第46話 決闘前夜
エリシアの家に帰ると、ティナとリリとルルが待っていた。
「お母さん、おじさん、おかえり。楽しめた? ご飯を作ってあるよ」
「ティナ、ただいま。ありがとう。嬉しいわ。リリさん、ルルさん留守番ありがとうございました」
「「「どういたしまして」」」
3人同時に返事をするが、ティナはエリシアの頭についている髪飾りに気がつく。
「ママ、素敵。それどうしたの?」
「これはねぇ」
エリシアがチラリと、伊吹を見る。
それで、ティナには伊吹にもらったのだとわかった。
「おじさんからなんだ。翼がすごくいい」
「うふふ、私の名前から連想されるのが翼なんだって。伊吹さんが作ってくれたのよ」
「おじさんが作ったんだ。すごいね、おじさん」
ティナは自分も欲しいとは言わない。
伊吹からエリシアへのプレゼントなのだったら、自分が欲しがるのは野暮だと思ったから。
だから、羨ましいと言う感情はグッと抑えて顔にも出さなかった。
しかし、伊吹は小さな箱をティナに出してきた。
「え、おじさん。これは?」
「これはティナの分だよ。開けてみて」
「私がもらっていいの?」
「ああ、ティナにもいつも助けてもらっていたからな」
ティナが箱を受け取りおずおずと開ける。
中にはひまわりの花の形のペンダントが入っていた。
「わあ、かわいい。これもおじさんが作ってくれたの?」
「ああ、ティナは明るくて周りを照らす太陽のような子だからな。それはひまわりって言うけど、俺の世界で太陽の花とも呼ばれてるんだ」
「わあ、おじさん、つけてつけて」
伊吹はひまわりのペンダントをティナにつけてあげる。
「お母さん、どう?」
ティナは一回転してエリシアに見せる。
(ふふ、母娘で同じことしてる)
「とっても似合ってるわよ、ティナ」
ティナは嬉しそうに伊吹に抱きつく。
「ありがとう! おじさん。私、これずっと大切にする」
「喜んでくれて嬉しいよ。ティナ」
伊吹はティナの反応に満足をしてから、リリとルルを見る。
「師匠、先生。お二人と美羽様は正直、いいものを持っているし、お礼で渡せるようなものが思い浮かばなかったので、今度お礼をさせてください」
「別にいいが、それでは貸し一つということにしておいてくれ。いつ戻るかわからんからな」
「そうだね。もっと、伊吹さんが強くなったら取り立てに来るかもね」
伊吹は苦笑いをする。
「ははは、お手柔らかにお願いします」
「さあな。それはその時によるぞ。しかし、貴殿の顔……」
「うん、そうだね。午前中よりも落ち着いた顔になってるよ。力みが抜けてる感じ」
「本当ですか?」
「うむ、エリシア殿のおかげだろうな」
「これなら、明日も大丈夫そうかな」
「はい!」
その夜、伊吹は中庭に出て空を見上げていた。
今は夏に向かっている季節らしいが、夜の空気は少し冷たくそれが一週間鍛えてきた伊吹の肌に心地いい。
この世界にも月はあるが、地球よりも大きく感じる。
(地球でもスーパームーンとかの時はこれくらいあった気はするけど、ここではこれが普通の大きさなのかな?)
