10センチ ベランダの手すり
「な、なんでベランダにいるの」
ベランダの手すりに手をかけてわたしに笑顔を向けている蓮を見るとなんだか憎らしい。こんなに蓮のこと好きなのに。
「んー? 大森さんを送って行くおおまりが見えたからさ。ここで待ってた」
待ってたってずっと? 公園までの往復はそこそこあるよ?
手すりにもたれて頭を抱えるように体勢を変えた蓮がわたしを見てる。そんな仕草を見てるだけで胸が締め付けられる。なんでそんなかわいい顔して言うの? わたしも自分の家の格子状の手すりに寄りかかる。手すりと手すり、蓮との距離が近くて緊張する。手を伸ばせば届く。幼馴染でずっと一緒なのに心臓が早鐘を打っている。
「待ってたって。わたしがベランダに出るとは限らないじゃん」
「そうか? 良いことも悪いことも、何かあると空を見に外に出るだろ? おおまりって小さい頃から変わらないもんな」
う。確かにそうかも知んない。ちくしょう。わたしのこと知った風な口をきいて。でもそれってわたしのことを見てくれてるってことでしょ。……悔しいけど嬉しい。
「そんなことないし。蓮こそベランダで何やってるの?」
嬉しいって言葉にして素直になれればいいのに。わたしのバカバカ。
「だから、おおまりを待ってたの」
だからなんでそんなこと言うの! わたしを待ってたって、そんなこと言われたら期待しちゃうじゃない! わたしを振ったくせに! って、叫びたい。
蓮は小さいのに実はモテる。かわいい顔をしてることもあるけど、礼儀正しいし、優しいから一部の女子に人気がある。中学の時、上級生や同級生の女子に告白されたこともあるって言ってた。だけどすべて断って彼女を作ったことが一度もない。誰かを好きになったという話を聞いたこともない。わたしも振られたけど、振られただけならまだ諦めないでいられる。それだけが最後のわたしの希望。
「結安のこと……」
「ん?」
好きなの? と聞きたい。そうすれば色々はっきりする。だけど怖くて聞けない言葉。もしもそうだったら今度こそ本当にわたしの恋が終わってしまう。泣きそう。
「何?」
「蓮はなんでわたしのことをおおまりって言うの! わたし、嫌なんだけど!」
蓮がわたしのことをおおまりと呼ぶのは実はあんまり嫌いじゃない。他の男子は嫌だけど。学校ではなぜかわたしのことを此花さんと呼ぶ蓮。高校に入ってからわたしをおおまりと口にするのは蓮だけ。もしかしたら特別な意味があるのかもしれないと思える密かな自信だったりする。
怒った風にしたのは泣き顔なんか見られたくないから。あ、でも泣いた後の顔してるはず。やだ。急に恥ずかしくなってきた。
「そう? じゃあ、こまりって呼ぶ?」
「え。いやまあうん。それがわたしの名前だし」
それはそれで残念に思ってしまった。
「ふーん。まあまだ、おおまりって呼ぶけどさ」
「何それ!」
蓮が何を言いたいのか全然分からない! わたし脳筋だし、なんだか手のひらでコロコロ転がされてるような気がする!
「部屋から二人が見えて、二人とも楽しそうに笑ってたからさ。安心したよ(叫んでたし)」
「うん……仲直りできて良かった。心配かけてごめんね」
「ほんとだよ。あんまり心配させるなよな?」
心配してくれてるの? わたしのこと想ってくれてるの? わたしのこと好きじゃないの? 聞きたい。聞きたい。聞きたい。でも……やっぱり聞けない。
ぐう。
「あ」
結安のバタークッキーをいっぱい食べたのにもうお腹すいた。蓮にお腹の音を聞かれて恥ずかしい。
「そろそろ夜ご飯の時間だな。俺、戻るよ」
「あ。うん」
部屋に戻ろうとする蓮を最後まで見送りたい。もっと話したい。小さな背中を……追いかけたい。
ガラス戸を閉めようとする蓮がわたしに振り向いた。
「笑顔が見れて良かったよ」
その言葉に心臓がドキリとする。蓮のかわいい顔が穏やかに微笑んでる。蓮の瞳にきっとわたしの瞳が映ってる。
笑顔? それはわたしの? それとも結安の?
まさか聞けるはずもなくて、蓮を見送ってからまるで笑顔のような三日月を見上げてた。
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「今日は二人で中庭でお弁当食べようか? ちょっと話したいことあるし」
「いいよ」
こまりちゃんの誘いのまま二人で中庭に向かった。近くにヒトがいないことを確認して中庭の端っこにある丸テーブルでお弁当を広げてる。
こまりちゃんの家にお邪魔して数日後、やっと二人でいられるまとまった時間がとれた。わたしもこまりちゃんも話したいことがある。
「それでね。わたしは中学の時に蓮に振られてるの」
「ええ? こまりちゃん、中村くんに告白してたんだ。これあげる」
こまりちゃんの口に軟骨入りの鶏つくねを放り込む。
「コリコリしておいしい! 結安、天才!」
「へへ」
「わたしってでかいでしょ。やっぱり蓮は自分よりも背の低い女子がいいみたいなんだよね。だから蓮は結安のことを好きなんだと思うんだ」
男子が自分よりも背の高い女子を嫌がる気持ちは確かにあってもおかしくはないかもしれないけど。こまりちゃんの悩みたっぷりのため息を見てるとほんとにコンプレックスなんだなあと思う。
「そうかなあ? 中村くんはそんなことないと思うけど。あ、それとわたしが中村くんを男子として好きってことはほんとにないから大丈夫だからね」
「うん。信じる。だけど蓮はそうじゃないかもだし」
うーん。こないだ中村くんは友達よりもこまりちゃんを選ぶって言ってたし大事に思ってることは間違いないと思うけどなあ。聞いたことを言いたいけど内緒と言われてるし。それが好きということと直結するかは分からないし。変に期待を持たせるようなことは言わない方がいいかもしれない?
