19センチ 図書室の扉
「みんな遅いね」
図書室にわたしと二人で残っている秋也に問いかけてみる。
結安と渡合くん、二人だけで行かせたけど大丈夫だったかな? 結安は最近渡合くんのことを避け気味だったしちょうどいいかと思ったけど。まさか勢いあまって告白なんかしてたりして。それならそれで今回の勉強会を開いた意味が早速あるというものだけど。もしも悪い方向にいってしまったら申し訳ないかもしれない。期末テスト前でショックなことがあるとまずいし。
「もしかして……」
「何よ?」
秋也がニヤリと笑ってわたしを見てる。あからさまに好意を寄せられるのは悪い気はしない。毎日毎日、何かしら理由をつけては一緒にいるしアピールをしてくる。わたしが嫌がるようなことを絶対にしてこないのも好感度が高い。
だけど決定的なことをいつまでも言ってきたりはしないから実はちょっとムカついてる。まあ言われても断るけど。そんなことを結論づけたらツキンと胸が痛い気がした。待て。それはないよね?
「俺たちのために気を遣って二人きりにしてくれたのかも!」
イエーイと言わんばかりの大袈裟なバンザイがチャラい。
「はいはい。言ってればいいわ」
秋也のひまわりのように能天気な笑顔を見てるのはそんなに嫌いじゃない。だけどそれよりもこまりのことが気になっている。どうせ中村くん絡みのことで頭を悩ませているんだとは思う。なんてことを考えるだけで胸がモヤッとするあたり新しい扉に片足を突っ込んでるのかもしれない。とっととくっついてほしい。じゃないとこまりへの想いがうっかり膨らんでしまうから。
「もしかして蒼空のことが気になる?」
渡合くんじゃなくてこまりのことだけど。
少し心配そうな顔でわたしを見てる。そうだ。わたしが渡合くんに告白して振られたことを秋也は知ってるんだっけ。困ったことに渡合くんへの想いが完全に消えたわけじゃない。えいやっと一瞬で消せるなら恋なんて楽なものだ。だけどそれも薄れつつある。それは秋也のおかげかもしれない。
「すっごい気になる」
「ええ!? まだ蒼空のことが好きなの!?」
ちょっとからかっただけでそんなに泣きそうな顔しないでよ。
「わたしは頼りがいがあって優しくてかっこいい男子が好きなの」
「えー。俺はー」
「全然」
しょぼんとしてる秋也がかわいい。ん? かわいい? かわいいだなんておかしい。わたしはそんな風な男子は好みじゃない。もしかしたらこれも新しい扉なのかもしれない。
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「えへへ。変なこと言ってごめんなさい」
初めての恋。初めての告白。初めての失恋。
初めての作り笑いを心に貼り付けていた。
「変なことだなんてそんなことない。俺の方こそ、ごめん」
涙が滲みはじめてるわたしを見て渡合くんが困っているようだった。
これ以上、渡合くんを困らせるわけにはいかない。うっかり涙がこぼれないように無理やり笑顔を作って見せる。とても変な顔になっていそう。
「ううん。良かったら今まで通り友達でいてください!」
頭を思い切り下げたら涙がぱたぱたと床にこぼれ落ちた。
「わたし先に戻ってるね! みんなの飲み物お願いします!」
背中を向けて駆け出す。
精一杯の声だった。途中から声が震えていたかもしれない。背後でペットボトルが床に落ちる音が聞こえた。いちごミルクのパックを手に、思い切り走っていた。学校の中でこんなに走るなんて初めてのことだった。
走りながら涙があふれてくる。
悲しくて声が出てしまう。
手でぬぐっても涙が止まらない。
立ち止まって大声で泣き叫んでしまいそう。
ここは学校だけどそんなことは構わなかった。図書室ではみんなが待ってる。渡合くんには先に戻ると言ってしまった。
「大森さんだ」
涙が枯れないまま。図書室の扉を開いていた。
「結安! そんなに泣いてどうしたの!?」
何にも考えがまとまらないまま。自分の持ち物を鞄に突っ込むと、心配そうな日向子ちゃんに何も言わずに図書室から飛び出していた。
「秋也。あとはよろしく!」
「了解!」
日向子ちゃんが鞄を手に追いかけてくるとは思わなかった。
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「あれ? みんなは? 秋月くん一人?」
蓮と二人で図書室にやってきたら椅子に座る秋月くんの姿。たった一人でつまらなさそうに鼻と口の間にシャーペンを挟んでた。
「えーと。大森さんが一人で帰ってきたと思ったら鞄持って飛び出して、日向子ちゃんが追いかけて行った」
「結安が一人で? 日向子が追いかけたの? どういうこと?」
「よく分かんない」
「蓮。なんかあったりした?」
「いや。うーん。渡合と大森さんでみんなの飲み物を買いに行くことになったくらいかな」
もしかして二人の間で何かあった?
