第47話 ギルバートの被害者
決闘当日。
伊吹たちはナカマラス闘技場に来ていた。
ここが指定された決闘場になる。
伊吹とエリシア、ティナにリリとルルが一緒に来ている。
「ふわー、おじさんたくさん人が来てるよ。ここで決闘するの?」
決闘場の観客席にはたくさんの人々で溢れかえっていて、それを見たティナが驚いている。
それは伊吹も同じで、リュカ・フェルドンとの決闘の時とは比べ物にならないくらいの人出に圧倒されている。
「ギルバート・レイマー男爵が吹聴したからな。多くがドラゴンスレイヤーの勇姿を見たいって集まっているんだよ」
「ドノヴァンさん……」
伊吹に声をかけてきた相手は冒険者ギルドで知り合った5級冒険者ドノヴァンだった。
「やあ、ギルド以来だね。君もレイマー男爵と決闘なんて思い切ったね。勝算はあるのかい?」
「勝つつもりできてますからね」
「それは良かった。今回はレイマー男爵による公開処刑とも言われているから心配していたんだよ」
「はは、それを見るためにこれだけの人が集まったってことですか」
「そうとも言えるね。人々は娯楽に飢えているから。ちなみにレイマー男爵は今回を興行として、かなり儲かるらしいよ」
「ふええ、興行も彼が取り仕切ってるんですか。どれくらい儲かるんだろう」
「この闘技場は1万5千人が収容可能で満席だろうね。一人銀貨一枚だ。」
「1億5千万シリル……」
「それに、出店などの売り上げの一部が主催に来るからね。それに賭けもある。胴元もやっているから、なおさら莫大な金が動くよ。場所代と税と人件費を払ったとしても相当の金額がレイマー男爵に残るってところだろうな」
「出店どころか賭博まで」
「だから、イブキ。気をつけたほうがいい。レイマー男爵は君を見せ物にしてなぶりながら、万一がないように確実に殺してくるだろう」
「はい、ドノヴァンさん。肝に銘じます」
「そうしてくれ。私も君とはもっと話したい」
伊吹はドノヴァンの言葉が嬉しかった。
一度しか話していない自分を気にしてくれていることが。
「ところでドノヴァンさん? 賭けはどちらに賭けましたか?」
「懐が痛くない程度に君にかけさせてもらったよ。なんせ、君が勝てば高配当になるからね。まあ、念のために君にかけた半分の額をレイマー男爵にもかけたがね」
伊吹はドノヴァンの抜け目なさに苦笑いした。
伊吹が負けてもチャラくらいにはなる計算なのだろう。
それでもこの状況で声をかけてくれる心遣いがありがたく、去っていくドノヴァンに軽く頭を下げた。
闘技場の控え室に行くために、ここでリリとルル、ティナとはお別れだ。
ここからは伊吹と賭け物であるエリシアだけしか行けない。
「伊吹殿。よくこれまで厳しい修行に耐えたな。あとは成果を発揮するだけだ。全力でやって来い」
「伊吹さん、実力さえ出せれば問題ないと思うけど、厳しい戦いになるのは間違い無いと思うから、気持ちで負けないでね」
「はい、リリ師匠にルル先生。ありがとうございます。お二人のご指導を無駄にしないように勝ってきます」
リリとルルに答えた伊吹はティナに向く。
彼女は涙目になっている。
「おじさ〜ん」
伊吹に抱きついてきた。
しかし、その手に力が入っていない。
「ティナ。見ていてくれよ。必ず勝ってくるから」
「でも、みんなギルバートが勝つって言ってる……」
そう、先ほどから、ドラゴンスレイヤーの相手は10級冒険者の微能おじさんで、勝てるわけがないとか微能おじさんが公開処刑をされるのを見にきたなどという声が、いやでも耳に入ってくるくらい噂されていた。
「おじさん、命をかけて戦うんだよね。おじさん死んじゃったら、私……」
「大丈夫だ。俺はそのためにこの一週間優秀な師匠や先生それに美羽様に手を借りてやってきたろ。
負ける要素なんてどこにも無いんだよ」
