17センチ ひんやりとした手すり
「ええ。そんなことがあったの!? 新婚さん!? それとも通い妻!?」
「名前で呼んでって絶対に結安のこと好きでしょ!」
「「きゃー!」」
結安の口から渡合くんの家での出来事を洗いざらい聞き終えた。わたしと日向子で驚いてはしゃいでる。一度目の訪問は緊急事態みたいなものだからいいとして、二度目の訪問で結安の手料理を一緒に食べて洗い物をしたと。
しかもその時に下の名前で呼んでほしいと言われているとはびっくりだった。学校の中で成り行きで呼ばれるようになるのとは訳が違うよね?
「そ、そんなことないとは思うけど……」
恥ずかしがって下を向く結安がかわいい。今日は日曜日を利用して三人で朝から買い物。ファストフードでお昼を済ませてからわたしの家にきてもらった。結安が食べたハンバーガーの数にびびった。今はわたしと日向子と協力して結安で遊んでる。
「教えてくれれば良かったのに(そしたら渡合くんに告白してなかったかな? いや、関係ないな。わたしはそれでも告白してる)」
「ごめんね。自分でもどうしたらいいか分からなくて相談できなくて」
日向子の言葉に申し訳なさそうに結安がうつむいてしまう。
「ていうか、詳しい話は今日聞こうとってことにしてたからしょうがないよ。あ。動かないで。目を閉じたらダメだよ。アイライナーが乾くまで目は開いたままだよ」
「う、うん」
遊んでるの言葉通り、結安の幼い顔をキャンバスにして遊んでる。なんて言ったら結安のほっぺたが膨れそうだけどほんとのこと。今まで一度もメイクをしたことがないという結安のためにメイク教室を開催してるんだよね。買い物したのは結安のメイク道具一式というわけだ。
「結構お金かかっちゃったけど大丈夫だった?」
「うん。わたし趣味とかないしお小遣いやお年玉が貯まってたから。たまにクッキーの型とかお弁当のおかずを入れるカップとかを買うくらいかな?」
料理が得意な結安らしい。わたしなんて使いまくってあんまり残ってないよ。そろそろバイトとかもしようかな?
「名前で呼んでって言うんだから名前でいいんじゃない?」
「学校でも?」
「や。それはやめた方がいいでしょ。脳筋のこまりの言うことはあてにならないからね」
「はい。脳筋です。すいません」
幼馴染とかなら名前で呼ぶのなんてハードル低いんだけどな。蓮が学校でわたしのことを苗字で呼ぶのがずっと気になってるんだよなあ。理由を聞いてみたいんだけどなあ。
「交際するならいいけど、そうじゃないと結安の場合は女子たちの標的になるって」
「そうだよね……」
結安の不安そうな表情。そっか。確かにそうかも。女子の中にはそういうの気にするのいるもんなあ。
「はい。メイク完成。あとはヘアアイロンで髪を巻こうか」
結安のお母さんは持ってなくてヘアアイロンも買ってた。迷いに迷って高いのはやめてた。
「おお。結安、かわいい。ハムスター顔に童顔メイクがナチュラルでかわいい」
「ほ、ほんと?」
メイクが終了した段階での日向子の素直な感想に照れ照れもじもじしてる結安がやっぱりかわいい。前から思ってる通りこれは守ってあげたくなるわ。学校の中には結安のことをいいなあと思ってる男子が結構いるんじゃないかと思う。
温めたヘアアイロンを髪に当ててくるんと巻いていく。
「こまりちゃん、上手だね」
「うん。わたしよりもうまいと思う」
「へへ。高校入学前からずっと練習してたからね」
最初の頃は右手であれこれするのは苦労した。左手を使うこともある。今はだいぶ慣れたこともあるし後遺症も少しずつ改善はしている。今でもリハビリ的なことは家でしてるからね。
「できたよー。うん、いい感じ」