わたしも蓮と二人きりで話し込んじゃったし。
蓮とのやりとり。
わたしの呼び方について、蓮から言われた思いもかけない告白にびっくりした。特別に思ってもらえてることが素直に嬉しかった。おかげでわたしの機嫌はすっかり直ってしまった。どころか良くなってしまった。我ながら脳筋で単純もいいとこだ。
わたしに対する恋愛感情とかはないかもしれないし、幼馴染の枠を超えてはいないかもしれない。蓮の好きなヒトが誰だかは結局聞けてない。それ以上を聞く勇気のないわたしは、みんなのところに行こうと期待に緩む口元を抑えきれないまま図書室へと足を向けていた。
「大森さんは? 戻ってない?」
渡合くんが何も飲み物を手にすることなく図書室に入ってきた。
「結安ならもう帰ったかも。秋月くん、そういうことだよね?」
秋月くんに尋ねてみると悩んだような顔をしている。
「え? あー。うん。そうなんだけど……大森さん、泣いてたかな?」
「泣いて!? ……渡合くん、何かあった? あったなら教えて」
「……」
少し睨むように問い詰めてしまうわたしに無言の視線を返してくる渡合くん。
「もしかして告白されて断った? 結安を泣かせるようなこと言ったの?」
渡合くんにさらに詰め寄って質問する。もしも泣いて一人で帰るほど酷いことを言っているのだとしたら許すわけにはいかない。
「待った、待った! 此花さん、待った! 突っ込んだ質問しすぎ!」
蓮がわたしと渡合くんの間に割って入ってくる。
「だって!」
「だってじゃないから。勉強会は終わりにしよう。此花さんは追いかけた松本さんに連絡してみて」
「うん。分かった」
確かに蓮の言う通りかもしれないけど。全然納得できない思いでいっぱいだった。大急ぎで日向子にLIMEを入れる。
「わたし、とりあえず行くね。合流できるかもしれないし」
「ああ。気をつけてな」
教科書やノートをいいかげんに鞄に突っ込むと、男三人を置いて図書室から飛び出す。何がどうしたか分からないけど結安が心配だ。
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「渡合。ちょっといいか?」
「……」
俺の問いかけに無言のまま視線を向けてくる渡合。前から思ってはいたけどこいつはどこか寂しげな雰囲気を匂わせている。
「渡合さ。大森さんのことが好きなんじゃないの?」
「……別に答えなくていいだろ?」
素直には言わないか。無理に聞いても嫌だろうし。
「言いたくないなら言わなくてもいいけどさ。泣かすようなこと言ったんじゃないよな?」
「分からない。もしかしたら大森さんにとってはそうかもしれない」
なんて言ったかは想像もつかないけど渡合の口調からは後悔しているような感じもする。
「んー。女子は断られるだけで泣いちゃう子もいるしなあ。でも断らないわけにもいかないし」
秋月が割って入った。確かにそうかもしれない。ん? なんか経験者っぽいこと言ってるな?
「……秋月。お前、泣かれたことあるの?」
「え。うん。三人くらい」
「え。高校に入ってから?」
「そうだよー」
「まじか。渡合ほどじゃないけど多いな」
「俺、嘘は言わない」
チャラくて軽いけど真面目で気の利くやつだし見た目もさっぱりしてるから結構モテるんだよな。俺も一人にだけ告白されたけど礼儀正しくお断りしたことがある。でも泣かれはしなかった。
「お前さ。女子に結構いいかげんなとこあるから心配だよ。松本さんのことは本気なんだよな?」
「もちろん! 渡合はどうなん? 俺から見ても大森さんのこと好きだと思ってたんだけど? 本気で好きなら付き合えばいいのに」
「俺は……俺だけなんて……ダメなんだ」
秋也のあっけらかんとした聞き方に少し間を空ける渡合が悲しそうに顔を歪めて答えた。俺はもしかしたらその理由を知ってるかもしれない。
「……渡合と同じ中学出身のやつから聞いたことがあるんだけどさ。家族のことと関係あるのか?」
「何々? 家族がどうかしたの?」
秋也の軽い言葉。だからお前は能天気が過ぎるんだよ。
「答えたくなければいいけど」
そう。口にしたくないことは無理に答えなくていいし話さなくていい。俺がおおまりへの想いを秘密にしているように。辛いことならなおさらだ。
「いや。俺の母さんと妹は……事故で……ごめん」
言葉の途中で謝罪する渡合の瞳がこれでもかというくらいに暗く沈んでいた。




