現代兵器vs箒の魔女
雨粒のすべては、鉄で出来ていた。
そう錯覚させるほど、戦闘ヘリが垂れ流す“数万発の銃弾”は間断なく銃声を轟かせ、鉄の弾頭が豪雨のごとく降り注ぎ、
――そのことごとくが“燃え尽きた”のだ。
……あまりの事態に、開いた口が塞がらない指揮官“ハッキネン”は、その
まま煙に巻かれ、咳きこむどころか涙目すら浮かぶ。
揃いのローブに杖を突き、歩くような速さで戦場を進む“敵の軍勢”。
彼らをとりまく“炎の幕”が、触れるすべてを燃やし尽くすから――
味方の弾幕の中を悠々と、“魔術師の軍勢”は、まるで雨天を散歩するかのように、戦場を踏破してくる。
「なんなんだよアレは……」
――そんな人智を超えた光景に、指揮官“ハッキネン”の驚愕は、つぶやきだけでは収まらなかった。
「……なんなんだよあれはぁぁ! まるでファンタジーじゃないか! あんな冗談に、我らの戦争が通じないのか!?」
「ハッキネン侯! やはり通常戦力では、奴らの“炎”は突破できません」
「見ればわかるさ! だから戦車部隊はどうしたんだよ! 戦車砲なら、あの炎も突き破れるだろう!」
「そ、それが……機甲化部隊は先刻の“地割れ”に進路を阻まれ、すでに退くも進むもままならず……」
「なんだとぉぉ!? それすらやつらの“魔術”だというのか! ……冗談じゃないぞ、そんなふざけた力が――――!」
――突如、空気を割るような飛行音がハッキネンの怒号をつんざく。驚き、仰ぎ見た空には、編隊を組んだ爆撃機が背後から青天を突き抜けていった。
「おぉ見ろ、我が軍の空戦力だ! ハハッ、そうだ! 空をも掴む我らの英知は、陸戦だけではないのだ“魔女”め!」
「ハッキネン侯! 危険ですから、早く塹壕の中へ……!」
体を引きずりこまれていくハッキネンと共に、爆撃機の編隊からこぼれ落ちる無数の炸裂弾。
――その着弾に大気が震え、地形すら変えようかという爆撃音が重なり合うと、塹壕から頭を出したハッキネンは、延々と上がる土煙の中に“巨大な人影”を見た。
「……お、おい!? アレはなんだ!」
噴煙の中、爆撃から敵をかばうように覆いかぶさっていたのは、“巨大で巨体な岩の塊”
――重々しいその一挙一動が土煙を吹き払い、起き上った岩塊は、優に20mはあろうかというその巨体を現す。
「ハッキネン侯! あれが例の、敵の超巨大戦力“ゴウレム”では……」
動き始めたゴウレムは、まるで空をも掴むように飛び交う爆撃機に手を伸ばすと、あまりの巨体に言葉を失っていたハッキネンは、その光景に笑みをこぼす。
「……ハハ、驚かせやがって! なんて無様だ! 見ろ! のろまにもがいて、まるで届きやしないじゃないか!」
「……い、いえハッキネン侯。少し、黙ってください!」
「な、なんだと!?」
「静かにハッキネン侯! ……なにか、なにか“声”が聞こえませんか?」
部下に口元を塞がれ、通信機を切られた耳元。
そこに入り込んできたのは、まるで聞き覚えのない女の声。
『……Mayday、メイデイ、メーデー。……聞こえていて? あなたたちの習いに倣ってみたのだけれど。Mayday? メイデイ? メーデー? わたしはトロイメライ、“箒の魔女”トロイメライ』
――戦場中に音波を揺らすその声の主は、おそらく敵軍中に“浮く人影”。なんらかの比喩ではなく、敵軍中でただ一人、人が浮いているのだ。
望遠で見ればまだ若い、あるいは若く見える容貌の、フレアスカートにマントを靡かせ、
まるで大樹のような大杖に腰掛け宙を浮くその女は、一目すれば、誰しもが気づくだろう。
恐らくあれが“魔女”なのだと。
『……空は争わないで。その“飛翼機”はもう使わないで。これは交渉ではなく、警告です。もしも聞き入れないのなら、こちらも空を落とすしかない』
「……ひ、“飛翼機”? 我らの戦闘機のことでしょうか、ハッキネン侯」
――摩訶不思議な声の出所に、戦場中がざわつき収まらぬ一方で、ハッキネンは高まっていた。
