8センチ 小さな買い物
ごくりと飲み込んだところで教室の外に出ていく渡合くん。
い、今のはなんだったの……どうしよう胸がいっぱいでお弁当が喉を通る気がしない。
「大森さん」
「え? あ、松本さん」
「良かったら一緒にお弁当食べない?」
「う、うん。わたしで良かったら」
明るくて元気な子たちでグループを作ってる女子の一人だ。クラスの中だと一番目立ってるグループかもしれない。それに松本さんは渡合くんの隣の席で入学式の日に楽しそうに話していたことを覚えてる。
今まであまり話したことがなくて緊張するけど声をかけてくれたのは嬉しい。空いてる隣の机を早速くっつける。
「大森さんのそのお弁当。遠くから見てたけどほんと大きいね。しかも……やばい。本当においしそう」
「良かったら食べる? 好きなのいいよ」
「いいの? それじゃあ」
お弁当をのぞき見る松本さんに差し出してみる。松本さんがお箸を伸ばして迷わず手ごねハンバーグを口にしてる。みんなハンバーグ好きだなあ。
デミグラスソースとかはかけないソースなしタイプでおいしく食べれるように味付けしてある。汁気が多いとお弁当箱から染み出しちゃうことがあるから。
「やばい、やばいよ……うちのお母さんが作るご飯よりずっとおいしい。もう一個もらってもいい!?」
「いいよ。いっぱいあるから」
もぐもぐする松本さんの表情が見ていて楽しい。喜んで食べてもらえると嬉しい。二つや三つ減ったくらいじゃなくならない。大きなお弁当箱がぎゅうぎゅうになるくらいいっぱい作ってある。隙間があると寄ってしまって見た目も悪いしごっちゃになるから。
「くう……お嫁さんになってほしい」
「あはは。こまりちゃんにも言われた」
「大森さんてさ。最初はちょっと弱々しい感じだと思ったけど、なんかうまいよね。もしかして作ってる?」
弱々しい? このご飯の量は強いと思うけど。うまいってご飯のこと? もちろん手料理だからわたしが作ってるし。
「よく分かってないって顔してるね? 天然系? それともあざといことしてる? だとしたらわたし的には……」
松本さんの言ってる意味が分からない。何を聞かれているんだろう。頭の中にはハテナマークしかない。
「天然系か。まあわたしはどっちでもいいけどさ。気をつけないと女子たちみんなに嫌われるよ。料理は勝てる自信ないけど……わたし、負けないから」
え? え? 女子に嫌われる? 何に負けないの? わたしに? 松本さんもお料理がんばってるのかな?
中学の時は一人でいることが多かったけど決して嫌われているということはなかったと思う。何か嫌われるようなことをしてる?
話しながら器用に食べる松本さんのお弁当は小さくてあっという間に完食してた。いつもの仲良しグループの輪に戻って行くとなんだか楽しそうに会話して笑ってる。あれ? また一人になっちゃった。いけない。もうすぐ時間がなくなるから早く食べなくちゃ。
そして、放課後。話しかけようとしたわたしに何も言わずにこまりちゃんが足早に教室を出て行く。顔を見る間もないくらいだった。今日は委員の集まりがあると他の子と話していたから忙しいんだろう。結局、今日は一言も話さなかった。昨日から変な感じ。あんまり目も合わさないし、すぐにどこかに行ってしまう。壁を感じるっていうか……もしかして避けられてる?
ふと松本さんの姿が目に入る。渡合くんと二人で何かを話してる。なんだかとっても楽しそう。教室の中、他の子たちもいるのに一人でぽつんといる感覚になった。
なんだろう? 胸が重い? 渡合くんが松本さんと楽しそうに話している姿に心が痛くなるようだった。
「大森さん」
「……」
「大森さん」
肩をちょんちょんとつつかれて振り返る。
「あ……中村くん」
呼びかけの声に全然気づいていなかった。それだけ心が硬直していたのかもしれない。
「今日、此花さんとあんまり話してないみたいだけど何かあった?」
「えっと。今日はなんだか忙しそうにしていたみたい?」
「そうかなあ?」
口元に手を当てている中村くんがなんだか困っているように見えた。
「どうかしたの?」
「いや。俺も此花さんから逃げられてる気がするんだよなあ」
逃げる? 毎日あんなに仲のいい二人なのに?
