第53話 決着
「お、終わりにするだと。貴様如き微能が俺を殺すだと!」
「お前は俺を殺すチャンスは何度もあった。その度に嬲ることを考えて、残虐な振る舞いをした。
そして、挙げ句の果てにエリシアにまで手を出した。」
「だから、どうした!」
「何も。お前は俺が付け入る隙をお前自身が作ったってことだ」
「貴様ごときにいくら隙を作っても何も変わらない!」
「ああ、そうだ。俺如きではな。しかし、俺はこの一週間の間に手を貸してくれた人たちがいた。
そのおかげで得た力は、お前を凌駕できるものだったというだけだ」
「ふざけるなよ! 貴様は地面で這いつくばっていればいいんだ! くらえ『ファイアストーン』」
炎を纏った石が高速で伊吹に迫るが、伊吹は魔力を纏わせた自在槍であっさりと、突いて砕いてしまう。
「こんなものか? レッサードラゴンを倒した実力は?」
伊吹の言葉にギルバートが完全にキレる。
ギルバートのレッサードラゴンの牙の大剣に炎が纏い出す。
その炎は激しい奔流を生む。
「この一撃はレッサードラゴンの首を落とした一撃だ。
鎧を貫けない貴様の貧弱な突きとは訳が違う」
伊吹は自在槍を構える。
そして、宙写で取り込んだ魔力を集中する。
(まだ魔力は半分残っている。奴の技を粉砕して倒すには十分だ……と思う。本当に大丈夫か?
あれ、なんかすごそうだぞ。自在槍はそれなりの魔力を込めれば魔法を打ち消してくれるけど、それなりってどれくらい込めればいいんだ? 剣の魔法だけ打ち消しても、奴の鎧を砕くだけの力が残っていなければ、今度こそ詰むぞ)
ここに来て、伊吹の内心では臆病風が吹き荒れていた。
やはり、1週間程度では本人の本質は変わっていない。
しかし、そう思っていてもギルバートはすでに準備が整っている。
伊吹も行かなければ、ギルバートの一撃に粉砕されるだけだ。
ギルバートの炎は天をつくような大きさになっている。
(ああ、怖え。やっぱ逃げたくなってきた)
炎を見て震え上がり足が動かなくなりそうな伊吹の目にエリシアが映った。
その美しい銀の髪の女性のエメラルドグリーンの瞳は不安に揺れていた。
その姿を見た瞬間、もう一度伊吹の肚は決まった。
「ああ、俺はエリシアを守るって決めたんだ。何を恐れることがある」
伊吹の槍先はピタリとギルバートを向く。
伊吹を睨むギルバート
ギルバートではなく全体をぼやっと見る伊吹。
二人の呼吸があった時に両者が動いた。
「死ねぇ」
ギルバートが叫びながら飛び出す。
『閃歩』
対して伊吹は閃歩で間合いを詰める。
『ドラゴンスラーッシュ』
『閃歩突貫』
ギルバートの炎を纏ったレッサードラゴンの大剣が振り下ろされ、伊吹の魔力を纏った自在槍が突き出される。
ガキン!