「結安、かわいい!」
「はい。鏡」
卓上鏡を手渡す。まじまじと自分の顔を眺める結安の顔がほんのりピンク色に染まって輝いてる。メイクのせいだけじゃない。とっても嬉しそうな笑顔にわたしも嬉しくなる。
「全部録画してあるからLIMEで送っとくね」
「メイク落としの感じもあとで教えるね」
「ありがとう。こまりちゃん、日向子ちゃん。家でも練習してみるね」
洗顔とスキンケアからメイク、ヘアアイロンまで日向子がスマホで録画していた。自分自身がメイクされている動画を見ればメイク慣れしてない結安もそのうち上手にできるようになるでしょ。夏休みもそろそろ始まるしね。
「それにしてもどういうつもりか聞いてみたいよね?」
「そしたら蓮に頼んでみようか?」
「それいいね。さすが持つべきものは幼馴染」
「じゃあ、今日の夜にでも聞いてみるよ」
「あ。それなら期末テスト前の勉強会とかも提案してみたら。なにか進展あるかもよ」
「べ、勉強会?」
「結安。渡合くんに御礼したいでしょ? まだできてないって言ってたからさ(通い妻で充分御礼になってるとは思うけど)」
「う、うん。そうだね。渡合くん、わたしのせいで中間テストお休みだったし期末テストでがんばるって言ってたしね」
「それまでに結安も自分でメイクをできるようになっておこうね」
「ええ。それまでに? それは無理だよー」
「んじゃ。せめて夏休みが始まるくらいには。夏祭り行こうよ。みんなで浴衣着てさ」
期末テストが終わったら高校初めての夏休みだ。みんなと一緒にできるだけ会いたい。
「いいねー。男子も誘う?」
「そうだね」
「わ、わたし。浴衣持ってない」
「そうなの? 買う? それともわたしが小学生の時の使う?」
「さすがに買った方が良くない?」
「そっか。あんまり子どもっぽくてもね」
普通に似合いそうな気もするけど。
「ありがとうこまりちゃん。考えてみるね。そろそろケーキ食べる?」
「「食べる!」」
結安が作ってきてくれたレモンパウンドケーキを食べながら流行りの話や学校での他愛もない話をした。楽しい時間はあっという間に過ぎて駅まで送っていった。
帰る道々、LIMEを入れる。
『夜10時ベランダ』
これでよし。
『OK』
返信はや。秒か。いつも返信早いなあ。期末テストに向けて勉強でもしてたかな?
結安のことではあるけれど蓮に会えるのは嬉しい。家が隣でほんとに良かった。用もないのに呼び出しとかはできないけど。
そして約束の時間。
夕食とお風呂を終えて、約束通りベランダの手すり越しに蓮と顔を付き合わせている。初夏が終わってもまだまだ本格的な夏には遠く感じる夜風。洗い上げた髪を通り抜けて心地いい。
「と、いうわけなんだ」
結安が渡合くんを好きということは蓮には秘密にしたせいでうまく話せなかった気もするけど一通り話し終えた。蓮が結安のことを好きかもしれないし、そんなことは言えない。わたしとしてもこんな話を蓮とするのは思うところはあるけれど結安のためにもがんばりたい。
「で。渡合に誰か好きな女子がいないか探れってこと?(やっぱり大森さんて渡合のこと好きなんだな。隠したつもりみたいだけど丸わかりだよ)」
「うん。そんな感じ」
わたしから言い出したことなのに、ごめん結安。わたしの口からはここまでしかお願いできなかったよ。
「俺としては聞き出すようなことはしたくないんだけど」
「……それもそうか。じゃあ、それは無理に聞かなくてもいいよ」
「分かった。でもさ、渡合ってやっぱり大森さんのこと好きだと思うんだけど?」
「あれ? 蓮もそう思う?」
なんだ。蓮も日向子もわたしもそう思ってるんなら可能性が高そう。ていうか、平然と言うけど蓮はそれでいいの?
