第48話 決闘、初め!
時間になり、エリシアと闘技場に出てみると伊吹に向かって一斉にヤジが飛んでくる。
「引っ込め微能!」
「10級冒険者がドラゴンスレイヤーに敵うわけねえだろうが」
「身の程知らず!」
「ギャハハ、今日はてめーがなぶり殺しに会うのを見に来てやったぜ」
完全なアウェーだった。
会場全体が伊吹の敵のようだ。
あまりのヤジの量と酷さに伊吹は足を止めてしまう。
しかし、その背中に暖かさを感じる。
エリシアが背中に手を当ててくれたのだ。
彼女は伊吹を見てニコリと笑う。
「人の声など、気にする必要はないわ。
彼らと戦うわけではないのよ。ここであなたが固くなれば、彼らの思う壺。悔しいじゃない?
大丈夫。あなたを知っている人たちはみんなあなたの味方よ」
ハッとして、観客席を見るとティナにリリとルル、ドノヴァンや冒険者の教官のピーターそして受付嬢のシェリアとその友人がいた。さらに先ほど声をかけてきた、ギルバートの被害者たちも固唾を飲んでみていた。
「エリシア、そうだな。まだこの世界に来て短い俺にも応援してくれる人がいるし、応援してくれる人たちはヤジをしてくるほとんどの観客よりも心強い」
「ええ、そうね。だから胸を張っていきましょう」
「ああ、分かった。その通りだな」
伊吹は胸を張って闘技場中央に行った。
そこには一人の水色の線の入った白い神官服のようなものを着た男が立っていた。
男は何も言わずに立っている。
(どうすればいいのかな?)
そう考えていると、会場が割れんばかりの歓声に包まれる。
伊吹が入ってきた入り口と反対にある入り口から、ギルバート・レイマーが入って来たのだ。
「楽しみにしてたぜー」
「あの身の程知らずに思い知らせてやれ!」
「ドラゴンスレイヤーの力見せてくれ」
「公開処刑を見にきたぜ!」
伊吹の時とは正反対の言葉が聞こえてくる。
ギルバートレイマーはニヤニヤしてそれらに手を挙げながら、伊吹たちのいるところへ歩いてきた。
「おお、エリシア。今日も美しい。やっと、俺たちが結ばれる時が来たんだね。待っててくれエリシア。すぐに邪魔なその男を処分して、俺が君をこの腕に抱いてあげるからね」
エリシアの顔は珍しく嫌いな虫を見るような目になり、伊吹はエリシアの前に立ち、ギルバートの視線を遮る。
「貴様、俺とエリシアの仲を邪魔するか」
「エリシアとあんたとの間にどんな仲があると?」
「ふん、すぐにエリシアは俺のものになる。お前が吠えてられるのもこれまでだ。なぜなら、今日お前はここで屍を晒すのだからな」
「ハハハ」
「何がおかしい」
「弱いゴブリンほど良く吠えると思ってな」
「貴様! ゴブリンと俺を一緒にしたな!」
「ゴブリンは女性を攫って、思う存分犯すと聞く。あんたが無理やり女性をさらって手籠にしていくのと何が違うっていうんだ?」
ギルバートはそれを聞いて、頭に血が昇って大剣を抜いた。
今にも斬りかかってきそうなところで、神官が制止した。
「待ちなさい。決闘には作法が必要です。これから決闘の宣言をする。
それ以前に始めれば、不法行為としますよ」
ギルバートはそれを聞き、吐き捨てるように神官に言う。
「早く始めやがれ。どうせすぐに終わるんだからよ」
神官は厳かに大衆に聞こえる魔道具を使って語り始めた。
「これより、ドラゴンスレイヤー、ギルバート・レイマー男爵と10級冒険者フクヤマイブキによる決闘を開始する。
この決闘は、女神レスフィーナ様と同等の神気契約書で記された決闘になる。
したがって、この決闘の取り仕切りは私レスフィーナ教神官のワレインが執り行うものとする。
この決闘は神気契約書で記されているため、この決定に水を差すものはたとえ国だとしても、女神レスフィーナに仇なすものとなり、神罰が降り注ぐであろう。まずはこれを肝に銘じるように」
