箒の魔女迎撃戦④ -vs壌土の魔女-
――いつもそうだ。
いいかげん嫌になるくらい。弱気を通りこして臆病な自分は、反論されれば気圧されて、自分が正しいと思うことさえあいまいにして、ことなかれで引き下がってしまう。
――だから、目の前の“この惨状”はわたしの責任なのだと、
“壌土の魔女”ジムノペディは、凄惨な光景を前に、こぼれる涙をぬぐえずにいた。
――すでに魔術師の炎は、どこにも灯ってはいないのだ。
全暗黒の闇の中。
銃声だけが轟き続ける死地のど真ん中で、魔術師たちは“集の力”を失い、散り散りになってしまった。
ある者は物陰へと逃げこみ、またある者は恐怖でその場から動けなくなり、身体の一部が千切れ飛んでしまった者も、それを見捨てられずに寄添う者も、鳴り止まぬ砲火は、次々と無慈悲に、命を摘み取っていく。
――あの時わたしが、無理矢理にでも引き止めていれば。
そんな悔恨と、涙にぼやけて震える唇を噛みしめて、ジムノペディは“炎の幕”を詠唱した。
「……あ、集まってください! わたしの力で、みなさんを守りますから!」
――直後、ジムノペディの周囲に市街地中を照らし出すほどの白炎が巻き上がると、その光源に引き寄せられるように、集まってきたのは味方ではなく、その味方を撃ち抜いていた“銃口”だった。
「……ジ、ジムノペディ様いけません! 奴らの狙いはあなたです、奴らはあなたを!」
――魔術師の一人が叫びあげた直後、まるで針の筵〈むしろ〉のように、あらゆる方角からジムノペディへと撃ち込まれる銃弾――空間が破裂するような一斉射が鳴り響き、彼女を守る炎は一瞬の揺らめきを残して、そのすべてを炎幕の中で“燃やし尽く”した。
「……たかが鉄の塊、魔女の力を侮らないでください。さぁみなさん、今のうちです、後退を!」
「お止めくださいジムノペディ様! 奴らの狙いは貴方の魔力、それをこんな所で浪費なさるなど……それにもはや、散り散りになった我らにこの場を抜け出す術は」
「もう問答はしません! ……退がれないなら、わたしが退がらせます!」
――そう叫び上げならジムノペディが振りかざしたのは“大樹の杖”。
その先端をするどく大地に突き刺すと、走った亀裂が放射状に広がり、アスファルトの裂け目から漏れ出した淡い緑色の光が、“巨大な魔方陣”を形作る。
――と、次の瞬間、巨大な地響きと共に市街地が割れた。
その場に立っていられないほどの縦揺れを伴いながら、まるで街の一部をくり抜くかのように隆起する地盤。
地割れは断崖のように街を断ち割り、それがいくつかの地盤の塊に分かれると、それぞれが起き上がるように造形を成し、ビルや家屋を押し崩しながら、同質量の巨大な、屹立する“ゴウレム”へと姿を変えていく。
「……さ、さぁみなさん、退がってください。あとはわたしと、“彼ら”に任せて」
荒く肩で息をするジムノペディとその背後、周囲のどのビルよりも巨大な合計4体のゴウレムが、死地と化した市街地を“薙ぎ倒す”ため、砲火鳴りやまぬその渦中へと進撃した。
――天を衝くほどに巨大な、ゴウレムたちの進撃。
その一歩は文字通り大地をゆるがし、ビルよりも背高なその姿を、誰もが見上げている。
――つまり、これはまたとない“チャンス”なのだと。
近江ディンクは闇夜の中で、そう確信していた。
3体ものゴウレムは“あまりに強大な敵”であり、魔術師たちにとっては“この窮地を返し得る希望”なのだろう。
敵味方問わず、誰もがその巨大さに目を奪われ、見守るように見上げていたからこそ、その足下でゴウレムの一歩ごとに砕け散るアスファルト片や――闇に紛れて市街地を駆ける近江の姿になど、誰も気づきはしないのだ。
――先の狙撃の功績も大きい。
魔術師たちが健在ならば、市街地の随所にやつらの炎幕が灯り、こうして誰とも遭遇せずに市街地を行くことなど、まず不可能だっただろう。
それがどうだ。
魔術師たちの頭数を減らせたばかりか、撃ち抜かれる“目印”になるだけの炎幕は、もうどこにも灯ることはない。
おまけにこの事態にあせった魔女は己の居場所を、ゴウレムを生み出す“魔法陣”を晒して見せた。
――魔女の“魔法陣”が見れたこと。この情報はあまりに大きいのだ。
そもそも魔法とは、難解な命令の集合体だ。
言葉ではゆり動かせない火に水に風に大地に、魔力を使って命令を与える術が“魔法”であり、その命令は、言葉で言い表せないほどの情報量をもっているから、図や数字や記号などなど、あらゆるものを用いた“魔法陣”を用いて、それを表現する。
言い換えれば“魔法陣”とは、魔法を発動するために欠かせない“肝心要”であり、あまりに精緻な情報の集合体であると同時に、生み出すには手間も時間もかかる代物であるから、魔女はともかく魔術師などは、予めどこかに魔方陣を用意しておき、詠唱文によってその魔法を起動させるのだ。
そんな魔法の要を盗み見れたこと。
それは敵を知るうえであまりに大きなアドバンテージであり、当初のプランを変更してでも、近江が魔女を奇襲する理由になりえた。
――だから近江は、全暗黒の街を掛ける途中、まだ健在な魔術師の一団に遭遇してしまったその瞬間も焦ることはなく、むしろ奇襲がうまくいっている喜びに震えた。
死屍累々の市街地において、まるで無傷な魔術師に遭遇するということは、魔女の呼びかけに戻った部隊か、魔女を守護する後ろ備えか、どちらにしろ、すでに魔女の喉元近くまで来ていることを意味していたからだ。