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虜の魔術師

近江ディンクは、今日も頭を抑えていた。


……あぁ痛い痛い、頭が痛い。

「……どうしたんです近江? すんごい顔してますけど」

「……誰のせいだと思う? 半分はな、お前の相方のせいだニノ」


近江は、並び歩く170cmを超える長身の少女に言葉を返す。

学生服にチェストリグを巻いた“ニノ”と向かう先は、勝手に間借りした廃ビルのワンスペース。

先の戦闘の影響か、一歩進むごとにミシミシと軋む廊下は、否が応にもここが戦地で、今が平時でないことを思い知らされるから、こめかみに鈍痛が、向かう足取りも自然と重くなるのだ。


……そりゃあそうだ。

先行した部下をやっとの思いで回収したかと思えば、今度は前線から鼓膜が破れそうなほどの大音声で、予想しうる限り最悪の報せを受けたばかりなのだから。

そりゃあ頭ぐらい割れる、気苦労で殺されそうだ。

「……大体、なんで制服なんだお前は」

「制服を汚せば、近江に新しいのを買ってもらえると聞いたのです。ちょうどこぼした醤油の処理に困っていたのですよ」

「……あぁそう」

と、気晴らしにもならない会話を交わしながら辿り着いた一室。


――暗幕で目張りされたその部屋は、すでに果実めいたアルコール臭でむせ返り、薄暗いその中心には“不壊のローブ”を剥がれ、麻色の薄着に真っ白な細腕を釣り上げられた、捕虜(おんな)がいた。

「……っておい、ナナトが捕えた魔術師って女かよ」

「まったく非道いですよね? あの子がスタンガンを目いっぱい撃ち込んだりするから、目を覚ましたのはついさっきで、おかげで縛り上げるのは簡単でした」


――ほんの数十分ほど前、旧市街地の偵察に向かわせた部下が遭遇し、TS(トライスケール)一機と引き換えに連れ帰った、捕虜の魔術師。

聞いた話では、魔術師のくせに杖を槍に見たて、単騎で突出してきた無謀漢だという話だったのだが……

目の前の捕虜はまるで“少女”で、どこぞの深窓の令嬢もかくやという程。細身の手足ときらめく銀髪が育ちのよさを思わせ、その儚さげな美しさは、動くたびよじれる鉄鎖との組み合わせに背徳感を感じさせるほどだ。

「驚いたのですよ。魔術師というのは、こんなに非力そうな少女でも戦場に、あんな大杖なんかも振り回せるのですね」

「……なにを言ってる、お前も十分少女だろうが」


素で言っているのかボケているのか、そんなことを口走るニノを横目に手を伸ばし、少女の口元に張られたガムテープを剥がす。

「……口は塞ぐなよ。情報を引き出そうってのに、喋れなくしてどうする」

「……ふふ」

「……フフ?」

「……ふふ……きさまらにしゃべることなど、一つもないさ」


――うわ言のようにそう呟いたのは、目の前の少女(ほりょ)だった。


不敵な笑みを浮かべてはいるが、だらりうなだれた体に生気はなく、まじまじ見れば白い細腕は桜色に上気して、伏せた目はどことなくトロンとしている。口元からたれる滴は、充満するこの匂いの元凶だ。

「……おい、これで何合だ?」

「たった三合ですよ。それでへべれけ、魔術師さんは安上がりでいいですねー」


右手を伸ばし、やわらかい薄紅色の下唇を押し開き、口腔へと指をさしこんでも、捕虜は大した抵抗も示さない。


むりやり酒を流し込んだだけだ。

やや強いだけのアルコールで、ゆるく意識を飛ばしただけ。

されど魔術師共は、あまねく術式の探求のために、多かれ少なかれ自らを禁欲に律しているから、のばした指で唇を開き、無理やり舌をひっぱり出しても抵抗を示さない程度には酒に弱い。

年端もいかない魔術師なら尚更で、そうして思考力を弱めてしまえば、術式の構築は困難になるし、なにより酩酊した意識はとても与しやすい。

「どうです? この通り、準備万端整えたのですから、あとは煮るなり焼くなり虜にするなり、近江の好きにすればいいのです」


そう言ってニノが部屋の片隅に吊り下げられた滑車を回すと、耳障りな鈍色の鎖がジャラジャラと音をたて、巻き取られる鎖が少女の身体を、どうにか爪先で立てるかどうかという高さまで吊り上げる。

「……おい、その言い方は語弊があるぞ。それじゃあまるで、俺が好きでやってるみたいに聞こえるだろうが」

「え、違うのですか?」

「違うわ! ……まったくもって不本意だが、俺の力がお誂え向きだから“仕方なく”だ! じゃなけりゃこんな胸糞悪い汚れ仕事を、だれが好き好んで……」

「はいはい、それでは頑張って。 あの子が戻る前に、ちゃっちゃと情報を聞き出すのですよー近江!」


それだけ言ってニノが部屋を出ると、残された室内は、打ちっぱなしの壁にゆるい明かりが反射するだけの、無機質な空間に立ち返っていく。

「……銀髪、それにその顔、どこかで見た気もするんだが……お前、本当にただの一兵卒か?」

「……ふふ、しっているぞ。……近江ディンク、わたしはおまえをしっている」


人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべる彼女は、まるで会話をする気もないのか、吊るされた両腕に、ただ身を預けるだけ。

――道具を手に、そんな彼女に近づくにつれ、あたりはアルコールの単調な匂いから、撫でるように甘い、艶やかな匂いで上塗りされていった。

「……まぁいいか。どうせそのうち喋りたくなる、聞いて下さいと懇願するようになる。悪いがこっちも存亡がかかってるからな。まずはお前を“虜”にしてから、話を聞くさ」


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