合流
「……こんのエロ近江!!」
――開扉一番、
待ち合わせの部屋に入るやいなや、飛んできたのは聞き覚えのある罵声だった。
「捕虜の扱いは! 条約にのっとってするもんだって、アンタはそんなことも知らないわけ!?」
「……待て待てナナト、お前はなにをいきなり……」
荒ぶる罵倒そのままに、制服に外套を羽織った少女“四季ナナト”は、ものすごい剣幕で迫ってくる。
「バレバレだっつーの! アンタの不埒な悪行三昧! それもこのアタシが連れ帰った捕虜に対して……この変態、死ね! 十ぺん死ね!」
「いや待てって、お前なにか勘違いを……」
「……仕方がないのですよ。ナナト」
――と、あまりの勢いに気圧されかけたところで、先んじて到着していたニノが助け舟を出す。
「……近江は“正直”なだけなのです。自分がすべきことに、したいことに、職務、責務、性癖。だから近江に捕まった時点で、捕虜の命運はすでに決まっていたのだと、私はそう思うのですよ」
「……おいニノ? なんか全然フォローになってないどころかひどい結論に着地したんだけど? 違うだろ、俺はお前たちのために少しでも多くの情報を手に入れようと……」
「それに仕方がないのですよ。今回は、聞き出さねばならない情報も多すぎるのです」
ニノが真面目な表情でそう付け加えると、ナナトは訝しむ様に聞き返す。
「……情報って、例の魔女? たかが一兵卒から手に入る魔女の情報が、このナナト様が“変態に捕虜を引き渡す卑劣漢”だなんて汚名を背負うリスクと、釣り合うっていうわけ!?」
「魔女もですけど、あの捕虜だって十分怪しいのですよ。いくら尖兵とは言え、本隊と離れすぎ、それも一人や二人じゃなく8mクラスの召喚獣付きでですよ? いったいなんの目的があって別行動をとっていたのか。きな臭いにもほどがあるのです」
「……そ、そう言われれば、そうかもだけど」
「……おいちょっと待てナナト、変態って誰のことだ? 俺か、俺のことだな? ニノもなぜそこを流す、違和感なかったか? まさか共通認識なのか」
聞き流せない会話に割って入ろうとした近江の両肩が、突如、武骨な腕にむんずと掴まれる。
「くかかッ! なんの話をしとるんじゃ近江!」
――近江の背後に現れたのは、扉をくぐろうと身をかがめながら豪快に笑う巨躯の男。
「お、おぉ甘粕。無事戻ったか」
「おぉよ! まったく大変なことになっとるのぉ! もう全員揃っとるんか? そんなら立ち話は勘弁してくれ、さっさと中で軍議を始めろい!」
――中心に長机が置かれた、とある廃ビルの一室。
“甘粕”と“ナナト”と、隣に座った“ニノ”を確認したところで、近江は丸めて抱えてきた地図の端から端を押さえるように、机に広げた。
「わぁー……、地図が出たってことは、大きい話なのですか? 近江」
「まぁな。一言でいえば戦線が退がる。この旧市街地から後方10km、“不変都市”まで、全軍は後退する」
「くかかッ! おいおいそいつはよぉ! 結局“不変都市”の異能に頼るってことじゃあないんか!」
「……まぁ、そういうことだろうな」
「なんじゃあ! 正規軍も大概いい加減じゃのぉ! そもそもこりゃあ、魔女どもの不変都市侵入を食い止める作戦じゃあなかったんか!」
「まぁ、そうなんだが……ところでその“魔女”の話だ。噂じゃあ星を降らせるとかなんとか、にわかには信じがたいんだが……本当なのか甘粕」
「まったくありゃあチートじゃのお! 空飛ぶ魔女がぶつくさ言うとる思うたら、空が唸って隕石榴弾の雨あられ! 陸も空もあっという間に制圧されちまったぁ! あんの魔法はとんでもない。“トロイメライ”と名乗っていたが、今までの魔女とはちょいと格が違うのぉ」
前線の偵察に赴いていた甘粕は、ケラケラ楽しそうに笑うが、まるで笑える話ではなかった。
「なるほどなぁ……ところで、その魔女を食い止める役目なんだが、俺たちが引き継ぐことになった」
「…………はあぁぁぁ!?」
――と、それまで仏頂面で黙りこくっていたナナトが、ひときわ耳に響く声で立ちあがる
「なにそれ! アタシたちは不変都市を守るための、あくまで後方任務って話だったじゃん! って言うかこっちはたった四人で、あんな大軍を相手しろって言うの!?」
「頭数には、後退してくる部隊の中から相当数を割いてくれるそうだ。さすがに俺達だけで大軍を相手しろって話じゃない。足止めも、前線部隊が撤退するまで。それが終われば俺たちも“不変都市”まで後退する」
「撤退って! じゃあアタシたちは、あの“ハッキネン”とか言うやつが逃げるための殿役ってこと? なんでアタシたちがそんなこと!」
「くかかッ! まぁお偉いさんたちからすりゃあ、わいらの犠牲で正規軍が少しでも助かるなら、それで万々歳ってことなんだろうのぉ!」
「……もしくは、銃も兵器もまるで通じないのですから。もはや正規軍では歯が立たないと。ようやく気づいてくれたのかもですよ?」
「……どうでもいいことだ。どのみち味方のために体を張るのは軍人の務めだ。やってくれるか? ニノ、ナナト、甘粕」
――正直、自分自身も気乗りはしない危険な任務。
だからこうして、それぞれの意思を確認しようと思ったのだが、答えるまでもなく甘粕は目を爛々と輝かせ、隣に座るニノはさらにその身をこちらに寄せる。
「くかかッ、そんなもん、確かめるまでも無いのぉ近江!」
「そうですよ。そんな遠回しに言わなくてもいいのです。近江がやれと言うなら、私はやるのですから」
「……ちょ、ちょっとニノ? アンタさっきから、近江にくっつきすぎなんじゃないの?
