16センチ 下りのホーム
わたしは体育館の裏で渡合くんを待っている。
告白をするために。
結安とこまりには休み時間に廊下で報告してある。
『結安。こまり。わたし、渡合くんに告白する』
『おー。告白前にわたしたちに報告するなんてすごい勇気だね』
『ひ、日向子ちゃん、がんばって』
こまりが素直に関心してくれている。ライバルの結安は内心複雑だとは思うけどちゃんと応援してくれる。結安の応援はとても簡単な言葉だけど性格を考えたらとても必死に言ってくれてると思う。
『うん。渡合くんの下駄箱に手紙も入れておいた。今日の放課後、体育館の裏で想いを伝えてくる』
これでもう後戻りできない。絶対にしない。決意をうやむやになんてしない。
中学の時のわたしは入学したばかりの結安とおんなじような感じだった。おどおどとはっきりしないでみんなの顔色をうかがってばかりいた。そのせいかずっとぼっちでいたけど三年になる時に一大決心してサバサバ系女子としてがんばることにした。今ではすっかりそのキャラでうまく立ち回れている。
『二人よりも先に彼氏を作って薔薇色の高校生活を送るから』
『強気だねー』
『ふ、二人がうまくいったらわたしちゃんとあきらめるから』
強気と言っても内心はドキドキが止まらない。今日の授業なんか全然耳に入ってこなかった。タイミング的にも今が一番いいと思ってる。期末試験の直前で振られたらテストに集中できないし、夏休み前に告白して振られたら休みの間中一人で悲しいのは嫌だ。て、失敗する未来ばっかり心配してしまう。元々の性格が消えてなくなったわけじゃないからほんとは逃げたい気持ちもある。だからこその宣言。
告白をする決心ができたのは調理実習の時だった。
『あつっ!』
『え? 大丈夫!? 火傷してない!?』
レシピの通り煮崩れしないように牛肉を焼いていたら、うっかりフライパンを直接触ってしまってとても熱かった。
一緒に牛肉の調理をしていた渡合くんがすかさずわたしの手を取って流水に当ててくれた。わたしの手を大きな手が優しく包んでくれている。頼もしい横顔をチラリと見上げると心臓が激しく騒ぎ出す。わたしの手は流れる水で冷やされて痛みは和らいだけど心の中は真っ赤に大火傷をしていた。それこそわたしの顔から火が吹くんじゃないかと思うくらいだった。渡合くんを好きだと想う気持ちであふれていた。
女子の間でも大人気の渡合くん。誰にでも優しくてすぐに助けにきてくれる。なんでそこまでしてくれるの?と思うくらい。その上、背が高くてランクがかなり高いイケメン。自分は特別と勘違いした女子はわたしも含めてみんな好きになってしまうのはしょうがない。更衣室で少し言い争った女子だけじゃなく撃沈した女子はクラス内外にも先輩にもいるらしい。だからこそ告白したい。自分の想いは本物だと。
そして目の前に渡合くんがきてくれた。
「渡合蒼空くん。あなたのことが好きです。わたしと付き合ってください」
「……想いを伝えてくれてありがとう。だけどごめんなさい」
渡合くんが腰が折れるかと思うくらいに頭を下げた。
「あー。やっぱりかあ。断られると思ってたんだよねー」
心の中では泣きそうなわたしが虚勢を張っている。サバサバした感じでいれば相手にもそこまで負担をかけないで済むとわたしは思ってる。つまり何かあってもすぐに元の関係に戻れると。
「きっぱりあきらめたいから一個だけ聞いていい?」
「何?」
「好きなヒトいるよね? 結安のこと好きだよね?」
見てればなんとなく分かる。他の女子は気づいてないみたいだけどわたしは気づいてる。結安にだけとても優しい笑顔を見せていることを。
「……俺は……誰とも付き合わないから」
否定しないってことはやっぱり結安のことが好きかも。渡合くんは優柔不断なことを言わないタイプのはず。そしてとても悲しそうな顔をしてそんなことを言った。そんな表情されると気になるじゃない。
「誰とも? でも好きってこと?」
「……ごめん」
また否定しない。背中を向けて行ってしまった。誰とも付き合わないっておかしいでしょ。高校生なんだよ。まだ一年だし勉強に集中したいとかそんなんじゃないよね? まあでもそういう考えの男子もいるか?
