箒の魔女迎撃戦③ -vs魔術師の軍勢-
――耳の芯までしびれるような重音を響かせ、ビルの屋上から狙い撃たれた弾丸は、炎幕瓦礫を“容易く”ぶち抜く。
「……ヘッドショット、ヒット。貫通確認なのです」
着弾を確認したニノは感心したように、うつ伏せるナナトの“その銃”を見やった。
「……へー、流石の威力ですね“AMR”。魔術師ご自慢の炎幕もあっさりですか」
「……次弾装填。ニノ、次は」
「あぁ。えぇっと……2時方向、5人健在の一団。身体で十分ですよ、ハートショット、エイム」
ボルトアクションを引き、装填される次弾。
第一射で心の荒ぶりごと銃弾を放ったナナトは、呼吸を止め、沈めた心で指をかけ――
――トリガーと共に炸裂する反動、小さな体でそれを抑え込み、ややくぐもった声を漏らしながらもナナトは排莢、次弾の装填を始めた。
「……ハートショット、ヒット。おおー、お見事なのです」
「次弾装填……ニノ、いいから次は」
「はいはい、そのまま二時方向。……ふふ。寡黙なナナトなんて、新鮮なのですよ」
茶化すニノの言葉を耳に入れながら、ナナトはそれに構わずスコープを睨む。
――あるいは、構っていられる余裕もないのだ。
溢れかえる頭、スタン弾ではない、実弾がもたらすスコープの先の結果。
心をマヒさせる余計な思考を上書きするように、黙々と淡々と、ナナトは自分がやるべきことを、近江の言葉を反芻していた。
――出撃前の軍議、長机の一室でナナトが聞いた近江の声は、どこか楽しそうにも聞こえた。
「……まずは敵の第一波。“魔術師”どもについてだが。実際、魔術師一人一人はそれほどでもない。だが数が揃うと、掛け算的に厄介になる」
言いながら、近江は木彫りの魔術師の像を次々並べていく。
「例えば例の炎幕だ。魔術師一人なら焚火レベルの暖房程度にしかならないが……数百人も揃えば、機銃・ミサイル一切が通じない反則レベルのバリアに化ける」
「くかかッ! なるほどなぁ、ナナトが魔術師を捕まえられた理由はソレかよ」
甘粕の高笑いに、ナナトは思わずその身を乗り出した。
「うっさい甘粕! 『魔術師は、各個撃破していけばいい』んだって、わたしがそれを実証してやったんだよ!」
「少しは落ち着くのですよナナト。……それはつまり、市街戦なら何十何百と固まっては動けませんから、それだけで魔術師は弱体化すると、そういう計算ですか?」
「ハッキネン侯の目論見は正にそれだが……あくまで“会戦よりはマシ”なレベルだ。ぞろぞろ数十人から隊列を組まれることはなくても、最低限、銃弾を焼き尽くせるだけの人数では行動するだろうからな」
「それじゃあ結局、やつらに銃は効かないってことじゃないですか」
「普通の銃なら効かないだろう。が、……そこで“コイツ”の出番なわけだ」
そう言って近江が取り出したのは、両手に余り、長机を占領するほどに武骨で巨大な長銃
「“AMR”名前の通り、戦車装甲すら貫通する“対物用”の狙撃銃だ。本来なら対人用には不必要な威力だが……やつらの炎幕をぶち抜くには、オーバーキルなこいつが要るのさ」
「……なるほど。つまり銃に備えたやつらのバリアに、銃の振りして大砲をぶっ放そうってわけですか。さすが近江、悪知恵だけは非凡なのです。……でも、こんな隠し玉、どこから引っ張り出したのですか?」
「……どうも素直に喜べないんだが。まぁいい、こいつはナナトの手柄だよ。捕虜引き渡しの条件にハッキネンに用意させた物の一つ。まぁ、方々手を尽くして用意させたが、それでも狙撃班全員には行き渡らないだろうな。だからナナト、コレはお前の分だ」
「…………え?」
受け渡された長銃、何の気なしにそれを受け取ったところで、ずっしりとした重みに、ナナトは慌てふためいた。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 狙撃なんて! それもこんなゴッツイ銃で?!」