「ハハッ……コイツはいい! 魔女め、焦っているんだ! まるで手の届かない空爆に、打てる手立てがないんだよ!」
まるで弱さを晒すような敵の提案に、魔女の声が流れるたび、ハッキネンは有頂天に近づいていく。
『……これはお互いのため、空は争わないで。わたしたちには翼がないから、空は落とすしかないの。だから……』
「ハッタリだ! 高度数千mで音速に迫る科学の結晶だぞ! 出来るものなら撃ち落としてみろ!」
ハッキネンの檄を知ってか知らずか、その直後、背後から第二陣の爆撃隊が空を突き抜け、敵へと迫る。
――その一方で、
呆れ果てたような、耳を撫でるような魔女の溜息と共に、巨大なゴウレムが、再び岩石のシェルターのように敵の軍勢へと覆いかぶさると――
『……そう。罪なき大地を痛めるから、あまり使いたくはないのだけれど……』
一人、その中空に残った魔女は大杖を掲げ、淡い光がその身を包むと、溢れだす光の奔流から、空に巨大な魔方陣が浮かび上がり――
――ハッキネンが目にしたのは、そこまでだった。
投下された爆弾が、次々とゴウレムの体表で爆裂すると同時、ハッキネンは塹壕の中へと引きずり降ろされたからだ。
「ハッキネン侯! 何をしているんです、対ショック姿勢をとってください!」
「ハハッ! ざまあみろ! やったぞ! やったのか!? やってしまえ!」
それでも双眼鏡に齧り付くハッキネンが、嬉々として立ち上がった次の瞬間、
――後方から暴力的に押し寄せた衝撃波に体を煽られ、ハッキネンは塹壕の縁で腹を打った。
「ぐふぅ……ど、どうした、誤爆か! なにが起こった? 被害を調べろ!」
「……ち、違いますハッキネン侯、これは何か……“空”から何かが!」
――すぐさま振り仰いだ視線の先。天上の空に広がっていたのは、まるで信じられない光景だった。
――ゆるやかに大きくなる“無数の点”は、幾つもの軌跡が雲を引き、無数の塊が赤白く瞬きながら空を埋め尽す“流星群”。
その数多の“流星”が、落ちてくきているのだ。
「ほ、“星”です! 空から星が落ちてきます!」
「こんな……! バカな! い、いィ“隕石”だとォ!?」
――瞬く間に、戦場が一変する。
兵装を積んだ装甲車両が、逃げ惑う兵と設置銃座が次々に消し飛び、上空で爆散した隕石の破片が、逃れられない雨となって大地に炸裂していく。
「ハッキネン侯! 周囲の部隊が、次々に通信途絶していきます! ど、どうすれば……ご指示を、ハッキネン侯!」
「……こ、これほどなのか? “魔法”とは、ここまで常軌を逸したことが……」
「ハッキネン侯! 全軍にご指示を! どうにかしなければ、このままここで終わってしまいますよ!」
「どうにか、なるのか……? どうにもならないんじゃあないのか、コレは……」
揺れ続ける大地と降り止まぬ絶望の空に、愕然とするハッキネンが目を伏せた。
……崩れゆく自らの軍勢に、まるで悪夢のような惨状に、もはやすべてを諦めるしかないと。
そう考えたからこそ、ハッキネンは開き直ったのだ。
「ぐうぅぅぅ……全軍! 全軍全霊で市街地まで後退しろ! 装備は放棄して構わん、どうせ奴らには扱えんのだ!」
「て、撤退ですか? しかしそれでは、市街地にやつらを招き入れることに……」
「こんな地獄で戦えるか! 会戦では話にならんのだ! だが市街戦なら、街に入ればTSが使えるのだろう!」
吐き捨てるように身を翻し、ハッキネン自ら打ち上げた赤色三連の信号弾。
――その撤退の合図で全軍が三々五々に戦場を逃れ、すべてを投げ捨てたハッキネンは、それでも一人、撤退する車内で息巻き続けた。
「……なにが魔法だ、なにが箒だ! ……目にものを見せてやるぞ“魔女”めぇぇえ! 無線機だ! 無線機を寄越せ!」
「し、しかしハッキネン侯。未だどの部隊とも通信は……」
「後方と連絡をとるんだよ! 市街地には“銀心”が、近江少尉と“銀身部隊”が居るのだろう! ……目には目をだ、巨兵には巨兵を、魔法には異能をぶつけてくれる!」