「だってさ。おおまりと大森さんが中庭で抱き合ってた時とかずっと眺めてたし。それくらいの頃からずっと大森さんのこと目で追いかけてる気がするし」
「中庭で? ああ。あの時か」
ん? どこで見てた? ずっと眺めてたってことを知ってるということは渡合くんだけじゃなくて蓮も結安を見てたってことじゃない?
「……何で蓮がそんなこと知ってるのよ」
「え? あ、あー。偶然窓から見かけてさ」
不思議に思いつつ睨んでしまった。取り繕うような仕草が余計に不信に感じてしまう。
「ずっとって言ってたじゃない」
「いやまあ。廊下でずっと渡合と一緒に話してたからさ?」
辻褄が合わないこともない? わたしは頭悪いからよく分かんないよ。
「ふーん。そういえばその頃から渡合くんと二人でいることが多くなったよね?」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
もしかして渡合くんを好きな結安と日向子みたいに、二人で結安のことを好きになったのが分かって意気投合したとか? やっぱり蓮は結安のことを好きなんだ。という結論にたどり着くような気がする。結安のことが好きなのかどうなのか聞きたい気持ちは今でも抱えている。
「あとさ。期末テストの前にみんなで勉強会しようって誘ってよ。結安がずっと渡合くんに御礼したいって言ってるし」
「分かった。明日にでも聞いてみるよ。あ。松本さんもくるんだよな? そしたら秋也も誘っていいか?」
ん? 日向子がくると秋月くんも誘うの? 6人までなら図書室とかでできるかな?
「もちろんいいけど。秋月くんもすっかり仲良しだよね。蓮てああいうチャラいタイプ苦手じゃなかったっけ?」
「あいつチャラそうに見えて気が利くいいやつだよ。秋也は松本さんに色々アピールしたいみたいだからさ? 友達としては応援したいじゃん?」
「おおー。そうなんだ。そんなことわたしに言ってもいいの?」
「秋也が隠すつもりないって言ってたから」
でも日向子は渡合くんに振られたばっかりだしなあ。しばらく無理じゃないかな?
隠すつもりがないか……わたしは隠したままでいいのかな? 蓮は隠してることとかないかな? 蓮は結安のことが好き? なんで苗字で呼ぶの? 二人の時はなんでおおまりなの? わたしのことは好きじゃないの? 聞きたい思いが募る。そう。わたしは蓮に聞きたいんだ。
そう思ってひんやりとしたベランダの手すりに抱きつくように体をもたれていた。この体制だとわたしの方が目線が低くなる。これくらいの身長差だったらわたしのことを好きになってくれたかな? そのまま視線だけ見上げて蓮の瞳を見つめてしまっていた。
「……なんで風呂上がりなんだよ?」
「や。ご飯食べたあと少し時間があったからお風呂に入っとこうかなって。考え事してたら約束の時間ぎりぎりになっちゃった」
お風呂に入ってる間もそんなことばかり考えていたから。だから髪の毛を充分に乾かせていないで濡れたままだったりする。濡れた髪が肌とパジャマに少し張り付いて鬱陶しいし、首にかけてある濡れたタオルが冷たい。
「お前さ……油断しすぎだろ?」
「油断? なんで?」
「こういうこと」
心臓が止まるかと思った。キスでもされてしまうかと思った。お互いのベランダの距離はとても近い。ベランダを軽々と飛び越してきた蓮がわたしに覆い被さるような体制になって顔がとても近い。
こんな状況にわたしの鼓動がどんどん大きく速くなっていく。
「もっと気をつけろよな。じゃないと危ない」
「危ないって?」
「そんな無防備じゃ男に襲われる」
「そんなことあるわけないじゃない。うちのベランダなんだし」
なんだかよく分からないこと言ってるけど、もしかしてわたしのことを心配してくれてる?
聞きたい。聞きたい。聞きたい……聞きたい。
聞きたい気持ちがどんどん膨れ上がって心の中はそれだけになっていく。
「ねえ……蓮は好きなヒトいるの?」
「…………いる」




