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序章・結:三人目の共犯者

 二人と別れてから学院長権限を使って調査をし、全て終わって寮に戻った時にはもうへとへとだった。夕食の後、ミッションに参加している生徒から質問攻めに遭ったのは言うまでもない。ヒントのないあのメールからどうやって正解に辿り着いたのか、そこがどうやら気になるようだった。杖を保管している教会に行ったからだと答えたら「逆にそっちか」なんて言われたけど、何が逆なのかさっぱり分からない。

 彼らは学院に戻ったのが俺のペアだけだったというのが信じられなかったらしく、何故かと尋ねてみるとこう言う訳だ。既に盗まれているのだから学院に戻っても意味がないと思った、とね。お前ら刑事にはならない方が良いぞ、と心の底から思ったのだった。

 逆に俺も彼ら彼女らに聞いてみたのだが、予想通りと言うべきか、空中乱戦に参加したマギカが数人いたのに対し、マキナにはそうした者はいなかった。戦ったのもごく一部で、その半数は警察や他の魔術師に連行されたらしい。また港での待ち伏せ作戦を取った生徒も意外に多かった。それ以外のペアは徒党を組んで町中をパトロールしていたそうだ。

 今回の件でレポート書かなきゃいけないからと嘘を吐いてそこから逃げ、自室に戻ると俺はエルに電話をかけた。杖の件や今後のことについて二人きりで話がしたい、そう告げた。ヴィントさんとの仕事もあるだろうしすぐには無理だろうと思っていたらあっさり承諾、しかも翌早朝に約束を取り付けた。なんか拍子抜けする。

 そんな訳で、エルに見せる資料を用意して、俺は早めに床についたのだった。

 さて日の出から間もない時刻にアラームに叩き起こされると、昨日浴び損ねたシャワーを浴びて、寮のロビーにある自販機でジュースとワッフルを買ってから女子寮へと足を向けた。さすがにこの時間だと人の姿はない。男子寮と女子寮は隣り合っているのですぐに入り口に着く。目立つ白髪に、ピンクとグレーのアーガイル柄の服を着た生徒が立っていた。もちろんエルだった。

「おはよう」

「ん、おはよう、アル」

「なんだってこんな朝早くに? 別にいいけどさ」

「二人きりになれる場所っていったら、こういう時間帯の私の部屋ぐらいしか思いつかなくてさ。お互いの都合もあるだろうし。それに出来る限り早い方が良かったんじゃない?」

「……だったら、いや、何でもない。じゃ、入ろうか」

 だったら俺の部屋でも良いじゃないかとは思わなかったのか、とは言わない。やっぱりか、と俺は勘ぐった。

「うん。一時間もしたらみんな起き出してくるから、出来たらそれまでに終わらせてね」

「心配すんな、余計な邪魔が入らなければすぐに終わる」

「あ、私もヴェンディで何か買ってくる。少し待っててね」

 歩きながら聞いたところ、ヴェンディングマシーンの略称らしい。そういう名前の銃器メーカーがあるから何事かと思ったぞ。

 ところでアカデミーの女子寮はクラシックなことに男子禁制である、などということはないのだが、俺がここに足を踏み入れたのは初めてだ。とは言ってもエルの話を聞く限り、男がいたら少しは問題になるようだ。

 構造自体は男子寮のそれと同じなのだが……雰囲気というか匂いというか、そんなものが違っている。なんか緊張してくる。エルの部屋は二階の角にあった。逃げるには適さない位置だな。ファンシーな女の子女の子した部屋を期待していたのだが、意外にもシンプルで殺風景だった。なんか、同年代の女の子のプライベートルームに来たという実感があまりない。

「適当に座って」

 部屋の中央には背の低い硝子のテーブルと、黒い二人掛けのソファが二脚。アカデミーの校章エンブレムが入っている、ここの備品だ。ただ、一人部屋にこの数はなんかおかしい。俺とエルはテーブルを挟んで座った。

