26センチ カラフルなスーパーボール
「撮れた」
「俺も撮れた」
「早瀬くんはどう?」
「うん。いいかも」
画像がどんどん増えていくことに感動してた。スマホはほとんどLIMEしか使ってないことに気づいてちょっと衝撃。
早瀬くんと一緒にお互いに撮影した写真を見せ合う。うん。こまりちゃんも日向子ちゃんも写ってる。だけど中村くんと秋月くんが画面から切れてる。顔が半分以上写ってなかったりしてかなり悲惨かも。下手すぎて泣ける。
「……これも。これも。これも。どれも失敗してる」
「ははは。失敗なんてことないよ。これもこれも笑顔がよく撮れてると思うよ」
「そうかな?」
早瀬くんが言ってくれた写真はそれなりに悪くないかも。早瀬くんはいつでもわたしのことを肯定してくれる。なんだかこそばゆい。
「良かった。早瀬くんはどれもちゃんと撮れてるね」
「うーん。結安ちゃんみたいにアップでいい感じのないね。結安ちゃんの方がいい表情が綺麗に撮れてると思うよ」
「早瀬くんの撮った写真は周りの景色もいっぱい写ってるからお祭りの感じが出てていいね」
「ありがと。結安ちゃんに褒められるとうれしいな」
「え。あ。そ、そんな……」
突然にもらった言葉で照れてしまう。早瀬くんはいつも嬉しいことを言ってくれる。
「ふふ。みんなのいい写真がいっぱい撮れるといいね」
「うん」
まだまだいっぱい写真を撮る予定。今日の夏祭りではみんなに課せられたミッションがある。提案したのはこまりちゃんだった。
『今日はみんなでカメラマンになろうよ』
『何それ?』
『みんなでお互いに写真を撮ったら思い出になるかなって。バレーボールやってた時にプロカメラマンが撮ってくれた写真があっていい思い出になってるんだよね』
『思い出ね。何年後かに見たら楽しいよな』
『大人になってまたみんなで集まった時に見れるといいね』
『此花さん、ナイスな発案! 俺、日向子ちゃんの浴衣姿撮っとく!』
早速スマホで撮影を始める秋月くん。とりあえず大鳥居を背景に集合写真を撮影した。ヒトの邪魔にならないように撮影するのは気を遣うけど友達みんなで写真を撮るのも楽しい初体験だった。
みんなの前で堂々と渡合くんにスマホを向けて写真に収めることができて嬉しい。渡合くん一人だけの顔がアップの写真。みんなには見せられない。
「結安ちゃん。スーパーボールすくいやろうよ」
早瀬くんの手招きで屋台をのぞく。
「うわあ。とっても懐かしいなあ」
「懐かしいの?」
「お祭りは小さい頃に親と行ったきりだから」
お父さんもお母さんもほとんど家にいないから
子どもの頃はとても寂しかった。誰もいない家で一人でよく泣いていた。あまり家族そろって出かけたこともないし、両親の代わりに家のことは全部自分でしてた。おかげで料理や家事は得意になったけどほんとは両親と一緒にいたかった。それに……せっかく新しい家に引っ越したのにお父さんとお母さんはいつも一緒にいない。
うちみたいのが普通と思ってたけど、こまりちゃんのお母さんとお父さんに会って思った。あんなに仲がいいものなんだと。もしかしてうちはあまり仲の良い家族じゃないのかもしれないと思ってしまう。
それに友達とこうしてお祭りにくるのも実は初めて。だから今日のことはすごい楽しみで昨日はあまり寝れてないという遠足前の子どもみたいなことをしていた。
「それじゃ今日はいっぱい遊ぼうね」
「うん……」
親睦会の時と変わらず早瀬くんが穏やかにわたしを誘ってくれる。だけど……ほんの数歩分下がって一人でいる渡合くんのことがどうしても気になってしまう。今日はなんだかいつもよりも口数が少ないけど写真を撮ることはしている。
「お嬢ちゃん。破れたらおしまいね」
「は、はい」
屋台のおじさんからポイを受け取って流れるスーパーボールを目で追いかける。水流に乗って流れるスピードが結構早い。
……
……
……
んん? いつすくったらいいのか分からない。一つもすくえないでポイが破れる未来しか見えない。あの青と白のマーブル模様が綺麗だなあ。うん。カラフルなスーパーボールが流れているのを見てるだけでも楽しいなあ。あの早いのはこまりちゃん。あっちこっち動いて気を利かせていそうなのは日向子ちゃん。隅っこで流れてないのはわたし? ふと気づく。隣で早瀬くんがそんなわたしを見て微笑んでいた。や。なんか恥ずかしい。
「お嬢ちゃん。他のお客さんもいるから早くしてね」
「あ。ご、ごめんなさい! あ」
屋台のおじさんの一声で慌てて流水にポイを突っ込んだ瞬間に破けた。
うう。悲しい。さすが本番に弱いわたし。
「一個も取れなかった……」
「あはは。それはそれでいい思い出になるね。はいこれ。あげる」
「わ。いっぱいだね」
早瀬くんの手にはカラフルなスーパーボールが入った袋が吊り下げられていた。いつの間にこんなにいっぱいすくったんだろう。
「ありがとう。でももう一回がんばる。せめて一個はすくいたいから」
「あはは。そうだね。応援するよ」
一度他のお客さんに交代してから並び直してもう一回挑戦した。
「すくえたよ!」
他のお客さんに邪魔にならないように後ろで待っていてくれた早瀬くんに袋を見せる。数は少ないけど。
「やったね。やっぱり大森さんて変わったよね」
「変わった? わたしが?」
「うん。高校に入って最初の頃はおっかなびっくりで教室にいたけどさ。どんどんどんどんクラスのみんなと話すようになって。失敗しても必ずできるようにがんばってた。今はもうすっかりクラスに馴染んで楽しそうだよ」
「そ、そうかな。それなら嬉しいな」
「俺なんか全然変わらないのにすごいと思うよ」
そうなのかな? 学校では早瀬くんと話すことはあまりなかったからよく分からない。もしかして早瀬くんはわたしのことを見てくれていたのかな?