「うん……。」
それでもティナは元気がない。
伊吹はふっと息を吐いて、膝をついてティナに右手の小指を出した。
「この間みたいに指切りをしよう」
「……うん」
ティナが伊吹の小指に自分の小指を絡めてくる。
「「ゆびきりげんまん、嘘ついたらハリセンボン飲ーます。指切った!」」
指を切った段階で、伊吹がニコリと笑って見せる。
「ほら、これで俺は死んだら針千本飲まなきゃいけなくなるからな。」
「あはは、死んだら飲めないじゃない」
ティナは泣き笑いのような顔をする。
少し気持ちがほぐれたようだ。
「ティナ、信じて見ててくれ。必ず勝つからな」
「うん。信じてる。必ず勝ってね。おじさん!」
「まかせとけ!」
ティナは少し離れたところにいたリリとルルの元へ走っていき、振り返って手を振ってきた。
それに手を振って答えた。
「なあ」
そこに不意に声をかけられる。
振り返ると、十人ほどの老若男女がいた。
その中で、若い男が喋り始めた。
「今日、ギルバートの野郎と決闘するっていうフクヤマイブキって、あんたか?」
「ああ、そうだけど」
「そうか。頼みがある」
「俺に頼み? 俺が応えられることがあるか?」
「ああ、あんたにしかできないことだ」
「聞こうか」
男は他の仲間と目を合わせて頷いてから伊吹に言った。
「あいつを、ギルバートをぶっ殺してほしい」
「穏やかじゃないな」
「ここにいる面子は、みんな恋人か妻か娘や家族をギルバートの野郎に奪われたんだ。
あいつは気に入った女を強引な手を使って、奪っていくんだ。
その男の娘は婚約者がいたのに強引に連れて行かれて、犯された挙句に飽きて捨てられた。
帰ってきたら、婚約者に別れを告げられて、悲観して自殺したんだ」
その年配の男は悔しそうに俯いて、手を握りしめている。
「みんな、同じような目にあったり、まだギルバートのおもちゃにされている者もいる。
あいつはドラゴンスレイヤーというのをいいことに好き放題している」
伊吹はエリシアを見ると、難しい顔をしている。
(エリシアも無理に迫られているのだから、当然思うところがあるよな。
エリシアがこの人たちの大切な女性と同じ目にあったらと思うと、許せない)
「あなたたちの気持ちはわかった。全力で当たらせてもらうよ」
男が伊吹の手を取って頭を下げる。
「頼む。俺たちだけではどうにもできないんだ。あんたにしかできない。頼む」
男の仲間たち全員が頭を下げていた。
彼らから離れて控え室に行くと、エリシアが口を開いた。
「あの人は、私だけじゃなくて、たくさんの人に同じことをしているのね」
「そうみたいだな。必ず勝つよ」
「ううん、そうじゃないの。あの人たちのことは辛いことだけど、だからと言って無理をしてほしくないの」
「エリシア……」
「勝って欲しいのは本当。でも、だからと言って、イブキさんに全てを背負わせたくない。私が彼らの話を聞いて、なお思ったのは、イブキさんに死なないでっていう思いだけ」
ここにきて、周囲の噂話や、ギルバートの被害者の話などを聞いて、エリシアは伊吹に勝って欲しいという気持ちよりも死なないで欲しいという気持ちが強くなってきた。
この決闘が命を奪うこともできる以上、ギルバートに負けることは殺されると言ってもいいのだが、それをわかった上で、伊吹に死なないで欲しいと願うエリシアだった。
「ああ、分かった。俺は死なないよ、エリシア」
伊吹はそうまで言われて、勝つとは言わずに微笑んで死なないことを強調した。
「約束よ」
「ああ、約束する」
(俺が勝たないと、エリシアがギルバートの所有物になってしまうというのに、俺に勝ち負けは関係なしに死ぬなか……。
俺のことを考えてくれて嬉しい。その気持ちに応えるために俺は必ず勝つよ。エリシア)
伊吹は、口に出さずに勝利を誓った。




