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18センチ レモン炭酸水

「じゃあ得意科目と苦手な科目のヒト同士で組み合わせて勉強しようか」


期末テストが近づいて、約束した通りみんなで図書室で勉強会を開いてる。

渡合くん、中村くん、秋月くん、日向子ちゃん、わたしの五人。

こまりちゃんの姿がない。遅れて参加すると言っていたけれど、今日は朝から元気がなさそうだった。理由を尋ねても『ちょっとね』と浮かない返事が返ってきただけ。しばらく様子を見ようかと日向子ちゃんと意見を合わせた。


「数学だったらわたし得意だけど」

「はいはい! 俺は数学苦手!」


日向子ちゃんが真っ先に得意な科目を言うと素早く秋月くんが手を上げていた。


「……ほんとに?」

「嘘は言わない!」

「それ俺が保証する」

「俺も」


机の反対側で隣に並ぶ日向子ちゃんと秋月くん。

ほんとだとは思うけどこまりちゃんから聞いていた通り日向子ちゃんに積極的になっているのかもしれない。

それぞれ自分の得意不得意を言っていく。やっぱり数学、英語あたりがはっきりと分かれる。わたしはどっちかというと理科が得意だけどあまり差はない。


「じゃあ俺たちも数学にしようか」

「オッケー」

「はい」


対面に座ったわたしは渡合くんと中村くんに挟まれる形になっていた。こまりちゃんがきたときのために中村くんの隣は空けてある。

渡合くんの隣……勉強に集中しないといけないのにすぐ近くでシャーペンを持つ大きな手が視界に入って緊張してしまう。隣にいられるだけで嬉しい。だけど、もっと渡合くんを近くに感じたい自分もいる。それって……


「俺は方程式ってやつがわけ分からん。二次関数とか誰がこんなの考えたんだよー」

「秋也。だれてないでちゃんと取り組みなさいよ」

「日向子ちゃんが教えてくれればがんばれる!」

「しょうがないなあ。ここはね……」


積極的になれるってすごいことだなあ。素直に表現している秋月くんを見てそう思った。

日向子ちゃんと秋月くんが名前で呼び合ってる。ここ数日でいつの間にかそうなったらしい。わたしはまだ渡合くんのことを名前で呼べていない。あれから名前で呼んで欲しいとは言われてないしうやむやにしてる。学校の中では絶対に言えないし。


問題の教え合いで渡合くんの腕がわたしの肩に触れる。夏服から伝わるぬくもりに顔が熱くなっていく。心臓がきゅうっとドキドキしてとても集中できない。


みんなで教え合いながら取り組むこと一時間半。こまりちゃんはまだこない。


「ちょっと休憩しないー?」


秋月くんが机に突っ伏して悲鳴をあげてる。


「そうだね。教え疲れて喉渇いた」

「日向子ちゃん、俺のためにありがとー」

「もっと感謝しなさい」

「はい! いっぱい感謝してます!」


日向子ちゃんは秋月くんのためにあれやこれやと口が開きっぱなしだった。


「俺、飲み物買ってくるよ」

「じゃあ。結安も行ってきて」


渡合くんがすぐに反応していた。

日向子ちゃんが軽くウインク、ニヤリと目配せしてくる。それって二人にしてくれようとしてくれてるんだよね。最近、名前呼び問題のせいにして渡合くんに対して少しだけ避け気味にしていたわたしのためにと気を遣ってくれてる。渡合くんに振られた日向子ちゃんのことを思うと行かないわけにはいかない。うう、がんばるしかない。


「分かった。みんな何がいいかな?」


「わたしノンカフェインのお茶ならなんでもいい」

「俺は瓶のコーヒー牛乳ー」

「温泉かよ」

「別にいいじゃんか。頭使うと甘いの欲しくなんない?」

「俺は甘くない炭酸水で」


リクエストを聞く渡合くん。だけど飲み物よりもわたしは気になることがある。


「あの、それよりもこまりちゃんがまだこないんだけど。わたし心配で」

「そういえば遅いね? こまり何してるのかな?」

「俺、探してくるよ」


みんなの返事を待たずに中村くんがさっさか行ってしまった。時折、時計を見たり入口を気にしてたからこまりちゃんのことをずっと心配していたんだと思う。


「わたしたちも行ってくるね」

「よろー」

「日向子ちゃんと二人きりー♪」

「うるさい」


両手をあげて犬みたいに喜んで接近する秋月くんの頭を手で押さえてる日向子ちゃんが少し本気で怒ってる気がした。けど嫌ってる雰囲気はずっと感じられたことはない。


お金は後でもらうことにして渡合くんと二人で自販機コーナーに向かった。

放課後の学校は誰もいない。期末テスト一週間前になって部活をしているヒトもいなくて静かだ。わたしと渡合くんの足音しかしない。


「大森さんは何飲むの?」

「えと、いちごミルクがいいかな? わ、渡合くんは?」

「俺は……これにする」


レモン炭酸水のボタンを押すと取り出し口にペットボトルが落ちてきた。


「大森さんはいちごミルクね」

「うん」


取り出し口からいちごミルクを手にする渡合くんが手渡してくれる。わたしの手のひらに乗ったままのパックと大きな手が離れない。


「あ、あの。渡合くん?」

「名前で呼んでくれないの?」

「で、でも、学校だし」


校舎の中でわたしと渡合くんの声だけがする。名前で呼ぶなんていいのかどうか分からない。もし呼べる時がくるとするならそれは特別な時だと思った。


「誰もいないけど?」

「う、うん」


うつむいてしまってそれ以上、何も言えなかった。彼女になれたらヒトの目を気にすることなく名前で呼べるのかな。渡合くんの彼女にしてもらいたいとあの日からずっと思ってる。好きという気持ちは大きくなるばかりで……


