第2話:『はじめての悪起業、承ります』
早朝。悪の人材派遣会社ヘルワークスのオフィスでは、今日も地獄のような速さのキーボード音が鳴り響く。早出したところで給料は出ないのだが、営業課では毎日決まった顔ぶれの数人が早くから働き始めている。というのも純粋に、勤務時間で収まる仕事量ではないからだ。労働管理を謳っている部署や公的機関は存在しているものの、なぜか今までうまいこと指摘を回避している状態であった。仕事の為には仕方がない。
誇りをもって仕事に勤しむ者が多い中、日下部は同じく朝早くから自席に着き、コーヒーを啜っていた。
「新設企業は地雷率高いんだよなぁ……」
求人チェックをしながらそう呟く。
人材を求めている顧客はまず、ヘルワークスの企業登録ページに必要事項を入力してもらい、その後登録内容のチェック・審査を行い問題が無ければ、求人掲載が開始されるのだ。しかし、先日のように急ぎの案件が入ることもある。既存顧客であれば内容を聞き出し、こちらもできる限りスケジュールを巻いて対応することが暗黙の了解となっているのだ。正規の手順が通用しない例外が多数存在する、なんとも酷い話である。
日下部はここ数日で登録された企業の一覧を眺めていた。日々多くの企業が更新されていくのだが、設立1年未満の企業が多いようだった。
「なんでなんですかね?」
出社してきた後輩が日下部の画面を覗き見ながら、同じ疑問を抱いていたようでそう質問をする。
「さあな。勇者側が強すぎて、敵対組織以外にも別途活動を始めようと独立した奴らが多い…とか?出社したらまず挨拶しろ」
「なるほどですね~、おはようございます!」
そうして本来の勤務開始時間になり、日下部の本日分の新規案件が上司より振り分けられる。この振り分け分と、既存案件を並行して担当するのだ。そのうちの一つの企業が目に止まり、依頼内容を開く。
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【依頼データベース】
顧客No.O-332
依頼世界:O-11-P
依頼人:魔導士 ペコ
依頼内容:経理。穏やかな人希望。
特記事項:起業3日目(登録時点)
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「起業3日目で経理だァ?大事なポジションは集めてから起業しろや…どうせ経理の意味も知らずに“Excel使える人”くらいの認識だろ…」
社のデータベースにはそれぞれ顧客、依頼(求人)、求職者とそれぞれ情報登録がされているが、この顧客Noで検索した顧客情報にも詳しいことは載っていなかった。求人が出たということは、この企業自体の登録承認は降りているという事だが、はたして承認者が何を根拠にOKを出しているのかは謎である。
「まずは説明を聞くか…」
深いため息とともに、日下部は歯ぎしりをしながら日程調整の依頼メールを飛ばした。
*
『つまり、うちは“魔法×悪事”で世界を変えたいんスよ!』
「悪事にDXとか持ち込むな」
日下部の思わず零れた言葉は通信に乗らなかったようで、依頼主のペコは興奮した様子で続ける。
『スローガンは、"闇属性をもっと身近に。悪をもっとポップに!ゆる悪ライフの推進!"って感じで』
「はぁ」
『技術も展望もあるし、実績もある良い仲間も集まってはいるんですけど…。いや~ちょっと俺が金勘定が雑って注意されてしまいまして…ダハハハ。あとTシャツ作る予定なんスよ!“働く悪ってカッコいい”ってプリントで!』
「…なるほど。ええ、承知いたしました。それでは求職者を確認して、適材者は後日連絡しますので」
『お願いします!!』
*
「俺だったらこんなわけわからん会社に応募しないがな…」
「でもやる気は満々だったんですよね?先輩の目がひねくれすぎているだけなんじゃ?」
「お前言うようになったな。あとで覚えてろ」
「ヒェ~~!ゲンコツだけは勘弁してください!!」
しかし悪の組織求職者難民時代、いるにはいるのだ。求人に寄せられた応募者の一覧を一つ一つ丁寧に確認しながら、より近しい能力を持った人材を発掘していく作業に勤しむ。
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【登録者データベース】
氏名:スライム ポニュ
特技:貯金、簿記、掃除
一言コメント:「やる気元気負けん気」
特記事項:特になし
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「確か経験は問わない、だったか。なんとなくコメントが心もとないが一番近いかも…か?よし、連絡するか」
*
「ぼくがんばりましゅ!」
「日下部さん、こういう人を待ってたんスよ~!いや~あざぁす!一緒に盛り上げていきましょッス!」
「がんばりましゅ!」
スライムであるポニュが小さく跳ねた拍子に、床に水滴(体液?)がポタポタと落ちた。ペコとポニュは波長が合っていたらしく、対面して数分で良い空気に包まれていた。当の日下部はというと(俺が組み合わせといてなんだが本当に大丈夫か?)という思考を隠しつつ、にこやかに「早く職場になれるといいですね!」といったテンプレを吐いていた。
「なによりスライムっていうのが悪っぽくて最高!」
「あ、あの、経理での求人でしたよね?」
「見た目から入るのって大事だと思うんス」
「そうでしゅ」
数日して「やはり別の人を…」という流れになることは多々あるのだが、その流れに乗らないよう当日中に擦り合わせはできる限りしておくべき、……なのだが、二人の盛り上がりの様子を見るに日下部の入る余地はあまりないようだった。契約のサインをもらい、日下部は消えるように静かに部屋を出る。この世界「O-11-P」は見る限り前回邪魔した世界よりは酷い状況ではなく、名乗りを上げている有名な勇者も(今のところ)いないようだ。日下部は「まぁ本人たちが楽しいなら良いか」と切り替え、帰社することにした。
*
『あ、もしもし日下部さん?ペコです、先日はどうもッス』
「ペコ様、ご無沙汰しております~!本日はどのようなご用件で?」
──あの顔合わせから数日後、ヘルワークスのオフィス内は昼時でも電話は鳴り続いており、その一つに日下部も対応していた。後ろの席でおにぎりを口いっぱいに詰め込んでいる後輩が聞き耳を立てていると、
「ハァ?!?!」
といった日下部の突然の絶叫に驚き喉に詰まらせ、「ゴォ」といった声を出した。「また日下部のところで騒ぎか」と社員の視線の集まる中、少しして対応を終えた日下部が非常に苛立った様子で画面にこう入力した。
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【登録者データベース】
氏名:スライム ポニュ
特記事項:派遣先で金庫を善意で掃除、資金溶解により倒産(更新)
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「……ダァーハハハハ!!!スライムが資金とかしたってか?!物理的に?ダハハハ!!!」
後ろから見ていた上司が顔を赤くしながら爆笑しており(まったく笑える状況ではないのだが、社内の人間は多忙により頭がイかれている者が多いのだ)、それが日下部をさらに腹立たせた。
「え、え、じゃあ先輩…どうするんですか?倒産までいったってことはもしかして賠償金とか…」
「いや」
いまだ「ひぃひぃ」と爆笑する上司の小脇からひょい、と顔を出した後輩が、心配そうにそう尋ねる。椅子の背もたれに強く背を預け天井を仰いだ日下部は、静かにこう話す。
「…騒動の一連をSNS投稿したら、“ドジっ子かわいいスライムくん”でバズったらしく、全員でインフルエンサーに転職するってよ………」
「あ、え、ええ………?」
「次があれば、もう少し固体の人材を送ることにしよう…」
ヘルワークス側の損は特になかったが、強いて言えば日下部の体力が無駄に削れたことであろうか。今日も世界はくだらないまま楽しくまわっているようだ。




