15センチ 洗い終えた包丁
「結安。あなたは黙ってて!」
「そうだね。結安が手を出したら絶対に許さない」
「……はい。分かりました」
こまりちゃんと日向子ちゃんの必死な剣幕に押されてこくんと頷く。
「俺としては大森さんが率先してやってくれた方がいいんだけど。なあ渡合」
「俺も中村の意見に賛成かな? ね。大森さん?」
「えーと……」
渡合くんにうまく返事ができなかった。渡合くんの家におじゃましてからずっと、渡合くんと面と向かって接することができていない。名前で呼んでほしいと言われてどうしたらいいか分からない自分がいるから。苗字でも名前でも呼ぶことができずに、あの、とか、その、とかでしか声をかけられていない。
「わたしたちが作るご飯は食べれないと?」
「今どきは男子だって料理くらい作れるよね?」
こまりちゃんと日向子ちゃんに睨まれる渡合くんと中村くんがたじろいでる。
「できないけど料理できる男子ってモテる!?」
秋月秋也くんから日向子ちゃんに返事を期待する声が上がった。
「できないよりできた方がモテるよね」
「それは間違いないけど秋月みたいにチャラいヒトは論外」
「ええー」
渡合くんと中村くんの二人はしばらく前から一緒にいることが多くて、もう一人秋月秋也くんも最近になって加わったらしい。三人でいつも何かしら楽しそうに話している。入学してからしばらくの間、寂しそうな悲しそうな表情を見せることがあった渡合くんだけど最近はそういうことが少なくなってる気がする。
「此花さんと松本さんは料理したことあるの?
(おおまりがしたことあるわけないの知ってるけど)」
「「ない!」」
中村くんの質問にきっぱりはっきり答えるこまりちゃんと日向子ちゃんが清々しい。
クラスのみんなが夏服の上にエプロンを身につけて頭に三角巾をかぶってる。家庭科の調理実習でお昼ご飯を作るために6人でグループを作って取り組むことになった。
「わたしはバレーボール命だったから料理なんてする暇なかったしなあ」
「わたしは家事全般したことなーい。結安みたいに料理上手にはなりたいけど」
「わたしは家事しか取り柄がないから」
「料理以外もするの?」
「洗濯とか掃除も?」
「うん。両親とも忙しいから」
「それは大変だね」
「勉強もがんばってるのに偉いなあ」
「偉くなんてないよ。好きでしてることだから」
「「お嫁さんに欲しい」」
こまりちゃんと日向子ちゃんに抱きつかれた。二人に挟まれて苦しいけど嬉しい。
「俺は女子が作るものならなんでもオッケー!」
「お前は調子いいこと言うなよな。そんなんだから女子に逃げられるんだよ」
「秋也は絶賛彼女募集中だから女子なら誰でもいいんだよな?」
秋月くんの軽口に中村くんと渡合くんが順番にツッコんでる。
「蓮も蒼空もひどい! そんなことないから! いや彼女になってくれるなら喜んで! 松本さん俺なんてどう!? 絶対に尽くすよ!」
「発言がチャラすぎてなさすぎ」
「俺、実はかなり誠実だよ! 信じて! 今から作る料理で証明するから!」
ご飯を作る上で大事なことを学ぶ調理実習。食材の味、栄養、調理性。衛生面。盛り付け、配膳などなど基本の調理法を身につけるためのものと先生が説明していた。朝食、お弁当、夕食、お菓子も作るわたしにとっては当たり前のことであまり手を出さない方が良さそう。
「それならまずは野菜切って」
「オッケー。ニンジンどんな風に切ればいいの?」
「俺も切るよ」
こまりちゃんと一緒にビーフシチューに入れるためのニンジン、玉ねぎ、セロリを包丁で切り始める秋月くんと中村くん。わたしはおとなしく見守ることにしたけど三人とも手つきが危なっかしい。
「ねね。渡合くん、こっちを手伝ってくれない?」
「何をしたらいい?」
「わたしたちは牛肉の仕込みからやればいいんだよね?」
「どうするんだっけ?」
「えーとね?」
日向子ちゃんが渡合くんの隣に寄り添う形でレシピを覗き込む。二人の顔がとても近い。笑顔で嬉しそうな日向子ちゃん。最初は渡合くんと一緒に作業することが目的だったと思うけど、調理に真剣に取り組み始めてる。
そんな日向子ちゃんを視線で追う秋月くんの手が止まっていて「ぼけッとしてないで手を動かす!」と、こまりちゃんに叱られてた。
日向子ちゃんはわたしに接してくれる感じとかも含めて真面目で真っ直ぐでいい子なんだなあと素直に思う。そして日向子ちゃんの積極的な性格がうらやましく感じてしまう。お互いに遠慮しないと約束をしたからもやもやはしないけど、渡合くんと楽しそうにしている光景はやっぱりちょっと気持ちが苦しい。わたしって心が狭いのかなあ。
何もしていないと余計なことを考えてしまうので、日向子ちゃんの隣に立って誰でもできるブーケガルニを用意することにした。ブーケガルニはセロリの葉やタイム、ローリエとかをタコ糸で縛って一緒に煮込むもの。臭みをとったり香り付けをすることでよりおいしくなる。
「わ!」
秋月くんがびっくりして飛び退いてる。こまりちゃんの右手から包丁がこぼれ落ちて秋月くんの足元に落ちたから。
「ごめん! 大丈夫!?」
「当たってないから大丈夫! 気にしなくて大丈夫だよん♪」