「……そうだね。変なお願いしてごめん。名前で呼んでって言ったこと、やっぱり忘れてほしい」


渡合くんの悲しそうな寂しそうな表情。この顔は何度か見てる。なんでそんなに悲しそうなんだろう。わたしが渡合くんの支えになることができたらいいのに。


蒼空くん……


声にならない声が出ていた。ほんとは名前で呼べたらいいのにと思った。

心から思ってしまった。

名前で呼びたい。

わたしの気持ちを伝えたい。

想いを伝えたい。

次の瞬間、口を開いていた。


「好きです……わたし、渡合くんのことが……ずっと好きです」

「え」

「わたしを渡合くんの彼女にしてください。そしたら名前で呼んでいいですか」


「俺」


渡合くんの瞳が一瞬輝いたように感じたことにわたしの心臓が期待で高鳴る。


「……ごめん……俺は大森さんと付き合えない」


うなだれるような渡合くんの瞳の奥に感じる寂しそうな気配。

理由を聞きたいと思った。けれど……今のわたしはそれについてどう問いかけたらいいか分からない。背の高い渡合くんをいつものように見上げることができなかった。


✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧


「おおまり」


誰もいない教室の窓から空を見上げていたら背後から声をかけられた。振り返らなくても、足音で誰だか分かっていたような気がする。ううん。それはただの期待。


「蓮……」


振り返れば瞳に映る小さな蓮。どうしたとでも言わんばかりの表情をしている。

昨日の夜。蓮は好きな人がいると言った。話を続けることもなく『じゃあな』と言ってすぐに部屋に入ってしまった蓮。

その背中をただ見送ることしかできなくてわたしの目には涙が滲んでいた。とぼとぼと自分の部屋に入ろうとする頃には涙があふれて止まらなかった。

やっぱり蓮には好きなヒトがいるんだ。わたしの恋は終わってしまったと。だから勉強会に参加するのは気が重かった。だけど一人で帰ることもできなかった。


「なんで図書室にこないんだよ」

「なんでって……」


失恋したばかりで蓮の顔を見るのが辛いからだよ。なんて言えない。うっかりすると涙がこぼれそうになる。


「みんな心配してるし待ってるよ」


そんなことは言われなくても分かってる。結安なんて心配しすぎて一番におろおろしてそう。


「蓮、なんでおおまりって呼ぶの。みんなの前だと苗字で、しかもさん付けで呼ぶくせに」

「聞きたい?」

「……聞きたい」


怖いけれど聞きたいことの一つ。なんでと聞かれたことに素直に答えることができなくて話を変えてしまった。


「んー。俺よりもでかいから?」


小首をかしげてまるで質問するみたいな言い方。何気ない仕草がかわいくて困る。


「なんでわたしに聞くのよ!」


あれ? なんでわたしに聞くの? つまり身長差を気にして言ってるんじゃないってこと?


「……蓮よりもわたしの方が背が大きいからじゃないの?」

「違うよ」


わたしの目の前まで歩いてくると、なんでか得意げに微笑んでわたしを見上げる蓮。くそ。かわいい顔してる。蓮のどんな表情もわたしに向けて欲しい。


「じゃあ、どうして?」

「おおまりはすごいよな。子どもの頃から一生懸命でがんばってがんばって。覚えてる? 小学生の時に体の大きな男の子とケンカしたの。あれってさ、最初に小さな俺がバカにされたのが始まりだったろ。怖くて言い返せないでいた俺の代わりにおおまりが怒ってくれたよな」


小学校5年生の時のことだ。わたしが蓮のことを好きだと初めて自覚した時のこと。


「最初ってそうだっけ……わたしが取っ組み合いを始めそうにしたら蓮が代わりに戦ってくれたのは覚えてる」

「負けたけどな。俺、すっごい嬉しかった。それだけじゃない。バレーボールに必死にがんばってる姿をずっと見ていてさ。壊れるまで怪我を隠してがんばる姿をずっと見てた。こいつってすごい大きいやつなんだなって思ったんだ。俺にとって、おおまりは憧れで尊敬できる大事な幼馴染。とても特別で大きな存在なんだ」


憧れで尊敬できるってなんか変な感じ。だけどやっぱり幼馴染か。一人の女の子として見てくれないの?


「そうなの?」

「うん。だから俺だけの特別な呼び方がしたかった。今にして思えば子どもっぽい発想でみんなに真似されて、嫌な思いをさせちゃったけどな。ほんとにごめん」


俺だけの特別。

その言葉にドキリとしてしまう。

蓮にとってわたしは特別なの?

思わせぶりな期待をしてしまう言葉。

胸がぎゅうってなる。


「……こまりって呼んでくれないの?」

「俺がおおまりよりも大きくなれたらな。その時はきっと……ま、そういうことだよ」


照れくさそうに笑う蓮。それってどういう? その時って?

もしかして……蓮の好きなヒトって……期待をしてもいいの?

胸が苦しいよ。

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