まあいいや。待ってる二人に報告をしに行こう。
「日向子!」
「日向子ちゃん!」
通学路から少し外れた場所に小さな公園がある。ベンチで座ってた結安とこまりが駆け寄ってわたしを迎えてくれた。わたしが何か言うまで待っててくれてる。
「へへー。告白してきました! 見事に交際を断られました!」
あっけらかんと元気に振る舞って結果を伝える。
「そっか……がんばったね」
「日向子ちゃん大丈夫?」
「ん? 大丈夫だよ?」
「だって……日向子ちゃん、すごい悲しい顔をしてる」
「え?」
わたしが悲しい顔? そんなことない。今、わたしはとても元気にしてる。そうじゃないと二人に悲しい想いをうつしてしまう。だから悲しくなんてない。
「日向子。おいで」
背の高いこまりがわたしの肩を引き寄せて優しく抱きしめてきた。なんだお前は。イケメンか。振られてすぐでなんだけど女子相手にうっかり心臓がドキリとしてしまった。
そして小さい結安がわたしの夏服の裾を引っ張ってぐすぐすと泣き始めた。
あー。結安はほんとにこれだから。そんなに泣かないでよ。でないとさ……
「泣いていいんだよ」
わたしを正面から見つめる凛々しい視線と優しい声。頭を胸に引き寄せてぽんぽんと撫でてくれるこまり。かっこいいか。
涙がぽろぽろと頬を伝った。勝手に流れるな。そんなに流れると。
次の瞬間には声をあげて泣いていた。
しばらくの間、こまりと結安がわたしを抱きしめてくれていた。
「渡合くんは誰とも付き合わないって言ってた」
自動販売機で買ってきてくれた甘い炭酸ジュースで一息。冷たい天然水も買ってくれて、濡らしたタオルで泣いた目元を冷やしてる。
「なんで? 理由は?」
「理由は聞いてない。だけどさ……思うんだけど渡合くんて結安のことが好きなんじゃないかな?」
「わたしもそう思うなあ」
「だよね。わたしとしては結安と渡合くんが付き合ってくれたらきっぱりあきらめられるし、早く新しい恋を見つけたいから嬉しいんだけど」
他の女子に下手にくっつかれるよりも友達の結安がうまくいってくれた方がいいに決まってる。そんなのわたしが決めることじゃないけど。それにいつまでもわたしを振った男子のことなんて考えていたくない。そういうとこもサバサバ考えてた方が気が楽だ。
「だけど誰とも付き合わないって言うなら結安が告白しても断られちゃうよね?」
「そうだよね。だから無理に告白をしない方がいいとは思うんだけど……」
「どうする結安?」
こまりの質問に黙ってしばらく考えてる結安。
「わ、分かんない。二人はそう言ってくれるけどわたしなんかって思っちゃうし。だ、だけど、日向子ちゃんが勇気を出して告白したんだもん。わたしもがんばらないとだよね?」
「や。無理してがんばることはしなくていいと思うよ」
「そうだね。結安の気持ちが一番だと思う」
「うん……」
そう。こまりの言う通り結安が言いたくなったら告白すればいい。内気な結安のことだからいつになるか分かったものじゃないけど。それよりも。
「こまりは早く告白した方がいいんじゃない?」
「え? 結安には無理しなくていいって言ったのにわたしにはなんで?」
「そうでないとわたしが困るんだよ」
「は? 何が困るの?」
こまりがわけが分からんて顔してる。
そう。うっかりドキリとしてしまった。心が弱っている時にこまりの行動はかっこよすぎる。わたしの心が変になる前にとっとと付き合ってほしい。
「今日はありがとう。じゃあね」
こまりと結安に手を振って下りのホームに向かう。振られたショックはまだ収まりきれてなくてついつい顔が下を向いてしまう。電車の中で思い出し泣きをしてしまわないか心配になる。しばらくホームのベンチにでも座ってるかな?
二人にいっぱい慰めてもらったけどわたしの弱いところは直ってないんだなあと実感する。
電車に乗ることさえも気が重い。弱い足取りでエスカレーターを降りると秋月秋也がいた。
「よ。元気?」
にかっとした笑顔でチャラそうに両手を振ってる。
元気じゃないよ。
「なんで秋月がいんのよ」
「べっつにー。知ってた? 俺って松本さんと家が同じ方向なんよー」
「知らない。別にどうでもいいし」
実際、どうでもいい。秋月は悪いやつじゃないけどチャラい感じの男子は好きじゃない。渡合くんみたいな誠実な人がいい。中村くんは礼儀正しいけど実はイタズラっぽいところがあって油断がならないヒトだと思ってる。
「一緒に帰ってもいい?」
「は? やだ」
「即答! じゃあ勝手に隣にいるわ」
「なんでよ?」
「んー。松本さんの隣に誰かがいた方がいいかなって思ってさ」
はあ? どういうこと? なんでそんなにしつこいの? 待てよ? ……わたしが渡合くんに振られたことを知ってる?
「あんたねえ。もしかして盗み聞きでもしてた?」
「べっつにー。弱ってるところにつけ込もうなんて思ってないよ?」
「思ってんじゃん」
正直に言う秋月のセリフにちょっと笑ってしまった。まあいいや。こんなやつでも優しく気を遣ってくれてるのは間違いない。今はチャラい笑顔に救われておこう。
見上げると到着する電車とホームの屋根の隙間から少しだけ青い空が見えていた。