「昨日はLIMEを送ったけど返信がなかったんだよね。もしかしてわたしも避けられてるのかな? 嫌われるようなことしちゃったかな?」
昨日の夜、一度送って返信がなかったからもう一度送ったけどやっぱり返信がなかった。疑問に思っていたことを口にしたら本当にそうなんじゃないかと思ってしまう。悲しい想いが涙になってしまいそう。
「そんなことはないと思うよ。俺もだけど、明日また話してみればいいんじゃない?」
「うん。話したい」
それからなんとなく二人で教室を出て、一緒に帰り道を歩き始めた。
「渡合くんに聞いたんだけど、こまりちゃんてバレーボールやってたんだね」
「渡合に? へー(なんであいつが?)。おおまり、大森さんには話してないんだ」
やっぱりわたしといる時だけ、こまりちゃんのことをおおまりって呼ぶんだね。
「うん。特別は。高校ではもうやらないってことは聞いたことがあるけど」
「そか。これくらいなら俺の口から言ってもいいと思うけど……肘とか膝とかに怪我したんだよ。かなり大きな怪我。大森さんも見たことあると思うけど箸を落としたりするくらいにさ。医者から選手になるのはあきらめろって言われて。それでやめたんだ」
「そうなんだ。選手になるくらいにがんばってたんだね。きっと悔しかったんだろうなあ」
「すっごい泣いてたよ」
泣いて……いつも元気で明るくて笑顔でみんなをサポートするかっこいいこまりちゃんしか見たことがないから全然想像もできない。
選手と言ってはみたけれど、それがどれくらいなのか、その悔しさがどういうものなのかはわたしに分からない。そんなに一生懸命に取り組んだようなことはないから分からないけれど、こまりちゃんの悔しい思いを想像すると悲しくなる。
「中村くんの前で泣いちゃうなんて信頼されてるんだね」
「信頼度なら自信はあるかな。生まれた時からずっと一緒だし。おおまりが笑う時も泣く時も怒る時もいっぱい見てきたから」
ほんとに自信たっぷりな笑顔を見せてくれた。こまりちゃんに対して中村くんは大事に思っている気持ちがあるんだなと思う。そう思うと自然に嬉しい気持ちで笑顔を返していた。
「そうだよね。幼馴染っていいね」
「いいでしょ。ま、それだけじゃないんだけど」
「? わたしは今の家にくるまでは割と引越しが多かったからそういうのはないなあ」
「引越しか。俺はしたことないから分からないけど友達とか作るの大変だよね?」
「うん。わたしは色々下手だからあんまり友達もいなくて。中学の時にできた友達が一人だけいて一番の友達だったんだ」
元気にしてるかなあ。わたしは引っ越してしまったし、お互いにスマホも持ってなかったし。卒業式以来、連絡もしてない。
「高校が別になっちゃったとか?」
「わたしと友達の志望校が一緒だったんだけど不合格でわたしだけ行けなかったんだ。すごいへこんだよ」
「仲のいい女子といけないのは寂しいよな」
「え? 男子だよ」
「そうなの?」
「うん」
わたしを見て不思議そうにしてる。何か変なこと言ったかな?
「中村くんは友達と一緒に行けなくて寂しいとかなかった?」
「俺? 全然ない。俺は友達よりもおおまりを選ぶから。高校だってそのつもりだったし」
「え?」
友達よりも幼馴染を大事にしてるってことだよね?
「や、今のは気にしないで。おおまりにも内緒にしてな」
「内緒? うん。分かった」
内緒にしてと言われたら言うわけにはいかないよね?
「あ。俺、ちょっと文房具買ってくから」
「わたしも欲しいものあるんだ」
それから二人で駅前のショッピングモールの文房具店で小さな買い物をして同じ電車で帰ることになった。せっかくだから渡合くんに何を買ったらいいか男子の意見を聞けば良かったのにうっかり忘れて聞けなかったのが悔やまれる。
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「此花さーん。委員会始まるから教室に入ってくださーい」
「はーい」
結安から逃げるように避けてしまっていた行動が自分でも嫌になっていた。そんな気持ちを吹き飛ばしたくて、青空を眺めるために三階の廊下の窓から外を見上げようとした。
偶然だった。
校舎の窓から下校する生徒たちの列が見下ろせた。蓮と結安が肩を並べて笑顔を向け合う姿が目に焼きついた。胸に……ちくりと痛みがさす。




