにも関わらず、急遽出勤となってしまった正龍に彼女がキレたことが始まりだった。



お互い売り言葉に買い言葉、喧嘩は正龍がマンションを飛び出したことで一時中断となった。



「はぁ……」



またしてもハンドルを握ったまま溜め息をついた正龍は、気分を変えるためカーステレオの電源を入れて音楽をかける。



ポップで軽快な音楽が鳴り始め、幾分正龍は気持ちを切り換えることが出来た。



キィッ!!パッパーッ!!



前方の合流地点で大型トレーラーが無理に本線に合流し、数台の車のブレーキランプが点灯し、クラクションが聞こえてくる。



「おいおい……ここに来て事故まで起きるなんて勘弁だからな……」



トレーラーはクラクションを鳴らされた事などまるで気にしない様子で、次々に車線変更をして道路の先へと消えて行く。



……同時刻 トレーラー……



先程無理な合流や追い越しをかけていた大型トレーラーは、現在他の車の流れに乗って走行していた。



車内には運転手の男が1人だけ……。

額には冬だと言うのに汗が滲んでいる。



「……大丈夫だ。俺ならやれる……」



まるで譫言の様に繰返し同じことを呟くこの男は、とある組織の人間の1人である。



何故そんな人間が台湾でトレーラーなど運転しているのか……それはとある目的を果たすためであった。


組織幹部から数日前言い渡されたこと……台北市内の高速道路でトレーラーを横転させる、ただそれだけのことであった。


男は何故高速道路でトレーラーを横転させる必要があるのか、疑問にも思ったが聞くことは許されなかった。

ゆえに目的も後ろにあるコンテナの中身も何なのかすらも知らない。



「なるべく中心部に近いところでひっくり返せ……本当一体何なんだろう……」



男が運転するトレーラーは、山間部から徐々に高層ビルの立ち並ぶ地区へと進入してゆく。



「予定箇所までは……後3km。大丈夫、横転させてもキャビンは何ともないように改造してあるって言っていた……だから大丈夫、大丈夫だ……」



男は汗の滲む手を拭くため、助手席に置いてあるタオルを取ろうと手を伸ばす。


男が一瞬助手席へと視点を動かした際に、前方を走る車のブレーキランプが次々に灯り、ハザードランプが点滅し減速し始めた。



まだ前方を走る車とは距離があるが、男はタオルを取ることに集中しているためか、全く前を見ていない。



ついに前走車が完全に停車したが、トレーラーのスピードメーターは100kmを指したまま。



「……!?」



男がようやくタオルを手に取って前へと目を向けた時、既に停車している前の車との距離は20mを切っている。



ギャギャギャッ!!



トレーラーのタイヤはフルブレーキによって完全にロックされ、白煙が上がった。



ブレーキペダルが床につくほどまでに強く踏み込むが、荷台にあるものが重いせいか全く止まる気配はない。



慌てた男は無我夢中でハンドルを左にきり、停車している車を避けようとした。


だが焦っていた男は失念していた。

左側の追い越し車線にもトレーラーに並走していた2台の車が存在していたことを。



トレーラーが急に左に寄ったことで逃げ場を失った先頭のミニバンは、クラクションを鳴らしながら減速しガードレールスレスレまで回避するが、トレーラーヘッドにドアミラーを押し潰され、車体をガードレールに押し付けられながら火花を散らし、車体の左側が歪んだガードレールに乗り上げた。



尚も左によるトレーラーに押され、ガードレールに乗り上げた車体はバランスを崩し、反対車線へとひっくり返る形で転がり出てゆく。



反対車線でも突然転がり出てきたミニバンを避けようもなく、次々と車が衝突していった。



後方を走行していた小型車もブレーキを踏むが、逃げ場を失い荷台下へとトレーラーに車体右後部押されて潜り込み、助手席部分からトレーラーに乗り上がられ、屋根ごと踏み潰された。



既に2台、いや、先程のミニバンが反対車線に転がり出て発生した事故を含め10台近く巻き込んでも止まらないトレーラーは、ついに渋滞で停車している車列へと勢いよく突っ込んで行く。

ガードレールにフェンダーを擦り付け車体が横向きになったトレーラーは、最後尾にいた車にぶつかりどんどん前へと停車している車を押し出して行く。



徐々に車体が右に傾き始め、バランスを崩したトレーラーはそのまま玉突き事故を起こしている車の上に容赦なくのし掛かった。



ようやく止まることのできたトレーラーは、止まることと代償にかなりの重大な事故を起こしてしまった……渋滞後方に止まっていた車数十台が巻き込まれ、中には漏れたガソリンに火花が落ちて紅蓮の炎を空高々に燃え上がらせている車もいる。



