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13センチ 冷やしたタオル

『今日の夜と明日の朝のご飯が冷蔵庫にあります。レンジで温めて食べてください。家の鍵をかけるためにスペアキーをお借りします。明日も学校をお休みするようならまたお邪魔します』


部屋のゴミをまとめたり食器とかの洗い物を終えた後、食卓にメモを書き置きして渡合くんの家を後にした。

そういえば、猫はどうしたのかな? 猫は家のヒト以外には姿を見せないこともあるからきっとどこかに隠れていたんだろう。


夜になって渡合くんの家でのことをこまりちゃんにLIMEをしたら『細かいことは明日直接聞きたい!』ときた。直接言うのも恥ずかしい。

明日、渡合くんは登校できるかな? 夜も一度くらい訪ねようかと思いはしたけど何度もお邪魔するのもどうかと思ってやめにした。


翌日のお昼休み。中庭のいつもの場所でこまりちゃんとお弁当を広げてる。二人きりで内緒の話をしたいから。


「数学無理。難しかったあ。わたしは文系だなあ」

「わたしはどっちかって言うと理系かな?」

「どっちにするかなんてまだ決められないよね。テストはどうだった?」

「あんまりよくなかった」


どの教科も悪すぎはしないけど良くもない点数。渡合くんのせいにしてはいけないけど、わたしのせいで風邪をひかせてしまったことが心苦しくてテストに集中できなかった。本番のテストで結果が良くないのはいつものことだけど。


「今日も渡合くんお休みだったね」

「うん……大丈夫かなあ」


あれからもっとひどくなってるのかもしれない。今朝、渡合くんの家の前を通った時も気になってしょうがなかった。


「さっき蓮が言ってたけど明日には登校するみたいよ。今日の授業はほとんどテストの返却だし他のヒトにうつさないように無理してこないことにしたんだって」

「ほんと!」


いじいじとお弁当箱の中身、花の形に飾り切りしたウインナーをつついていたところに嬉しい知らせを聞いて飛び上がる思いだった。


「結安、嬉しそうだねー。顔がニコニコしてる」

「そ、そうかな? 中村くん、渡合くんとLIME交換してるんだ。こまりちゃんも中村くんとLIMEしてるよね」

「わたしと蓮は中学の時に交換してるから」

「いいなあ。わたしも交換したい」

「結安からお願いしてみれば?」


こまりちゃんがにまにましながら聞いてくる。こまりちゃんの意地悪。わたしからなんてできないの分かってるくせに。


「そんなの無理だもん」


またウインナーをいじいじとしてしまう。


「そうだよね」

「今日も様子を見に行ってみようかな……」


お休みするならお邪魔しますとメモに残してきちゃったし。


「いいんじゃない? 寝込みを襲っちゃうとか?」

「そんなことしないよ!」

「首に手を当ててドキドキしちゃったんでしょ?」

「それは……うん……」


昨日のことを思い出して顔が真っ赤になる。こまりちゃんには根掘り葉掘り聞かれて全部喋ってしまった。


「次の授業は体育だったよね。早めに更衣室に行って着替えよう」

「あ。わたしまだ食べ終わってないから先に行っててくれてもいいよ」

「そう? じゃあ先に行ってるね」

「うん」


遅れて更衣室に行くとこまりちゃんの姿はなかった。もう体育館に行ったかな?

更衣室に残っている女子は松本さんを含めた四人。サクッと着替えて更衣室を出ようとしたら……


「大森さん。ちょっといいかな?」

「え? うん」


残っていた女子のうちの一人がわたしに向けて目尻を釣り上げてる。後ろにいる二人の女子が同じようにわたしを睨んでる。


「大森さんて中村くんと付き合ってるの? それとも渡合くんと? 大森さん、二人と登下校したりデートしてるって噂になってるんだけど。どう? 付き合ったりなんてしてるの?」

「え? いや。あの」


急な話の内容と語気の強い言葉にわたしの心が緊張で震えていく。


「否定しないの? もしかして二股かけてるの?」


二股? そ、そんなこと言われても。


「いい? この子とこの子はね。それぞれ渡合くんと中村くんに告白したの! だけど断られたって! 大森さんのせいじゃないの!?」

「わ、わたしのせい?」


外にまで響いてしまいそうな剣幕にわたしの心が硬直する。これまで失敗ばかりで誰とも深く関わることなくおとなしく生きてきたわたしにとって、こんな風に責められるのは初めてのことだった。


「大森さんみたいにかわいこぶって男子に助けてもらいたがるあざとい女がいるとみんなが迷惑するんだから! もうやめてくれる!」


視界が揺れる。まるでどしゃぶりの雨の日のように。涙があふれる。

わたし、そんなつもりなんてないのに。


「ほら! そうやってすぐに弱いフリする! 泣いて誤魔化すな! 二人のことをほんとに好きなヒトがいるんだから邪魔しないでくれる!」


誤魔化してなんて……気持ちが強張る。どうしたらいいか分からなくて足がすくむ。自分がどんどん小さくなって消えてしまいそうな感覚になる。


「だから嫌われるって言ったでしょ?」


わたしの肩にポンと置かれる手にびくっとする。


「ま、つもとさん?」

「大森さん。言われっぱなしでいいの?」


いつの間にか松本さんが隣にいた。


「何? 日向子ひなこは大森さんの味方をするの?」

「そういうわけじゃないんだけど。大森さん、そんなんじゃ負けるよ」


松本さんの少し笑ったような真剣な目がわたしを見てる。

負ける……似たようなことを言われた。そうだ。こまりちゃんだ。負けないように勝負をしろって。ヒトを押しのけてでもちゃんと自分の気持ちに自信を持てと。遠慮しちゃいけないって。松本さんもわたしに負けないと宣言していたことを思い出した。