「ここってもともと二人部屋だったのか?」

「そういうのは聞いたことないけど。なんで?」

「部屋の広さといい、このソファといい、ずいぶん贅沢だなって」

「まあ、自費である程度改装したってのもあるけどね。他と比べても少し広いみたい。入試の時の成績が影響してるって噂もあるけど本当のことは知らないわ」

 学院長権限使えば何か分かるかも知れないが、わざわざ調べようとも思わない。

「時間がないから早速本題に入ろうか」

 缶ジュースのプルタブを上げて喉を潤すと、エルが不意にねえ、と言った。

「やっぱりやめにしない? 今じゃなくてもいいんだよね」

 何かすごく不安を抱えた面持ちで言う。

「ん、まあそうだけど、早い方が良いってさっき言ったばかりじゃないか。それに、そういうことを言わせないために電話じゃなくて直接会いたいって言ったんだ」

「そうだよね、ごめん」

 そんな顔で俺を見るな。俺が悪いことしようとしてるみたいじゃないか。あと思わず抱きしめたくなるから潤んだ目を向けるな。

「どうやら結論だけ先に言った方が良さそうだな。エル、クイーンガーネットを盗んだ犯人は、お前だろ」

「何言ってるの」と、エルは顔を伏せて否定した。「でも理由もなく言ってるんじゃないよね。どう推理したのか聞かせて。あるなら証拠も」

 もちろんそのつもりだとも。

「まず犯人は複数、最低一人は学院の関係者。この推理はまず確実だ。あの日に出席していた全てのスタッフは犯行前後に外に出てはいないとプレジデントが証言している。さすがに実行当日に内部の共犯が欠席したとは考えにくい。だから学院の共犯とバリアを破った外部の実行犯か、学院の実行犯と外部の共犯、このどちらかの組み合わせになる。昨日までの話でここまで分かったはずだな」

「うん」

「そして学院に共犯がいるのは、あのメールが届いてから杖のありかを導き出して学院長の魔法を破って盗み出すなんて芸当が出来るはずがないから。この前提にのっとると、全てのアカデミースタッフと、上級ランクの魔術師ほぼ全員に容疑がかかる」

「そうなるわね」

「でもそれがとんでもない思い違いだったんだ」

「どういうこと?」

「逆に考えるんだよ……残された情報から犯人を見つけるんじゃなくて、誰ならこの犯行が可能なのかって」

 エルは何やら難しい顔をしてこっちを睨んだ。もう言いたいことが分かったかな。

「犯行現場にいたのは、メリッサさん、ディアナさん、犯人、俺、そしてエル。ディアナさんは杖を盗ませるなんてことをしなくても杖を使える立場にあるから除外。魔法が使えない俺も違う。ではメリッサさんかと言うと……いや、こう言った方が良いな。エル以外の全員は同じ時間、同じ場所にいた。逆に言えば、エルだけが犯行時刻のアリバイがない。お前が犯人である可能性は極めて高い」

「なるほどね。でもアル、私は杖のありかを予め知っていた訳じゃないわ。仮に知ってたとしたら、私の行動はもっと違ってたはずよね? それに私はアンチマジック使えない」

 美人ってのは怒ってても絵になるから困る。

「杖の場所を知らなかったのは俺も同じだ。でもお前はさ、俺達と情報交換した時点で答えを見つけるためのキーは全て揃っていたじゃないか。だから、俺と同じ行動に出てもおかしくはなかった。これはあくまで俺の想像だけど、あのメールの後に町で起きた空中戦、姿を消す魔法で難を逃れたって言ってたけど、それを使って俺達の作戦会議を盗み聞きしていたんじゃないか?」

 さらに、その魔法の本質は光学迷彩だから応用すれば黒いローブで体を隠しているように見せられるし、証拠も残らない、と指摘した。

「酷い言われようね。そうやって答えを知って待ち伏せしたとして、どうやって盗み出したって言うのよ。プレジデントの魔法をどうやって回避したの?」

 謎を解く上で一番の障害となったのはそこだ。気付かれずに逃げ出す方法は仮説としては提示したが、実験の出来ない机上の空論に過ぎないし、壁の上を乗り越えたら一般人に目撃されるリスクはある。姿を消す魔法を使った可能性もあるが、バリアに突っ込んだ場合さらに使う魔法を増やすことになるし、杖だけ投げたとしても受け取る側が見えなくては意味がない。その可能性は低いだろう。

 しかしながら、バリアに触れることもなく、目撃されるリスクをほぼゼロにして盗み出す方法がある。あのバリアの宝具、『グローブ』という名前の通り本来はボールのように対象を覆い尽くすためのものだろう。でも実際には魔法を遮る壁によって半球にしかなっていない。つまり、壁の下にはバリアが及ばない。そこを経由して転送すれば気付かれずしかも目撃されずに杖を外に出せる!

