箒の魔女迎撃戦① -vs魔術師の軍勢-
――とある廃ビルの屋上。
そこから見下ろす旧市街地はすでに、無人の放棄区画とは思えないほど光々と明かりがともり、全暗黒の夜に色合いを加えていた。
「あー……ぁぁぁぁああームズムズする! まだなの? 敵まだ!?」
「……ウルサいのですよナナト、まだ30分も経っていないのです」
「だって性に合わないんだよ! 待つのも狙撃も、ゴッツイ銃もただ構えてるだけじゃん!」
小声で叫び、伏射姿勢をとったまま手足をばたつかせるナナトを、ニノが叩いてたしなめる。
観測手と狙撃手。
ナナトとニノは二人一組で、ひときわ高いビルの屋上から夜の街を見下ろしていた。
――そしてそれは、この二人だけではないのだ。
方々それぞれ、高所に陣取る無数の狙撃手が、ナナトやニノと同じように、旧市街地への侵入者を待ち構えていた。
『……落ち着きがないな、持ち場についたのか? ニノ、ナナト』
イヤホンマイクから聞こえてくる雑音混じりの近江の音に、ニノは望遠を覗き込みながら答える。
「つきましたよ、そしてもう、敵も見えるのです。……5人一組がわらわらいっぱい。10、20……40組くらいですかね」
『ざっと200か……偵察だけか尖兵なのか、どうにも半端な数だな』
「小隊を組んでるのですから、何らかの意図を持って動いてるとは思うのですが……って、ウルサいのですナナト! バタバタウルサい!」
「ど、どうするんだっけ近江!? もう、もう撃っていいのか?」
『……待て待て馬鹿か! ナナト、お前は俺の話を聞いてたのか? まずは引きこめ、射撃は一斉に、合図を待てと言っただろう』
「……説明? 説明ってなんだっけ? ……合図? 合図なんかぁぁぁああ!」
「やかましいのですよナナト! その声で敵にバレたら、×××に鉛玉をぶち込みますよ!」
「静かに待つのは苦手なんだよ! ここは暗さに鼓動も響いて、まるで落ち着きやしないじゃないか!」
――ドクンドクンと脈打つはずが、ひたすら逸る胸の鼓動に、ナナトは吐く息を深く、長く鈍い呼吸をして、どうにか気持ちを落ち着ける。
……思い返せば、ハッキネンを追い帰した後、
手柄を持っていかれた腹いせに、近江に一通りの八つ当たりをぶつけた後、
近江はなんと言っていたのか?
……ぐるぐる遡る記憶の中で、
長机に向かい合った4人の中で、
初めに声を上げたのは“ニノ”だった。
「……で、どうするのですか実際問題。この4人と敗残兵で、魔女だのゴウレムだのを迎え撃つことになりましたけど、近江」
「まぁ待て、まずは敵を知ることだ。ほらな? 俺の尋問も役に立っただろう、こんな時のための情報だ」
言いながら近江は、広げた地図の上に、精巧に魔女を模した木彫りの駒をのせていく。
「くかかッ! 相変わらず器用なもんだな近江ぃ! まぁたそいつは自分で彫ったんか?」
「……落ち着くんだよ、思案するには丁度いいんだ。……で、まずはコイツだ、例の“箒の魔女”。名は“トロイメライ”というそうだが……実際、相当な大物らしい。階位は3位、魔女の国“UK”でも三指に入る大魔女だそうだ」
「そりゃあそうじゃ! 星を落とす女が下っ端なんじゃあ、この戦争に勝ち目はないからのぉ!」
「そして、その箒星の大魔法。とりあえずは“メテオ”と呼ぶが、あれには幾つか、ナナトが捕えてくれた捕虜からの情報がある」
――その近江の一言に、それまで仏頂面で頬杖ついていたナナトはまんざらでもなく、身を起こし、誇り顔でニノを見下ろす。
「ふふん、まぁーそうでしょうよ! わざわざアタシが捕えてやったんだからね、このア・タ・シが!」
「……何が言いたいのですかナナト。その顔、とってもバカっぽいのですよ、元からバカっぽいのがさらに」
「煽るな煽るな。そのメテオだが、さすがに乱発できる代物じゃないらしい、魔女トロイメライの魔力回復がどの程度かは分からんが……並の魔女なら12時間。少なくとも陽が昇るまでは、星は落ちてこないとみていいだろう。逆に過ぎれば、あの隕石はどうしようもない」
「くかかッ! 星を落とすなんざぁ反則じゃからのぉ! とは言え、朝まで持ちこたえりゃあこっちも“不変都市”の力を借りられるもんなぁ近江!」
「そうだ甘粕。だから当面の問題は魔女じゃない“それ以外”だ。
まずは、戦闘ヘリの銃撃すらかき消したという魔術師どもの“炎の壁”。
次に、ナナトが倒した召喚獣よりもさらに巨大な、“ゴウレム”と呼ばれる岩塊の巨人。
そいつらをどうにかできれば、ほらな? あとは“魔女トロイメライ”の攻撃を、夜明けまで凌ぐだけでいい」
「……簡単に言いますけど近江。たとえ魔女を抜きにしても、航空戦力はおろかまともな装備さえ揃っていない私たちで、正規軍を蹴散らしてきた連中を迎え撃たなきゃならないところは何も変わってないのですよ?」
「まぁ、ハッキネン候はバ……あぁいや、馬鹿正直だからな。真っ向勝負、力比べをしようとすればそうなるだろうよ、だが俺たちは違う。情報、地の利、すべてをいかして罠を張る。戦はするが闘いはしない。待ち構えるのは俺たちで、死地に飛び込むのはやつらの方だ」
――そんな会話を思い出したところで、スコープから見下ろす市街地の光景、侵入を続ける魔術師の小隊に、ナナトは声を上げた。
「……近江、近江! 敵の先頭がどんどん中に……ま、まずいんじゃないか? やつら“仕掛け”に気づくかも!」
『大丈夫だナナト、人間程度の重量には反応しないし、一応のカモフラージュは掛けてある』
「でもでも……だって! もう十分引き込んだろう! 撃ち始めるべきじゃあないのか、近江!」
「……んん?」
――と、唐突に頭を捻るような声を出したのは、制服にあぐらで望遠を覗き込むニノだった。
「……近江。敵の中に、わーきゃー駄々こねてる奴がいやがるのです、アホナナトみたいな奴が……しかも、どうも格好が“魔女”みたいなのですけど……」
ニノがのぞき込む望遠に、あわててナナトもスコープを覗く。
――画一的なローブに鉄杖を揃えた、市街地を進む魔術師たちの中で、その女だけは装いが異なる。
大きなツバの三角帽子に、引き摺る程のフレアスカートを履いた小柄な女は、望遠の先からでも届きそうなほどの大口でわめき散らしていた。
『……ちょっと待て、待て待てまさか、“トロイメライ”とは別の魔女がいるのかニノ』
「ちょっと待つのですよ? ばら撒いてきたマイクで、声が拾えるかも……」
仕掛けの一つ。
街の至る所に配置してきた集音マイク、無線機のチャンネルを合わせると、雑音の向こうから、かすかに声が聞こえてくる――
――望遠の先に映る“魔女もどき”の口パクと、ピタリ一致する少女の声が。