……肝心なトレーラーだが、最後は鉄道の高架橋にヘッド部分を押し付けて止まっていた。

無論、キャビンは見るも無惨に潰れており、運転していたあの男が生きている可能性などゼロに等しかった。



トレーラーの後ろを走っていたため難を逃れた車からは、多数の人々が飛び出してきている。



巻き込まれた事故車輌に取り残された人を助けに走る者もいれば、携帯電話で警察や救急車を呼ぶ者もいれば、実に様々であった。



「い、痛ぇ……」



「だ、誰か……助けて……」



押し潰された車からはクラクションがけたたましく鳴り響き、ひしゃげた車体からは痛みにあえぐ人々の悲痛な呻き声も聞こえ、この世に地獄と呼べるものがあるならまさしく今この状況が地獄と言えるだろう。



人々が事故車に取り残された人の救出をしている中、発端となったトレーラー後部のコンテナのハッチの隙間から僅かながら白い煙のような靄が漏れだしていた。



無論人々は目の前で助けを求める人を助け出す事に必死で全く気付いていない……。



徐々に漏れだす白い靄の量は増え、コンテナに所々できた亀裂からも漏れ始め、周囲を覆い始めた所でようやく人々は靄の存在に気が付く。



車から発生する白煙ではないと気付いた人々は、次々に事故現場から離れるが既に遅かった。



靄をトレーラー近くで吸い込んでしまった男性が1人、突然ふらついたかと思うと口から勢いよく血を吐き出したのだ。



「きゃぁぁっ!!」



「わぁぁっ!!」



男性の周囲にいた人々は悲鳴をあげて一斉に男性から距離をとった。



「がふっ……」



アスファルトの上で苦しそうにもがいていた男性は、もう一度血を吐き出すと数回ピクピクと痙攣して動かなくなった。



血を吐いた男性を震えながら見ていた周囲の人々も、次々に同じように血を吐いてその場に倒れて行く。



……高速道路上はものの数分の間で死屍累々、血の海と化した。



……



「げっ……事故かよ……」



正龍の前を走る車が次々にハザードを点滅させて減速してゆく。

正直出勤時間ギリギリに家を出たため、今事故による渋滞に巻き込まれたら出勤できなくなってしまう。



「仕方ない……降りるか」



丁度高速の降り口も見えてきたため、正龍は右車線へ進路変更し高速の降り口へと向かう。


ワインレッドのカローラアルティスは渋滞で停車する車列を横目に見ながら、他の車と共に高速道路を降りた。



……この時の正龍の一瞬の判断はある意味で彼の命を助けることとなった。

この後数十分後、この高速道路上は先程の事故現場よりも悲惨な状況へと様変わりすることになってしまうからだ……。



「やべぇ……完璧に遅刻……」



正龍が店の駐車場に車を停めた時刻は、既に出勤時間から15分過ぎていた。


怒られることを覚悟して正龍は店の扉を開ける。



「あ、正龍!!」



入りづらそうに店の扉を開けて中に入った正龍を迎えたのは、この店のオーナーである馬美鈴(マー メイリン)


テレビでニュースを見ていた彼女は、正龍が店内に入るなり血相を変えて正龍に駆け寄ってきた。



「すいません……完璧遅刻ですよね……」



「そんなことどうだっていいわ!!今ニュースで環東大路で大事故があったって言ってたから、貴方が巻き込まれたんじゃないかと……ほら、貴方通勤に環東大路を使ってるでしょ?はぁ……ちっとも来ないからてっきりあそこの中の1台なのかと」



美鈴に言われてテレビへと視線を移せば、ヘリから撮っているであろう映像には、何台もの車が衝突しているのが映っていた。


中央には、正龍が途中で見た大型トレーラーの姿もある。



「あのままインターを降りなかったら、渋滞にはまったままだったな……」



……ご覧ください。大型トレーラーによって引き起こされた事故に巻き込まれた車は、上下線合わせて42台にのぼります……。


一部入ってきている情報によりますと、横転したトレーラーの荷台から白煙が上がったとのことで、その白煙を吸った数十人が意識不明となっています。



トレーラーの荷台に積まれていた物の詳細は、現在警察が調べを進めており……



あ、ご覧ください!!道路上にいる救急隊に、数人の怪我人と思われる人が集まって……あぁっ!!



