1センチ ワッフルの青いタオルハンカチ
桜舞う。
爽やかな青空を背景に、春風にあおられて舞う花びらの一つ一つに心を奪われていた。去年よりも暖かかった冬の影響で桜の開花が遅れていると朝の番組の天気コーナーで聞いた。入学式を迎える生徒たちを祝福するかのように咲き誇っているのだけれども。
舞う花びらを見てどうしても《《散る》》という言葉に変換してしまう。
散る。という現象にずずんと頭が重くなる。
理由は二つある。
一つ目の理由は、つい一週間前にチルという名前の猫が死んでしまったから。
もうおばあちゃんだったからしょうがないんだけど、生まれたときから一緒だった大事な家族が死んでしまって大泣きをしてしまった。別れは悲しい。
もう一つの理由は、志望校に合格することができなかったから。たった一人、仲の良かった友達がそっちに行ってしまってとても凹んだ。
だけど、この学校は学校でいいところだとは思っている。
先生からも合格できると言われるくらいには勉強していたし学校内での成績も良かった。
なのに不合格だったのは本番に弱いからだと経験則で身に染みている。
子供の頃からのわたしの特技。
いや特技じゃない。元々不器用で引っ込み思案で何事もうまくできる方ではないのだけれど、それに輪をかけてとにかく本番に弱い。
高校受験対策の模試(これも本番カウント)ではいつも合格ラインすれすれだったし。
他にも、小学生の時にがんばっていたダンスの発表会ではド緊張してまともに踊れないどころかグループの子に激突して台無しにしてしまったり。そんな失敗を繰り返しているうちにすっかり自信がなくなってしまった。
まあとにかく、しっかりあれこれ備えても本番に弱いというのがわたしの最大の弱点だったりする。
そんな物思いにふけりつつ、桜を見上げながら校門を通り抜けようと歩いていた。目線を下げた瞬間に鼻にごつんと当たる感触。
桜を見上げて拳を握る女の子に気づかなかった。
「あた!」
「わ! ごめんなさい! 痛かったですか!?」
「だいじょぶ、だいじょぶ」
問題なさそうな明るい声を聞いて安心しながらも相手を見もしないで、ぺこぺこ頭を下げて謝る。
「ごめんなさい! 桜に夢中で前を見てませんでした!」
「はは。わたしもおんなじ。桜に見惚れてて立ち止まってたよ。
そんなに謝らなくてもいいよ?
一年生かな?(めっちゃ小さくてかわいいなあ)」
おじぎをしなくてもいいって言われて素直に顔をあげる。
うわあ。おっきい先輩だなあ。三年生かな?
「は、はい! い、一年の大森結安です!
すいません先輩!」
「先輩? やだなあ。わたし、同級生だよ。此花こまり。今日から同級生だね」
え!? 同級生……わたしと全然違う。
綺麗なヒトでサラリとした長い黒髪に、ナチュラルより少し濃い目のメイクがキラキラとしてわたしの目に眩しくうつる。
わたしなんて眉毛を整えて色つきリップを塗ってるくらいなのに。わたしもこんな風にできたらいいなあ。
そして向かい合って一番に思ったことがある。
身長差が激しい。わたしは143cmしかないけど、このヒトは175cmはありそう。うらやましい!
「一緒のクラスになるといいね?」
「そ、そうですね」
差し出された握手のポーズにちょっと戸惑いながらも右手を軽く握る。
「大森さん、今日からよろしくね」
「は、はい。よろしくお願いします」
此花さん、身長の割には手が小さくてとても柔らかい。それになんだか手が震えてる?
「おおまりじゃん。おはよう」
「え? おはようございます?」
「え? おはよう?」
横から現れた二人のうちの一人から、突然わたしの苗字を呼ばれて挨拶をされたので返事をして頭を下げる。初めて見る男子に呼び捨てにされた。
中学校でも見たことなかったと思うんだけど誰? それに声をかけてきた本人が返事をされて戸惑ってないかな?
