魔術師との遭遇戦
――ビルへと磔にした三頭のケルベロス。
その巨大な召喚獣から朱い光が漏れだすと、ナナト機がその場を飛びのくよりも早く、周囲を巻き込む大火を巻き上げ、ケルベロスの骸が炸裂した。
――吹き飛ばされた衝撃に、つんのめって肺が詰まる。
突然の爆風に、廃ビルもろとも突き飛ばされた“機体”。
ナナト機はつんのめってたたらを踏んで、道路を根こそぎめくり上げて、どうにか踏み止まった。
「痛ったぁー......くっそ、近江! 本部の近江! ちょっとコレ通じてんの!?」
『......ガガ、落ち着...け...ガ、通じ...ガガガ...いる』
「通じてないじゃん! もろすぎるんだよ無線機のくせに! くっそスペア! どこかにスペアがあぁぁぁ!」
『......落ち...ガガ...け、ナナト』
――各所で爆音が上がり、まるで鳴り止まない銃撃の渦中。
中破した機体を乗り捨てたナナトは携帯無線を耳に、廃ビルの影へと潜りこむ。
「これでどうよ近江! 近江ディンク! さっさと出ろ!」
『……聞こえているし通じている。どうしたナナト、大型(幻獣級)は仕留めたのか? 仲間とは合流出来たか』
「どーしたもこうしたもない、とっくのとんまだ! こちとら非番で、制服でスカートだってのにぃぃぃ!」
『落ち着けナナト、……その音、まだ交戦中なのか? 敵はどっちだ“術師”か“魔女”か』「わっかんないよ! 分かんないからこうやって連絡して…………いっ!?」
――突如、ナナトの視線の先に投げ込まれたのは、荒削りな“朱い宝石”。
カラコロ転がる赤透明の玉石は、やがて“朱色の光”をあわく漏れ出すと、散らつき走る鋭い火花に、ナナトは声を張り上げた。
「ふざっ……けんなよ“爆縮魔石”だ! 全員離れろ!!」
――叫びあげ、飛びのくと同時。
空気を押しつぶすような衝撃波が音を吹き飛ばし、爆炎を上げ、コンクリートの路面に大穴を穿った。
「……くっそがぁぁぁ! 全員、無事だろうな!」
「ナ、ナナト准尉! 二名負傷、ですがそれより……機体が大破! 右腕部脱落!」
――地盤すら突き破る爆発に、命だけでも助かったのは“朱い魔石”が乗り捨てた機体目掛けて投げ込まれたから。それでも土煙と炎熱が立ちこめ、ナナト達は廃ビルの陰から燻りだされた。
「クソッたれエネミーどもがぁぁぁ……! 常識がおかしいんだよ! 市街戦に爆装ばっかりとかぁぁぁあぁームカつく!」
『……だから敵なんだナナト、奴らの編成は分かるか? 大型の数と“装備”は』
「あいつらまるで偵察ついでの格好じゃないんだ! “不壊のローブ”に“鋼の大杖”だぞ!? こっちはお情け程度の携行武装だってのにぃぃぃ!」
『鋼……? つまり“魔女”はいないのかナナト、敵の数は』
「大型は潰した! 他は目視だけでも4! こんなの相手してらんないから、退がるよ近江! いいよね!」
『……ああ、偵察任務は中止だ、部隊と共に撤退しろ。迎えを出す、俺も行く』
通信機を肩ではさみ、マガジンベルトから新たな弾倉を装填したナナトは、周囲の仲間にがなり上げる。
「全員聞こえたな! 撤退だ! 殿は私がやってやるから、負傷したやつ! ECM撒いたらさっさと退がれよ!」
「し、しかし准尉! さすがにお一人では」
――その身を案じる仲間の声は、地響きのような崩落音に呑みこまれた。
土煙を上げ、崩壊を始めた廃ビル。
ナナトが背にするその土煙から、敵影が飛び出したのだ。
――あまりに突然の奇襲、敵は“鋼の大杖”を槍のように突き出し、まるで放たれた弓矢のようにデタラメな速さで、ナナトへ突貫する。
「ナ、ナナト准尉!」
振り返り、飛びのく間もない“チャージランス”
しかしナナトは、突き出された穂先をわずかにかすらせて回転、刀身を滑るように致命傷を避けると、そのまま敵の臓腑を蹴り込んだ。
――呼吸を枯らし、膝から崩れ落ちる敵。
うめき、立ち上がるよりも早く、背中を踏みつけたナナトが銃口をむける。
「……調子に乗りすぎなんだよ魔術師ごときが。“魔女”さえいなけりゃお前らなんかなぁ……また制服をボロボロにしやがってぇぇぇ!」
制服の布地を抉られ、素肌が晒け出されたわき腹を押さえながら、ナナトは対人スタン弾をマガジン二本分撃ちこむと、敵はピクリともせず沈黙した。
「……で、一人が何だって?」
「い、いえ! ナナト准尉、総員撤退開始します」
「さっさとそうしろ! 忘れるなよECM散布! これでウザったい“魔法”も、霞みがかるな魔術師ども!」
腰のマガジンベルトから取り出した“ECMスモーク”のピンを抜き、煌めく金属片混じりのスモークがあたりに立ちこめ始めたころ。
――後退していく仲間を背に、その両脚で廃屋を蹴り登ったナナトが高みに姿をさらした。
「近江、近江! 一人捕えた、これから敵の目を引く。やつらの姿もよーく見える」
『……待て待てナナト! 調子にのるな、機体もないのに! 制服ぐらいまた買ってやる』
「そ、そんなんじゃないよ! ……け、けどまぁ。今日の穴埋めくらいはしてもらうからな、覚悟しておけよ近江!」
――やがて市街を見下ろす高さから、ナナトの目に見えてきたもの。
それは荒れ果てた旧市街地のさらに先、郊外の“主戦場”付近に降り注ぐ、まるで信じられない光景だった。
「……な、なんだアレ? ……近江、近江!」
『どうしたナナト、いいから早く戻ってこい』
「……だ、だってアレ、ほしが……空から“星”が! 落ちてきてるんじゃあないのか? 近江!」