ギルバートの大剣と自在槍が大きな音を立ててぶつかった時に、ギルバートの炎に大きな穴が開く。
そして、レッサードラゴンの大剣を自在槍が砕く。
そのまま伊吹は自在槍を突き出し、ギルバートの鎧の胸の部分に当てる。
その瞬間、炎が周りに散りながら消えていった。
炎が完全に消えた時、そこに残っていたのは、胸を鎧ごと自在槍に貫かれたギルバートと、貫いた伊吹の姿だった。
「ゴフッ」
ギルバートが血を吐く。
伊吹が槍を引き抜くと、ギルバートは仰向けに倒れた。
「き、貴様の、勝ちだ」
ギルバートが掠れた声で言う。
「……」
伊吹は人を殺したのは初めてではないが、やはり慣れない感覚に顔を顰める。
左手はブルブルと震えていた。
そこにエリシアがやってきて、その左手をそっと握ってくれた。
「エリシア……」
「……」
勝った伊吹はどこか浮かない顔をしている。
今、まさに自分の手で死に行くものを目の前にしているからだ。
その気持ちを慮ってか、エリシアも何も言わない。
「エ、エリシア」
ギルバートが口を開く。
「……」
「す、すまなかった。それと、君の言うとおり、俺は愛情を知らなかった。
親が何かもわからずに育ち、お世話になった伯爵家で憧れていたお嬢様に狼藉を働いて追放された。
その後は力をつけて、レッサードラゴンを倒し、有頂天になって、伯爵家を追い落とす策略に手を貸してしまった。
そしてお嬢様を無理やり俺の妻にしてしまった。自分を愛してくれない妻を随分蔑ろにしてしまった。
それからは、さまざまな女性を無理やり自分のものにして、愛されるはずもないのに愛されない鬱憤を他の女性を手籠にすることで晴らそうとしていた。内心ではひどいことをしている自覚はあったが、止まれなかった。」
「……」
「……」
伊吹もエリシアも何も答えずに聞いている。
「軽蔑するだろう。俺も我ながらひどいと思う。なあ、フクヤマイブキ。頼みがある」
「聞くだけは聞いてやる」
「俺の被害にあった女性たちに俺の代わりに謝罪をしてくれないか。俺に全てを奪われた女性もたくさんいるんだ。頼む」
それに対して、伊吹は答える。
「断る」
「え……」
「お前は、それでスッキリして死ねばいいかも知れないが、被害にあった女性たちはお前が謝ったと言う言葉だけを聞いてどうすればいいんだ。誰を恨んで生きていけばいいんだ?
お前の言っていることは単なる自己保身だ。
罪は背負ったまま逝け。その方が彼女たちは怒りの対象を持ち続けられる」
ギルバートは血を失って青い表情を微かに歪める。
「そ、そうか。厳しいのだな」
「当たり前だ。エリシアをひどい目に合わせようとしたやつに情けなどかけない」
すると、エリシアが握った左手をギュッと握ってきた。
「ふっ、そうか。俺は手を出してはいけない相手に手を出してしまったようだ」
「エリシアだけではない。お前が手を出した女性たちは皆、お前が手を出していい相手ではなかったんだ」
ギルバートの青い表情は後悔を滲ませる。
「そ、う、だな。俺は、罪を、背負って、逝こう」
ギルバートの目から光が消えた。
その瞬間、審判のワレインの持っていた、神気契約書が光り始めて、伊吹の勝利を示した。
ワレインは叫ぶ。
「勝者、フクヤマイブキ!」
その声が聞こえると同時に、会場が割れんばかりの歓声が響き渡った。
その声には怒声や嘆きも混じっている。
ギルバートの勝ちに賭けていた連中だろう。
伊吹は、ギルバートが死ぬまでの間、必死に槍に縋って立っていた。
なんちゃって治癒魔法で治した傷は、かなり痛みを出している。
ズデン!