き、救急隊が襲われています!!なんということでしょうか……。

小さくてよく見えませんが、血のようなものも飛び散っています!!



……



「な、何てことなの……一体何があったの……?」



正龍と美鈴は、テレビの画面を見つめたまま固まっている……。報道もこれ以上ショッキングな映像を放送する訳にもいかないのか、スタジオに映像が切り替わった。



「高速でこんなことがあったなんて……いつも通りただの事故だとばかり……」



スタジオも予想もしていなかった出来事に、慌てふためいているようだ。


映画でしか見たことのない状況だけに、今後どうなってゆくのかが心配になる。



「……美鈴、そろそろ準備しないと。開店の時間に間に合わない」



「あぁ、そうだった。テレビに釘付けですっかり忘れてたわ」



ぼんやりとテレビを見ていた美鈴は、ハッとしたように時計を見ると慌てて厨房へと向かった。



ニュースは気になるが、これから仕事だ……気持ちを引き締めてやらなければ。



気付けばまだ着替えてすらいなかった俺は、荷物を持って急ぎ足でスタッフルームへと向かった。

瞬く間に開店時間となり、夕飯時ということもあってか店は客でごった返し、ニュースの事などすっかり忘れてしまった。



店が落ち着いたのは、閉店30分前となる23時を過ぎた頃だった。

2組の客を残し、ようやく落ち着いた俺は美鈴とアルバイト2人で厨房の中で遅めの夕飯を食べる。



「イブって事もあって混んだわね……」



ひっきりなしに押し寄せた客をさばくのに疲れたのか、美鈴は箸を持ったまま厨房の端にある台の上に突っ伏した。



俺も賄いを食べながら我慢していた欠伸をかく。後2組が帰れば今日は終わりだ……。



「明日も混みそうな気がしてきましたね~……」



アルバイトの1人、日本人留学生の上田章宏(ウエダ アキヒロ)が眠たそうな目をしながら言った。



「えー、明日は正龍さんいないんだろ?なら明日は地獄だよ」



もう1人のアルバイト、章宏と同じくアメリカ人留学生マックス=ライマンが、うんざりしたようにフォークをごはんに突き刺した。



「ちょっとマックス?やる気ないなら給料下げるわよ?」



「それは勘弁して!!」



美鈴が呆れた様子でマックスの頭を掴むと、慌ててちゃんと働くからと訂正した。



「さ、片付けてご飯にしましょう」



美鈴が先陣をきり、閉店準備に取り掛かった。

閉店準備が終わったのは、最後まで残っていた客を送り出したすぐあとであった。


ようやくありつける遅めの夕飯を前に、箸を手に取ったその時だった。



バンッ!!



店舗の方から大きな音でガラスを叩く音が聞こえてくる。

一体なんだ?もう店はclosedの札は出してあるはず……こんな時間に客なんて来るはずがない。



「俺が見てきますよ」



まだ食器を洗っていたマックスが、布巾を持ったまま厨房から店舗へと出ていった。



「悪いわねマックス」



美鈴自身はスパゲティを頬張ったままその場から動く様子も見せずにマックスに声をかける。

こいつは……店よりも食欲優先かよ。



「うあぁぁぁぁっ!!」



冷ややかな目で美鈴を見ていると、店舗の方からマックスの悲鳴が聞こえてきた。



「何!?一体!!」



マックスの悲鳴を聞いた美鈴は真っ先に厨房から飛び出した。

美鈴が厨房を出ると同時に聞こえてきたのが、激しく割れるガラスの音。



これはただ事ではないな……。



「大丈夫か!?」



店内へと飛び出した俺の目に入ってきた光景は、あまりにも現実離れしているものだった。



ガラスを割って店に入ってきたのは、全身血塗れの人間。それも1人2人だけではない。


その人達はマックスを床に押し倒して何人も群がっている。



「マックス!!」



「じ、正龍!!た、助け……あ"ぁぁぁっ!!」



助けを求めたマックスの口から聞いたこともない絶叫と共に、血が吐き出される。

群がっている人達はマックスの腹や首筋に噛みついて肉を引きちぎっていた。



「い"でぇぇ!!だ、だずげ……」



必死に血に濡れた手を伸ばすが、その手にも1人噛み付き、マックスは血塗れの人の中に消えていった。

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