「そうですか? 私と近江の心の距離的に、コレくらいは適正だと思われますが。むしろビビりナナトはごたごた言ってないで、早くお家に帰ればいいのです」
「だ、誰がビビってなんか――!」
机に身を乗り出したナナトがわめき上げると同時。
――そのわめき声すら上回る大音声が、部屋の扉を開け放った。
「近江!! 近江ディンク少尉はいるか! いるだろう! いないのか!?」
――闖入してきたのは、絢爛豪華な装いながら、泥土にまみれた優男。
前線の指揮官、カルー・ハッキネンその人だった。
「……噂をすればハッキネン侯。これはまたお早いですね」
「なにを貴様は悠長なことを! 時は一刻を争うのだぞ、分かっているのか近江少尉!」
「……えっらそうに。しっぽ巻いて逃げだしてきただけじゃん」
――たった一言で、ナナトのつぶやきがその場の空気を凍りつかせる。
明らかに喧嘩を売ったその一言を、しかしハッキネンは、聞いていなかった。
「おぉ!? 戦地にあって学生服とは、なんだこの小娘どもは! ……まさかこんな子供が、例の“銀身部隊”だと言うんじゃないだろうな? 近江少尉!」
「あぁいや、この恰好はですね……」
――逆に、ハッキネンの言葉に今にも飛びかからん勢いのナナトを身体で制すると、その間を拾うように、ニノが割って入る。
「ハッキネン候。可愛い格好してた方が、勝利の女神様だって優しいはずなのですよ? それに近江隊長は、三度の飯より制服黒タイツ好きなのです」
「……おい、変な情報を付け足すな。そしてなぜ俺のフェチを……じゃなくて! ハッキネン侯はどうしてここに。わざわざ激励というわけでもないのでしょう?」
むしろさっさと撤退してくれればよかったのに。と言いかけて、本心は胸の奥にそっとしまいこむ。
「……む? そうだ、その話だぞ近江少尉! 噂は聞いたぞ、でかしたな! ここに捕虜が居るのだろう!」
……捕虜?
と頭をめぐらせて、よぎった嫌な予感が思わず顔に出る。
「捕虜ですか? ……あぁ、ナナトが捕まえた。彼女がどうかしましたか、ハッキネン侯
「察しが悪いぞ近江少尉! つまりは我に、その手柄を寄越せというのだ!」
――あまりに馬鹿正直なその申し入れに、一瞬その場の時間が止まり、一拍後には、ナナトが飛びかかっていた。
「はあぁぁぁ!? なに言ってんのアンタ!」
「アンタではない! 我はハッキネン家の血脈、カルー・ハッキネンだ! そして我は一軍を失ってしまった! ハッキネン家の名誉のために、このままなんの成果もなく、おめおめと逃げ帰ることは出来ん! だから近江よ! 貴様の手柄を我にくれ!」
「……ば、馬っ鹿じゃないの!? はいそうですかって、差し出すとでも思ってるわけ? 近江、アンタもこのバカ貴族になんとか……」
「……いいですよ、差し出しましょう」
――近江の返答に再びナナトが固まると、ハッキネンが歓喜の声を上げた。
「おぉ! そうか助かる! 恩にきるぞ近江!」
「……ちょ、ちょっと近江!? アンタ一体何考えて」
「まぁ待てナナト。すでに欲しい情報は大体聞き出した、捕虜の扱いに困っていたのも事実だ」
そして何より……と言いかけて、すっかり上機嫌になったハッキネンへと視線を映す。
「おぉ! さすが手早いな! 相変わらず拷問は得意のようだな近江少尉!」
「……拷問ではありません、尋問です」
「ハハハッ! そんな事はどちらでもよいか! やはり貴様は話がわかる、ならばさっさと案内しろ! どこだ! ここか!? ここにいるのか!」
「……まぁ落ち着いてくださいハッキネン候。捕虜をあなたに引き渡す。……その代わりと言ってはなんですが、いくらか都合をつけてほしい“物”と“人”があるんですがねぇ? ハッキネン侯」