「大丈夫だ。AMRでの狙撃経験者はハッキネンの部隊から見繕ってある。お前の“異能”なら間に合うだろ?」
「……で、でも! 電気も全部落とすんでしょ? いきなり真っ暗な中でなんて!」
「なーにを言ってる。元よりやつらの居場所は炎の所在を見れば明らかだ、それにそもそも――」
――半無意識で放った第八射。
その反動で意識が覚醒し、銃弾は魔術師の脇腹に命中。文字通り半身を吹き飛ばしたのを確認してから、ニノが小さく独りごちる。
「……そりゃあそうですよね“暗視スコープ”。科学の前には、夜も闇も関係ないのです」
頭に掛けた双眼の暗視スコープ。現代夜戦の基本装備とも言えるそれは、市街地に散らばる全ての味方へと行き渡っている。
「まぁ、魔法の国には縁のない代物ですかね? ……それにしても絶好調ですねナナト。もうあなた一人で大丈夫なのでは?」
『くかかッ! 勇ましいねえ女の子は!』
突如、割り込んできた通信にニノが小声で問いかける。
「ちょっと、盗み聞きですか甘粕」
『聞こえが悪りいのぉ! 互いの無線は常時筒抜け、近江の命令じゃろう! ……しっかし、一時的とは言え炎幕まで解いてくれたのは出来すぎだのぉ、もはや打ち放題のボーナスゲームじゃ!』
「……今のうちに頭数を減らしておきたいのですが、どうも敵が引いて行ってるようなのですよ。……そろそろ二の手もありそうですし、ちょっと甘粕。近江に代わってもらえます? 一緒にいるのですよね」
『ん? あぁ近江なぁ。まぁ、そうじゃのぉ……』
と、どこか煮え切らない甘粕の答えに気を引かれた瞬間、うつ伏せる体が地響きに揺れる。
沸き上がるような崩落音は闇の中に粉塵を巻き上げ、ビルの狭間から重々しいうごめきとともに立ち上がった何かが、崩れゆくビルを“踏み越えた”。
――突如姿を現したのは、ゆうに20mはあろうかという“岩塊の巨人”。半壊したビルとも肩を並べる、巨大な“ゴウレム”だった。
「……で、出た! でかい!? デカいのです、思ってたよりずっとデカい!」
『くかかッ! そりゃあ出るだろうよ、出にゃあ困る! こちとらそのために待機しとったんじゃからのぉ!』
「……そんなことはどうでもいい。それより甘粕、近江は! 近江はアンタと一緒じゃないの!?」
『おぉ近江か! まぁのぉ。あいつはちょっと……のぉ?』
「のぉじゃない! どうして煮え切らないんだよ! アタシはニノと二人で魔術師を、アンタは近江と二機でゴウレム退治だって、そういう作戦だろ!」
『くかかッ! そう言われてものぉ! いつの間にやら行っちまったんじゃ、しょうがなかろう』
「はぁ?! 行ったってどこに!」
「まぁなんちゅーか。ちょいとひとっ走り……魔女狩りにのぉ」
――一瞬、甘粕の言葉の意味を呑み込めなかったナナトは、一拍遅れて目を見開き、無線機目掛けて怒鳴り上げた。
「……はぁぁぁ!? ま、魔女狩りって、近江を一人で行かせたの!?」
『行かせたっちゅーか、行っちまったんじゃ! ちょいと目を離した隙にのぉ! 散々わいらに作戦順守を説いとったくせに。くかかッ! 笑えるな』
「笑えるかボケ粕!! ……何考えてんだよ近江はぁぁ! 魔女は無視するって話だっただろうがぁぁぁああ!!」
「お、落ち着くのですよナナト! こ、ここで私たちがあわ、あ、あわわてては……」
『くかかッ! 近江は〝想定外”に弱いからのぉ、イレギュラーの魔女が怖いんか。まぁ、わいらは予定通りに進めりゃいいじゃろう。安心せい! こっちはわい一人でどうにかしちゃる!』
「だ、誰も甘粕の心配はしていないのですよ! ……近江はこれだから! 不変都市に入るまでは、無茶はしないって約束したのに……!」
ニノの苛立ちに、無線機の先からは甘粕の高笑いが聞こえ続ける。
――一方ナナトは、まるで笑いごとではないのだと、見える限りに視線を巡らせ、夜の闇にその姿を探した。