「エルが土の魔法を使えたかどうかは知らないけど、壁がどのくらいの深さまで埋まっているかを調べるのはそう難しくないはずだ。そして壁の反対側に待機していたヴィントさんに渡した。だからエルは一人でアカデミーに戻ってきた。壁の外にあった壊れた石畳はその形跡だろう。その反対側にも土を掘り返したような跡があった。これなら敷地内をいくら探しても犯人も杖も出てこない。何かおかしなところは?」

「そのトリックに矛盾はないけど、でも私が犯人なら盗んだ動機モチーフは何なの? バレたら退学ものよ」

「それは犯人に聞かないと分からない。でもお前が犯人だって証拠はもう掴んでる」

 そんなはずはないわ、なんて言ってくれることを少し期待したけど、エルはそれを見抜いているのか眉を僅かに動かしただけで何も言わなかった。そして俺はカバンからファイルに入った数枚の書類を取り出した。エルの向きにテーブルに置いて、すっと差し出す。

「これは犯行があった当日の、正門と通用門の通過ログ。カード番号と利用者の名前、通過時刻、登校エンター退出エグジットかが全て記録されてる。それで、最後のところを見て欲しい。俺とメリッサさんが同時にエンターしてる。これはディアナさんに攻撃を仕掛ける直前のもの」

「嘘……」

 エルは卓に身を乗り出して両手を突いた。その手が震えていた。

「こんなことで証拠を掴まれるなんて……」

「そしてその約三十分前に、エルのエンター記録がある。おかしいよな。お前は俺の話を聞いて教会が気になって戻ってきたって言ったよな。でも実際にカテドラルに顔を出すまでにはかなりのタイムラグがあった。その間、エルはどこで何をしていたのか、またどうして嘘の証言をしたのか……言い逃れが出来るものなら、どうぞ」

 顔を上げたエルは、泣いていた。急に立ち上がったかと思うとベッドの下から物々しいデコレーションの入ったケースを引きずり出し、硝子のテーブルにそっと置いた。その文様の上に指を滑らせ、金色の鍵を差し込むと、そのケースの蓋が開いた。中にあったのは、赤い大きな宝石のついた、金色の細い金属の棒。クイーンガーネットだった。

「おめでとう、アル。よく分かったね。いつ気付いたの?」

 蓋を閉めてもう一度封印を施しながらエルは言った。

「実を言うと教会の扉を破ってエルに会ったあの瞬間からおかしいとは思ってた」

「そんなに早くから?」

「情報交換をした時点で、エルに先を越されたらどうしようってずっと考えてたからな。それにパートナーがいなかったし、狙い澄ましたようなタイミングで現れたからますます怪しいと思ったよ。本当は疑いたくはなかったからそれらしいことを言ってごまかしてたけど、エルだったら可能だとはずっと思ってた」

「ちなみに盗んだ方法に気付いたのはいつ?」

「学院長から宝具の説明を受けた直後」

「それもそんな早くに? じゃあなんでバリアの検証をしたの?」

「プレジデントやメリッサさんの目をごまかすため。あり得そうな方法を言っておけば、エルが疑われにくいと思ったんだ」

「そう、なんだ」

「警察沙汰にならなくて良かったな。多分この記録を見られたら一発で逮捕だ」

「それで、どうするの?」

「どうするって?」

「私を犯人だって突き出す? それともこれを脅しに使って何か要求するつもりなの?」

「まあ落ち着けって」

「体が目的ならその覚悟は出来てるよ」

「据え膳食わぬはなんとやらって言葉があるけどこの状況じゃ食うに食えない。あとそんな言葉安易に言うもんじゃない。だから落ち着けって。俺は話をしに来ただけだって」

「そっかやっぱりアルって熟女好きだったんだ。それともホモセクシャル?」

「いやヘテロだって! そりゃエルは可愛いし成績も良いし出るとこ出てるし肌も声も綺麗だし人の扱いが上手いし笑うと最高に可愛いし、幼なじみとしては鼻が高いさ。でもな、恋愛対象として見ちゃいけないんだ、それはお前が一番分かってるだろ」