「わたしはおおまりじゃない! 高校になってまでその呼び方やめて欲しいんだけど!」
あ、そういうことか。大森とおおまりを聞き間違えたんだ。
此花さんは男子に対して断固抗議の姿勢。
「別にいいじゃん。でかいんだし」
「良くない。高校になってまでそういうのは良くない」
「うわ! ダメだった!?」
もう一人の男子が間に入った。背が低いせいか挨拶をした男子に飛び上がるようにして髪の毛をくしゃっとしてる。髪を触られた男の子は「髪が! 鏡見てくる!」と言って先に行ってしまった。
「まったく。高校になってまで見た目であれこれ言うなんてダメだよな。おおまり。あいつもそんなに悪気はないからあんま怒んないでやって」
この男子はわたしと此花さんの真ん中くらいの身長で、可愛らしさを感じるくらいにとても整った綺麗な顔立ちをしている。
「ありがと、蓮。だけど蓮だっておおまりって呼ぶし」
「俺はいいの」
「なにそれ。大森さんはさっきのやつのこと知ってるんだ?」
男の子に対して少し不満そうなやり取りをしていた此花さんがわたしに聞いてくる。
「ううん。初めてです。おおまりってわたしのことかと思って……」
「そっか。大森さんだもんね。蓮がいつまでもわたしのことをそんな風に呼ぶからいけないんだよ!」
男の子に指をさして怒ったような少し照れたような表情。二人はお互いのことをよく知ってるみたい。
「今のところ呼び方を変えるつもりはないって。えーと、ごめんな。勘違いさせちゃって。俺は中村蓮。でっかいおおまりの幼馴染。キミは?」
「でっかいはいらないんだけど」
「俺よりでかいだろ」
此花さんがほおを膨らして中村くんの目線の高さに顔を近づけてる。視線をふいっとそらせる中村くんのほおがほんの少しだけ赤い気がした。
「お、大森結安です。はじめまして」
「大森さんね。おおまりと仲良くしてね」
「はい。あの……わたし、友達作るの下手で高校で一人ぼっちにならないか心配だったんです」
本番に弱いわたしは友達作りでも失敗ばかりだった。今だって此花さんにぶつかってしまったことで大失敗するところだと思って内心ビクビクしてた。二人が優しいヒトでほんとに良かった。
「ほんと! わたしと友達になってくれるの! 高校生初めての友達、嬉しいなあ」
わたしに向き直って喜んでくれる表情が嬉しい。
そんなわたしたちを見つめる中村くんの瞳がなんだかとてもあたたかいように感じた。わたしたち、じゃなくて此花さんを見てる?
「わ、わたしも嬉しいです」
ペコペコと頭を下げる。
「そんなに頭を下げなくていいって。それにさ、名前で呼んでもいいかな? わたしもこまりって呼び捨てにして欲しいな。あ、こまりは全部ひらがなだよ」
こまりのとこだけ強調して中村くんにアピールしてる。なんだかかわいいな。
「わたしは安心を結ぶで結安です。こまりさんでいいですか?」
「だめ! 呼び捨てじゃない! それに同級生なんだし敬語なんてやめようよ。ね?」
「えと、じゃ、じゃあ。これからよろしくね。……こまりちゃん!」
「おお。でっかい声」
うっかり名前を大きな声で叫んでしまった。
中村くんが目を見開いて驚いてる。中村くんだけじゃない。周りにいた人もこっちをものすごく注目している。
いけない。またやってしまった。ど緊張しておかしな行動をするわたしはこんなことばっかりしてるから友達ができない。
気持ちが固くなって縮こまってしまう。
「あはは! わたしの名前を宣伝してくれてありがとう! どっかの誰かがおおまりって言うから。中学の時は男どもからおおまりって言われてたんだ。こまりを広めてくれた方が嬉しい。だからそんなにうつむかないで?」
こまりちゃんの屈託のない明るい笑顔がわたしの心を解きほぐしてくれるみたいだった。
「広めるつもりはなかったんだけどな(みんなが真似するなんてほんとに失敗だったよなあ)」
ぼそりと困ったように呟く中村くん。
「結安? 鼻血が出てるよ」
「え?」
こまりちゃんに言われて鼻を押さえたら指先が真っ赤になっていた。さっきこまりちゃんの背中にぶつかったときだ。今頃になって鼻血が出てくるなんて。
「やだ」
急に湧き上がる恥ずかしさでしゃがんでしまう。
「えーと、ティッシュは……」
ポケットに入れた覚えはないし、鞄の中はハンカチもなかった。鼻から伝う血がぽたりと垂れてしまいそう。入学初日という本番でいろいろ用意が抜けていた。
うう、メイクもしない女子力のなさが悔やまれる。
「ごめん。わたしも持ってない!」
「おおまり。お前、メイクなんて慣れないことしてきたくせにティッシュくらい持ってないのかよ」
「そう言う蓮は持ってる?」
「持ってない」
「女子力、低っ!」
「女子じゃないし!」
中村くんはとてもかわいい顔立ちをしてる男子だから女子力と言う言葉に違和感がなかった。二人の息のあったやり取りを見て仲のいい幼馴染なんだなあと思う。
「使って」
ワッフルの青いタオルハンカチがわたしの瞳に映る。
見上げると、目の前で屈んでいる男子が差し出してくれていた。
「あ、ありがとうございます。でも、自分でなんとかします」
差し出されたタオルハンカチはとても真新しかった。きっと高校生になるからと新しく買ったもの。そんなのわたしの鼻血で汚すなんてできない。
ぽたりとアスファルトに鼻血が落ちた。まだ鼻血が出てきそう。
「いいから」
わたしの口と鼻に触れる柔らかい肌ざわり。
初めて感じる男の子の手の優しい感触とその大きさに鼓動が跳ねた。