ニカっとひまわりみたいな笑顔を見せる秋月くん。チャラいのに一部の女子に人気があるという話を聞いたことがあるけど理由が分かった気がする。
「こ、怖わー。包丁くらいうまく使えないと嫁のもらい手ないぞー」
「え。そ、そうかな?」
隣の班にいる男子からの言葉に、思いの外ショックを受けていそうなこまりちゃんが左手で右手をさすってる。
「そういうこと言う男子はモテないからな♪」
「うわあ。いまどきそんなこと言う男子最低」
「ええ!? ごめん! 此花さん、ごめんね!」
「……うん」
秋月くんの言葉と日向子ちゃんに白い目を向けられて慌てて謝る男子にきっと悪気はなかったんだと思う。だけど表情が沈んだままのこまりちゃんにとっては重たい言葉だったのかもしれない。
中村くんが包丁を拾い上げて洗ってる。
「右手、大丈夫か?」
洗い終えた包丁をこまりちゃんに手渡す中村くんの視線が優しい。
「大丈夫。もう落とさないように気をつけるから。わたし、がんばってもいいかな?」
こまりちゃんが下を向いておずおずと上目遣いの感じで中村くんを見ているんだけど、わたしたちみたいに背の低いヒトからしたら上目遣いになってなかった。そしてうっすらと涙が滲んでる。そんなこまりちゃんに苦笑する中村くん。
「もちろん。ほら、これ使って」
「もう。これ台ふきんじゃない」
まだ使っていない布巾を渡す中村くんにつの口するこまりちゃんがかわいい。
「うまいビーフシチュー一緒に作るんだもんな」
「うん! 蓮のためにおいしいご飯作りたい!」
「た、楽しみにしてる(そんな顔して言うなよな)」
こまりちゃんのあまりにも分かりやすい笑顔と言葉に中村くんが顔をそらして玉ねぎを切り始めた。その後は二人で軽口を言い合いながらいつもの感じで野菜を切っている。
「こまりも天然なとこあるよね」
「うん。かわいい」
わたしと日向子ちゃんでぼそぼそと言葉を交わす。
「なんかさ。前から思ってたんだけど中村くんてこまりに気があるんじゃない?」
「わたしもそう思うんだけどなあ」
「なんとか応援できるといいんだけど」
「早くくっつけばいいのにね」
そんな秘密の会話をみんなの前でしながらにっこりと顔を見合わす。こんなやりとりをできる状況がとても楽しい。中学の時はこんなことは一度もなかったから。わたしは間違いなく友達と一緒に高校生活を楽しめている。それはきっとこまりちゃんと日向子ちゃんにしっかり向き合ったからできたこと。
「あー。俺も青春したいなあ。渡合もアオハルしたくない?」
「俺は……何言ってんだ秋也。調理実習もそうだろ?」
こまりちゃんと中村くんをうらやましそうに眺める秋月くんの目にもそう見えてるのかな? 秋月くんの問いかけに反応した渡合くんの表情が曇ったように見えたのは気のせい?
「日向子ちゃんも気を取り直して始めようね。あんまり遅いとわたしが手を出しちゃうよ?」
「それはダメって言ったでしょ!」
「はーい」
「この赤ワイン飲んだらダメかな?」
「秋月くん、酔っちゃうよ?」
「わたしも飲んでみたいな」
「此花さんが飲んだらすごい絡んできそう」
「絡んであげようか? 蓮」
「ええ。怖いんだけど」
「結安が酔ったらどうなるか見てみたい!」
「や。日向子ちゃん、何を期待してるの?」
「(それは見たいかも)」
なんでか渡合くんがわたしを見てた。
その後、みんなで協力して調理が完了。わたしもちょっとだけ手伝った。
お昼ごはんはできあがった料理をみんなで実食。赤ワインを使った本格ビーフシチューと手作りゴマだれの温野菜サラダはしっかりおいしかった。
男子と女子で混じって会話をしながらご飯を食べるのもいつもと違ってとても楽しい。後片付けも和気あいあいと笑いながら調理実習を終えた。
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「こまりちゃん、先に行ってるね」
「うん」
片付けと点検、レポートを書き終えたみんなが調理実習室から出ていく。結安たちも先に教室に戻らせた。休んだ女子の代わりに日直を請け負ったわたしはみんなから調理実習レポートを集めるために最後まで一人で残っていた。
「わたし、お嫁さんに向いてないのかなあ?」
男子に言われたことを思い出していた。怪我の手術をしてからもうだいぶ経っている。リハビリもしっかりやって日常生活にはほぼ問題ないけど右手の握力は戻らないし、箸を落としたり不便なこともある。包丁を落とすなんていう危ないことをしてしまった。そう思うと男子の言う通りだ。
それに他にも思い当たることが多すぎてかなりダメージが大きかった。わたしって脳筋だし、ガサツだし、でかいし。ちょっとくらいはメイクを覚えて女らしくなろうとはしてるけど結安みたいにはなれない。
「おおまり」
「蓮。まだいたんだ」
調理実習室の扉にもたれかかってる蓮。
「俺が料理をしたっていいんだからな」
「え?」
蓮の柔らかい眼差しが真剣そのものだった。
「今どきは料理男子がモテるんだろ?」
そう言い残して口元に笑みを浮かべてから背を向けて姿が消えた。
何もない天井を見上げる。
蓮。わたしを振った蓮。
どういうつもりでそんなこと言うの?
わたしは蓮のことが今でも好きなんだよ。