などと、考えていると裏口のドアが開いて人影が出てくる。
「エリシア?」
「あら、やっぱり伊吹さんだったのね」
人影はエリシアだった。エリシアは伊吹が外に出て行ったのをみて、きたらしい。
「眠れないの?」
「いや、急に星が見たくなって。あっちの世界にいた時は、しょっちゅう星を見ていたんだ。
この世界はわからないけど、あっちの世界では星座って言って、星と星を繋いで神話の動物や物に喩えて絵にしていたんだよ」
「まあ、そうなのね。でも、あんなに星がたくさんあるのに、星を繋げるって大変そう」
事実、月が出ているのに星がたくさん見えている。
これでは星座があってもなかなかわからないかもしれない。
「俺の国は明るいところが多かったから、星の数は少なくてね。だから、星座を見つけやすかった。
娘の杏果によく星座を教えてあげていたよ」
「それは素敵ね。大切な時間だったのでしょうね」
「ああ、そうだな。……大切だった。離婚して、相手に引き取られて、すっかり一緒に星を見る機会なんて無くなっていたけど、今度の流星群は一緒にみようって約束していたんだよな。今度は無理でも、いつかは一緒に見れたらな」
エリシアは少し寂しいと感じる。
それが何故かはわからないが、次の質問をしたい衝動になった。
「帰りたいの?」
夜空を見上げていた伊吹はエリシアを見て、ふっと笑い答える。
「どうだろう。これだけ仕事に出ていなければ、仕事はクビになっているだろうし、家族もいない。親はいるけど、あまり会いにも行ってない。唯一の生きがいの杏果には会わせないと、元妻に言われていた。俺が、向こうに何か未練があるとすれば、杏果くらいなんだよ」
「じゃあ、帰らなくても問題はないの?」
エリシアは何故だか、答えを聞くのを急いでしまった。
まだ、聞きたい答えは聞けてないのだ。
「杏果さえいれば、帰れなくてもいいけど、それは無茶な話なんだよな。
現実を言えば、エリシアとティナがいるから向こうにいる時よりも寂しくない。
毎日、月に一度だけの杏果と会うためだけに他の日は寂しく過ごしていた、あの時よりかはずっといいよ。
だから、エリシア、ありがとう」
エリシアはそれを聞くと笑顔になって頷いた。が……
(この人は帰る方法が見つかったら、たとえ毎日が寂しくてもキョウカちゃんのために帰ってしまうのでしょうね)
と、いう結論に至った。
そう思うと、また寂しい気持ちが込み上げてきた。
(私のこの気持ちはなにかしら。知り合って一週間ちょっとしか経っていない、違う世界のイブキさんを私はどうしたいの?)
エリシアはまだ名前がついていないであろう、この感情に戸惑うのであった。
「でも、明日勝てないと、この楽しい生活も終わってしまうし、何よりもエリシアとティナが不幸になってしまう」
「あら、私はその辺は心配してないわ」
「え? 確かに落ち着いてるけど、どうして?」
「イブキさんを信頼しているもの。ティナもよ。絶対に勝ってくれるって」
「そう言ってくれて嬉しいけど……」
伊吹は思わず俯いてしまう。
勝てる保証などどこにもない。自分の微能を知っているから余計に不安になる。
それを見たエリシアは「ふふふ」と笑いながら、伊吹の両頬を手で挟んで無理やり顔を上げさせる。
「顔を上げて、フクヤマイブキ。私たちはあなたを信じてる。あなたが自分を信じられないなら、その分もっと私たちが信じてあげる。勝つのはあなたよ。負けることなど、考えなくていいわ」
伊吹が呆気に取られて、エリシアを見ているが顔が少し引き締まる。
そして、エリシアの頬を挟んだ両手の上から自分の手を当てる。
「ぁ……」
伊吹に手を触れられたエリシアが小さな声をあげる。
「エリシア。その通りだな。勝つのは俺だ。死んでも勝ってくるよ」
それを聞いて、エリシアは頬を膨らます。
「もう、死んだらダメでしょ。それどころか腕一本無くして帰ってきたらダメよ」
「ええ、それは約束できないな。相手は格上だし。それくらいで勝てれば儲けもんだろ」
「ダメ! それはダメだから」
「そんなこと言われても……」
「ダメなの……よっ」
エリシアが横からぶつかってきた。
伊吹がぶつかり返す。
「難しいんだ……よっ」
「きゃ」
興が乗って、2人で押し合いっこをしばらく続ける。
「……もう。イブキさんはわかってないわ」
しばらくして、エリシアがポツリと呟いた。
「何を?」
「イブキさんの腕が無くなって帰ってきたら、きっと私は泣いてしまうってことよ」
エリシアが小さな声で呟いた。
聞こえない伊吹は聞き返す。
「何て言った?」
「もういいわ。あなたが聞く必要もないことだもの」
「そうなの?」
「ええ、そう」
それっきり、エリシアはそっぽを向いてしまった。
伊吹は少し考えた顔をしてから言った。
「エリシア、俺は明日の決闘、5体満足とは約束はできないけど、エリシアのために必ず勝つよ」
そう言った顔は少し赤く染まっていた。
「そっ、そう? 頑張ってね」
そっぽを向いたままそっけなく返したエリシアの頬もあからんでいた。