伊吹は、仰向けに倒れた。
「イブキさん!」
「もう、ダメ……嘘、全然大丈夫」
「もう、イブキさんったら。無理しなくていいんですよ」
エリシアはその場で、伊吹の頭を自分の膝に乗せた。
「おお、エリシアの膝枕か。幸せすぎる」
「まだ、そんなことが言えるくらい元気なのね」
「ああ、俺は元気だよ。まだギルバートの一人くらいはやっつけられるよ」
「そんなこと言って……無理しなくていいのよ」
伊吹の顔にポツリと水がかかった。
エリシアの涙だった。
「エリシア?」
「もう、心配したんだからね。ずっと、心配だったの。この一週間も。私なんかのために、命をかけるイブキさんが」
「でも、勝ったよ」
「勝ったのは結果論でしょ。さっきだって、死んじゃうかと思ったんだから」
不意に、エリシアの頬が引っ張られて伸ばされる。
伊吹が引っ張ったのだった。
「ひたひ(いたい)」
「おお、エリシアのほっぺは柔らかいなぁ。マシュマロみたいだ」
「何言ってるのよ」
「ああ、マシュマロっていうのはな、俺の世界のお菓子で」
「そんなことじゃないの! 私は真面目に言ってたのよ」
「エリシア」
「何よ」
「俺は、エリシアを守るって決めたよ。さっきギルバートに手を出されたエリシアを見た時、俺は絶対エリシアを守るって決めたんだ。そして、最後のギルバートの剣の炎を見た時、怖くて仕方なかったんだけど、エリシアを見たら力が湧いてきたんだ。」
「イブキさん……」
「俺は、自分のためには戦えないけど、エリシアを守るためなら戦える。どんな敵も倒してみせるよ。だから」
伊吹はエリシアの頬に手を触れる。
そして、ニコリと笑って言った。
「この先もエリシアを守らせてくれないかな」
エリシアはエメラルドグリーンの目を見開き、すぐに花が咲いたような笑顔になる。
「はい。お願いします」
伊吹とエリシアはしばし、見つめ合う。
「あはははは」
「うふふふふ」
「うーむ、伊吹殿のあれは、プロポーズではないのか?」
「でも、二人ともそんな気がなさそうな気もするけど」
「え?リリさんルルさん、おじさんがお母さんにプロポーズしたの?」
「「さあ」」
「ええ……」
イブキたちのところに向かった、リリとルルとティナが二人のやり取りを見て、微妙な反応をしている。
事実、伊吹とエリシアはお互いの言動にプロポーズという認識はなかった。
伊吹はただ守りたいと思っただけだし、エリシアもまた守ってくれるのが嬉しいと思っただけだ。
とはいえ、二人の距離はグッと近づいたのだが。
伊吹とエリシアはいちゃついているかのような雰囲気を出して、他のものが近づきがたい空気だった。
「エリシア」
「なぁに、イブキさん」
パシャ
「うわっ、つめて」
「きゃっ」
伊吹が水浸しになった。
傷がみるみる治っていく。
「マスター、回復ポーションで治療完了です。もう立てます」
「……アイ。いたのかよ」
「はい、最初から……空気になっていました。早く立ち上がってください。エリシア様がかわいそうです」
伊吹の作った3頭身の騎士型ゴーレムのアイが回復ポーションをかけていたのだった。
距離が近くなっていた伊吹もエリシアも、残念そうに立ち上がる。
「むう、アイのコアは美羽様が作ったのに、空気が読めないのだな」
「うーん、この一週間で伊吹さんに似てしまったのかしら」
「邪魔しちゃったね」
リリとルルとティナが残念なものを見る目で二人と一体を見ていた。
こうして、ゴーレムのアイの空気を読めない行動により、伊吹の決闘とその後のご褒美タイムは幕を閉じたのだった。
第一部 完
この話で第一部が完了となります。
実はすでに90話まで書き上げているのですが、読んでいただいている方の反応から考えて私の実力が足りていなかったかなという思いです。
自分としては面白いと思って書いてはいるのですが、現実との開きというものはあるものであって、なかなかままならないなと思います。
反応の悪い話をいつまでも書いていても読者の方にも自分にも無駄な時間になってしまうかなと思いました。
ただ、「未亡人を守ると決めた異世界転移の微能おじさん……突きだけ得意」というタイトルの回収だけは終わらせてからということで、今回の話で全て回収できておりますので、ここまでとすることに決めました。
今後はしばらく創作活動から離れて、この続きを書くかどうかを再考してみたいと思います。
もし再開するにしても、こちらのサイトで投稿するかどうかはまだ分かりませんが、機会があれば読んでいただければありがたく思います。
ここまで読んでいただきありがとうございました。