それから神官ワレインは決闘の内容を読み上げていく。
命のやり取りを前提にした決闘ということ
相手を殺してしまっても罪には問われないこと
降参をしたら、その時点で勝敗は決定し、それ以外では相手の完全な戦闘不能でしか勝敗がつかないこと
勝敗の決定とはこの神気契約書が下した決定とし、人間などが判断するものではないこと。したがって降参も神気契約書が認めた場合のみ認められること
ギルバート・レイマーは決闘に勝利した場合、エリシアを自分の所有物にすることができること
フクヤマ・イブキが決闘に勝利した場合、ギルバート・レイマーとその関係者のエリシアとその関係者への接触を禁ずること
フクヤマ・イブキが決闘に勝利した場合、ギルバート・レイマーの一切の所有物の所有権がフクヤマ・イブキに移ること
また、借金等マイナスの財産はフクヤマ・イブキには移らないこと
「両者及び賭け物であるエリシア。この内容で行うがよろしいかな」
「いいから早く始めろ」
「いいです」
「いいです」
ワレインはエリシアに声をかけて、審判席に誘う。
エリシアは伊吹を見て一言いう。
「ご武運を」
「ありがとう」
伊吹もそれに短く答える。
そして、ギルバートに向かって槍を構える。
ギルバートも大剣を構える。
(ギルバートの装備はなんか迫力あるなぁ)
ギルバートはレッサードラゴンの鱗で身を固めている。
そして、大剣は同じくレッサードラゴンの牙を元に作ったドラゴンアイアン製のものだ。
もっとも伊吹は知らないので、黒光りしているヤバそうな装備くらいにしか思っていない。
対して伊吹は、いつもの稽古着に急遽買ってきた中古の革鎧一式だ。
着ないよりはマシ程度でいかにも弱そうに見える。
しかし、槍だけは見るものが見れば業物だとわかるものだった。
その槍、自在槍を今日は250センチにしている。槍のリーチを生かすためだ。
「微能おっさんの割にはいい槍を持っているじゃねえか。でもな、そんなもの関係なく貴様をなぶって、末端から切り刻んで、泣いて許しを乞う情けない姿をエリシアに見せてやる。その上で貴様にとどめをさす。エリシアはどう反応するか、楽しみだ」
ギルバートが悍ましい笑みでそう凄んでくる。
普段の伊吹だったら、びびっていたが、修行とエリシアたちの励ましを通して、肚が決まったのか動じない。
むしろ、呆れたように返す。
「お前さぁ。友達いないだろ」
「何!」
「それどころか、愛してくれる人もいないだろうな。強引に女を手に入れる人間を愛する人なんているわけもないか。
残念なやつだな」
「!? 言わせておけば! 審判! 早く始めろ」
ちょうど、ワレインが審判席につき、エリシアも隣に座った。
「決闘、初め!」
ギルバートは伊吹の煽りに完全に頭に血が昇っていた。
伊吹がいるところに全力で走り込み伊吹に向かって渾身の一撃を叩き込んだ。
ドガーン
観客には伊吹が真っ二つになったように見えた。
しかし、そこにはギルバートの大剣によって、地面が抉れただけで、伊吹の姿はなかった。
そして、伊吹がいたはずのところから、1メートル右側からギルバートに突きが飛んできた。
ギルバートはそれを避けきれずに肩に喰らってしまう。
「ぐっ! 貴様、なぜ?」
「うーん、俺の突きではその鎧を貫通させることはできないのか」
ギルバートの疑問には答えず、伊吹はのんびりとした口調で呟いた。
伊吹はギルバートの一撃が来た時に『認識ずらし』と『居つかぬ足』で右に1メートルの位置まで移動して、剣を触れなくなるように右肩を突いたのだった。
ギルバートに『認識ずらし』は通用したが、伊吹の通常の突きはレッサードラゴンの装備には通用しなかった。
伊吹とギルバートの決闘は始まったばかりだ。