「結安ちゃん。もし良かったらなんだけどさ。夏休みの間、いっぱい会えたらいいなって思ってる。どうかな?」
「そうだね。みんなといっぱい遊べたらいいよね。こまりちゃんと日向子ちゃんに聞いてみるね」
「えっとね。そういうことじゃないんだ。俺さ。ずっと結安ちゃんのこといいなって思ってたんだ。できれば結安ちゃんと二人で会いたい」
え……それって。まるで告白されているような内容に顔が熱くなる。
少し照れくさそうだけど穏やかに話す早瀬くんがわたしの瞳から目を離さない。
「帰る頃までに考えといて」
「う、うん」
帰るまで……どうしよう。なんて答えたらいいんだろう。わたしは渡合くんのことが好きなのに。好きなヒトがいるのに他の男子と二人きりで会ったりするなんて良くないよね。こまりちゃんと日向子ちゃんに相談してみたい。二人の姿を探そうとしたらヒト混みがさらに増えて混雑していた。
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秋也と松本さん。中村と此花さん。早瀬と……大森さん。
此花さんの企画の通りスマホで写真を撮っている。
撮った写真を一枚ずつスライドしていく。大森さん一人だけを撮った写真に目が止まる。浴衣姿がとてもかわいらしくよく似合ってるのに、何か心に重いものを感じて早瀬のように褒めることはできなかった。
もう一度スライドすると大森さんの笑顔が大きく写った写真だった。スーパーボールをすくえた瞬間の笑顔が輝いてる。大森さんの写真ばかりだった。いつの間にかこんな写真を撮っていた。写真の大森さんを見ているだけで優しい気持ちになれる自分がいた。
続けてスライドすると、大森さんが早瀬と二人で夏祭りを楽しんでいる写真になった。二人で笑い合ってる写真を見ると胸が痛い。画像を削除しようとして手が止まる。俺が嫌だったとしても、この写真は大森さんにとっていい思い出になるかもしれない。そしたらきっと喜ぶだろう。そう思ったら削除することはできなかった。
俺。何をしているんだ。
もう帰った方がいいのかもしれない。
周りにいる家族連れの姿を見るとそう思う。母さんと彩羽が生きていればきっと浴衣姿で夏祭りを楽しんでいただろう。だけど二人はもうそんなことはできない。だから俺だけ楽しんでいいわけがない。みんなに断って帰ろうか。
「あれ? みんながいない?」
気がついたらヒト混みがさらに増えている。後をついているつもりが画像を見ていてみんなを見失っていた。
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「早瀬くんどこだろ?」
ヒト混みがあまりにもすごくて、ついさっきまで隣にいた早瀬くんやこまりちゃんたちを見失っていた。やっぱり背が低いと人混みに埋もれてしまう。みんなにわたしを見つけてもらうのは難しいかもしれない。一人になってしまって心細い。ヒトの流れに逆らえずにどうしようかと思いながら早瀬くんの言葉を思い出していた。
あれって告白だったのかな? 違うよね? 友達として会いたいってことかな?
そんなことを考えていたら渡合くんに告白した時のことを思い出した。
わたしの渡合くんを好きという想いはずっと変わらずにいる。この数日、渡合くんの家でお昼ご飯を一緒に食べることがとても嬉しくて幸せだった。渡合くんも楽しそうにしてくれていた。だけど……わたしがいない時は家でずっと一人でいる渡合くんのことが心配だった。わたしもずっと家で一人だったからよく分かる。
早瀬くんといる時間が多くて楽しかったけど寂しい気持ちがあった。渡合くんとも夏祭りを楽しみたい。笑顔になって欲しい。渡合くんがいないかと視線を巡らすけれど周囲の人たちの背中しか見えない。
会いたい。話したい。一緒にいたい。
「そうだよ。わたしは渡合くんのそばにいたい」
口にした途端、好きという想いがあふれてくる。やっぱりわたしは渡合くんの彼女になりたい。
はぐれたら待ち合わせに向かうという約束を忘れていた。ヒト混みを潜るようにかき分けて。渡合くんのことを必死に探すけれど見つからない。疲れるのも忘れて行ったり来たりした。視線ばかりが先走って不注意でヒトにぶつかって転んでしまった。手に吊るしていた袋が手放されてスーパーボールがバラバラと転がっていく。
参道の石畳に転がるわたしに、混雑しすぎたヒト混みの波が止まらなかった。
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「はぐれたら神社で集合とか言ってたな……」
神社に向けて混雑するヒト混みをかき分けて進むと救急車のサイレンの音が聞こえた。前に進む足がゆっくりと止まる。やっぱり帰ろう。こんな気持ちでいる俺がいてもみんなに悪いと思った。LIMEを中村と秋也に入れておけば問題ないだろうと思って『急用ができたから先に帰る』とメッセージを送信する。神社に背を向けて歩き出すけど神社に向かうヒトの波でなかなか進まない。
ふと、近くを歩くヒトたちの話し声が聞こえた。
「浴衣の女の子が事故に遭ったって聞いたよ」
「スーパーボールが飛び散ってたってさ」
「救急車もきてるって」
「せっかく夏祭りなのにかわいそうだよね」
浴衣の女の子……
スーパーボール……
事故……
救急車……
さっきのサイレン……
まさか……
嘘だろ……