「中村くんはこまりちゃんのことを大事に思ってると思うよ」
「まあ。幼馴染としてかなあ。心配はしてくれてたみたいだし。あれ? でも結安のことを心配してたのかも?」
こまりちゃんは中村くんがわたしのことをほんとに好きだなんて思ってるのかなあ。きっと好きという気持ちが不安になって色々なことを考えちゃうんだろうなあ。好き、かあ。好きという気持ちがあると自分の感情をコントロールできなくなるものなのかな。
「もう一回告白したりしないの?」
「ええ!? できない! 無理! 二回も振られたら二度と浮上できない!」
「そうだよねえ。わたしがそれとなく聞いてみるとか?」
「それもやめてー」
こまりちゃんがテーブルに突っ伏してる。好きという気持ちへの返事が良くないものだったら聞きたくないよね?
「告白なんてすごいなあ」
「すごいって結安は告白したことないの?」
「うん。わたしはヒトを好きになったことがないから」
そう。今までは。わたしはわたしの気持ちの正体を知りたい。
「前にもそんなこと言ってたね? でも、そのうち好きなヒトができるんじゃない? 高校生だし恋のひとつもするでしょ。他の子たちも色々行動を起こしたりしてるよ」
「そうなの?」
「そうだよ。そういえば最近やたらと松本さんと渡合くんと一緒にいることが多いよね? どっちからか知らないけど攻めてるよなあ」
「うん……多分、松本さんからだと思う」
「そうなの?」
「松本さんに負けないって言われたことがあるの」
「おお。宣戦布告だ」
こまりちゃんの話を聞いた今ならその言葉の意味が少し分かる気がする。
休み時間、お昼休み、放課後。ふと気づくと二人が一緒にいるところを目にする。こまりちゃんもおんなじように感じてるんだ。
「こまりちゃん。実はわたしもこまりちゃんに聞いてほしいことがあるの」
「なーに?」
「あのね。渡合くんと松本さんが楽しそうにしてると心がモヤモヤするの」
「え! それってもしかして!」
「こまりちゃん、好きってどういう気持ちなの?」
「ええ!?」
こまりちゃんが変な顔して驚いてる。変顔でも綺麗ってすごいな。
「中村くんといるとどんな気持ちなの?」
「……それをわたしの口から言えと?」
「ダメ……かな?」
「くう!」
こまりちゃんが頭を抱えて悶えてる。
「(わたし、結安に嫌な思いをさせたばかりだし、少しは役に立ちたい)
や、や、やややや、いや。うん。分かった。一度しか言わないから」
「うん」
肩をつかまれて、こまりちゃんの決心した顔がわたしに迫ってきた。
「蓮のかわいい顔が見たい。声が聞きたい。一緒にいるとドキドキする。抱きしめてほしい。息が止まる。心臓がきゅーんてなる。わたしと一緒にいたら嬉しいって思ってもらいたい。わたしだけじゃなくて蓮にも同じように思ってほしい。……わたし、こんなに蓮のことが好きなんだ!
うわ! 涙が出そう!」
一度うつむいてから空を見上げるこまりちゃん。とても顔を真っ赤にしてイヤイヤをするように頭を振るこまりちゃんがわたしの胸に飛び込んできて愛らしい。わたしのために恥ずかしい思いを我慢して感じてることを話してくれたんだ。友達がいるって嬉しいな。
教えてくれたことに思い当たることがいっぱいあった。
「あのね。もしかしたらわたし。渡合くんのことが好きなのかも。一緒にいると心臓がおかしくなりそうで。隣を歩いてるだけで心がふわふわする。だ、抱きしめられて渡合くんの匂いを感じた時はなんだか幸せな気分になったの」
話しながらどんどん顔が熱くなっていく。渡合くんのことを口にすると鼓動が跳ねる。
「抱きしめ!? 匂い!? いつの間にそんなことに!?」
「や。こまりちゃんが朝遅れた時に電車の中で渡合くんに助けてもらって。その……ずっとくっついてた……」
あの時のことを思い出すと今でも頭がおかしくなりそう。顔から湯気でも出てるんじゃないだろうか。耐えきれなくて両手で顔を隠す。
「それで! 何か特別なこと言われた!?」
「う、ううん。その時は何も……でも嬉しかった。あとね。俺のためにご飯作ってよって言われたことある」
「え! それって好きってことじゃない!?」
「そ、そうかなあ」
「多分だけどね。そっかあ。結安は渡合くんのことが好きなんだね!」
好き。という感情でドキドキするだけじゃない。好きという気持ちがじんわりと心に広がっていく。
「わたしは渡合くんが好き……」
言葉にした時。
わたしの心があたたかい音で満たされた。
「やっぱりそうなのかな」
「間違いないと思う。つまり初恋ってことだね」
「初恋……」
初めての単語。
初めての想い。
胸に感じる初めての音。
見上げて青いそら。
そろそろ初夏を感じるほどの晴れ渡る青空の下。
わたしの中の新しい感情が花開くようだった。