自信はないけれどちゃんとしっかり自分のことを伝えないといけないんだ。いつまでも緊張して何もできないままじゃダメ。わたしが自分でちゃんとしないと。


「あ、あの……」

「何よ! 言いたいことがあるなら言いなさいよ!」


強い口調に気持ちが萎みそうになる。けど……


「わ、わたし……わたしは二股なんてしてない。中村くんはわたしのとても大事な友達の大事なヒトだから。仲良くはしてもらってます。あ、あと……わ、渡合くんとも付き合ってないです」


「それなら余計なことしないで……」

「でも! わたしは渡合くんのことが好きです! 大好きです! 遠慮なんてしない! まだ何も始まっていないけど、わたしは渡合くんのためにがんばる!」


涙をこぼしながら大きな声を出していた。

釣り上がった目尻を見返してしっかりと宣言できた。

渡合くんを好きという気持ち。こまりちゃんと松本さんへの気持ち。自分がうまくできないこと。いろんな想いがあふれて涙が止まらなかった。


「大森さんよく言ったね」

「結安! がんばったね! 偉い!」


更衣室の扉を勢いよく開けて入ってきたこまりちゃん。


「こまりちゃん、なんで?」

「結安が遅いから心配になって戻ってきたんだよ」


隣にいた松本さんとこまりちゃんがわたしの頭をなでてくれる。こまりちゃん、黙って聞いて扉の向こうで応援してくれていたんだね。


「あんたたちね。この子はあざといんじゃなくて天然なの。これがこの子の強みなんだから。そういうことだしもういいでしょ?」

「え? う、うん」


松本さんの言葉にちょっと狼狽えながら反応する三人。


「結安が言った大事な友達っていうのはもちろんわたしのことね。それとだけどさ。わたしの好きなヒトは中村蓮。わたしも遠慮しない。そういうことでよろしく」

「へー。此花さんてそうなんだ。じゃあわたしも言っておこうかな。わたしは渡合くんのことが好き。大森さんとはライバルだね」

「(やっぱり松本さんも渡合くんのこと好きなんだ)」


「も、もういいよ」


こまりちゃんと松本さんの言葉に怯みながら更衣室の出口に向かう三人。


「あ。わたしたちはちょっと遅れていくって先生に伝えておいて。それと今の話はここだけのことにしようね」


こまりちゃんが念押しをするように言葉を投げかけると三人は逃げるように駆けて行った。


「涙の後で腫れないように冷やそうか」


松本さんが冷水機で冷やしてきてくれたタオルを手渡してくれる。


「ありがとう。あ、あの聞いてもいい?」


受け取ったタオルを目に当てる前に感謝の気持ちを伝える。そして松本さんに聞きたいことがあった。


「なーに?」

「松本さん。わたしに負けないって言ってたのになんで助けてくれたの?」

「うーん。まあ。正直に言うけど大森さんを見てると守ってあげたくなっちゃうんだよね」

「え? なんで?」

「中学の時はわたしも大森さんみたいなことがあったからさ。今はサバサバした感じにわざとしてるけどね」

「松本さんに声をかけてもらえてなかったらわたしがんばれなかった」

「へへ。力になれてよかったよ」


タオルを外して松本さんを見たら照れたように頭をかいていた。


「うんうん分かるよ。わたしも結安を見てると守ってあげたくなる」


こまりちゃんもわたしのことをそういう風に思っていたんだね?

二人の気持ちが嬉しくてまた涙があふれてしまう。


「あり、ありがとう」

「ほらほら。そんなに泣かないの」

「だって……二人の気持ちが嬉しくて」

「よしよし。此花さんは脳筋だからじゃないの?」

「どういう意味かな?」

「かっこいいってこと。良かったらなんだけどさ。わたしも二人の友達にしてくれない?」

「もちろん!」

「だ、だけど。その、同じヒトを好きなのにいいの?」


わたし、渡合くんと松本さんが二人で楽しそうにしているのを見てもやもやしてしまった。松本さんだってきっと同じはず。


「もちろん渡合くんのことはわたしも好きだからね。だけどせっかく仲良くなりたい女子と友達になれる機会があるのにそれが理由で失くすのは嫌なんだ」


「わたしも松本さんと友達になりたい」

「ありがと。だけど遠慮はしないから」

「うん。わたしも遠慮しないね」


わたしと松本さんの間で何か確かな気持ちが確認できた気がする。


「それじゃあわたしは二人を応援するよ」

「「わたしも応援するね」」

「「あ」」

「「「あはははは」」」


わたしと松本さんのこまりちゃんへの声が重なっていたことに三人で笑っていた。


「二人のこと名前で呼ぶからさ。わたしのことは日向子って呼んでね」

「よろしくね、日向子」

「日向子ちゃん、よろしくお願いします」

「結安、こまり。こちらこそよろしく」


誰からともなく三人で抱き合って背中をぽんぽんし合ってた。

恋のライバルで新しい友達ができた。

辛かったけどとても嬉しいことになって本当に良かった。

三人で体育館に向かう。

校舎と繋がる渡り廊下から見上げた空がとても青かった。

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