「……声のこと言ってくれたのはアルが初めてかも」

「俺が知りたいのはただ、どうしてこんな事をしたのかってことだけだ」

「ごめん、それは言えない」

「どうしてヴィントさんは盗みに協力したんだ? 普通止める立場だろう」

「それも言えない」

 エルは頑固なところがあるからこういう返事をされることも想定してはいた。探偵にこれだけ強情を張る犯人なんて普通いないぜ。

「そう。ならいいや」

「いいの?」

「代わりにいくつか確認させて欲しい。盗んだのは理由があってのことか?」

「もちろんあるわ」

「それは自分の意志か?」

「そうよ」

「その目的に、俺が手伝えることは?」

「残念ながら、無理ね」

 やはり即答。ヴィントさんに嫉妬しそうになるがぐっとこらえる。

「やろうとしているのは犯罪じゃないよな?」

「断じてそれはないわ。確かに杖を盗んだのは犯罪だけど、最終目的は違う」

「それは一人でやれることか、それとも一人でやらなくちゃいけないことか?」

「両方ね」

 なるほど、何をするつもりなのか大体分かった気がする。でもここは言わない方が良さそうだ。言ったらかえって傷つけてしまうかも知れない。

「分かったよ。ならもういいや」

「え?」

「ちゃんと目的があってやってるって分かったし、犯罪に加担するのでもないのなら、俺にそれを止める理由はない。クイーンガーネットを盗んだのは感心しないけど、今回は目をつぶるよ」

「いいの?」

「いいよ。ただし、杖の状態が俺の人生を左右するってこと、忘れないで欲しい」

「うん。私も人生を左右する秘密握られてるんだもんね」

「一緒にするなよ。俺が死んでも窃盗の罪が消える訳じゃない。警察が介入してきた時点でお前が犯人だって特定できる。学院長の判断次第ではお前の人生終わるんだ」

「分かってるけどさ、今はそう思わせてよ」

「仕方ないな」

 俺はエルの隣に腰を下ろし、頭にポンと手を置いてやった。

「捜査は俺に一任されてるから、俺がごまかし続ければ第三者が動くこともない。てことは俺の存在が抑止力になってるんだな」

「うん」

「俺を殺して寮を焼き払って杖を壊せば迷宮入りになるかな」

「しないよ、そんなこと」

 ああちくしょう可愛いな。首を振ったからか、何かいい香りがした。髪に香水でもつけてるのか?

「クイーンガーネットはここに保管するってことで良いんだよな。ここから持ち出す時には俺にも知らせてくれないか」

「持ち出すってことだけで良いの?」

「理由なんか聞いたって教えてくれないだろ」

「まあね」

 だから得意気に言うな。

「あと杖を使う時には傷をつけないよう注意すること、計画の成功失敗問わず期限の日までには自首すること。約束できるな?」

「絶対守る。こんな状況でも私の味方でいてくれる人を裏切れないよ」

「そっか。自分で言っておいてなんだけど期限っていつだろうな。ミッションが終わるまで? 卒業式まで?」

「もう、アルったら……今度プレジデントに会ったら聞いてみたら」

「そうしよう。じゃあもう話は終わりだ。見つかる前に帰ろう」

 ファイルを片付け、カバンを手にして出入り口に向かおうとしたところ、右の袖を掴まれた。手首を掴もうとして失敗した感じだ。

「どうした?」

 するとエルは何も言わず俺の首に両腕を回して体を押しつけ――頬に長いキスをした。唇と腕と胸の柔らかさと熱さ、髪から漂う甘い芳香に、俺の頭は真っ白になった。お礼の意味でキスをされたんだと自覚するのに、体感時間で半時くらい必要とした。

「君は私の中で敵にしたくない男ナンバーワンね」

「アイドルにそう言って貰えて光栄だよ。じゃ、今度こそ」

「またね」

「今度会う時は探偵と犯人じゃなくて、アカデミーの生徒同士だな」

 幸い廊下にはまだ誰も出ておらず、俺はそそくさと女子寮を後にしたのだった。聞きたいことはほぼ全て聞けたが、まだいくつか謎は残っている。もちろんその大半はエルが隠していることだが、その共犯であるパートナー、ヴィント・アリマなる男は一体何者なのか、調べる必要がありそうだと、朝日を浴びながら俺は考えていた。


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