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未亡人を守ると決めた異世界転移の微能おじさん……突きだけ得意  作者: めのめむし
第1章 異世界転移

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第4話 怪我

「はぁ、はぁ、はぁ」


 盗賊を刺し殺した伊吹は、その場に座り込む。


 手はブルブルと震えている。

初めて人を殺した感触が抜けないでいる。


 しかし、それと同時に認めたくはないがある種の達成感を感じる。

生きていることを実感したような気持ちだ。


 自然に笑みが漏れる。


「人を殺したっていうのにな……」


 人を殺した罪悪感よりも強い万能感に包まれる。


「ああ、この感覚には慣れたらいけない気がする」


 自らの心境に、昂りながらも困惑する息吹だったが、いつまでもそうしてはいられない。


 左手からは血が滴り続けている。


 剣の根本とはいえ、左腕で斬撃を受けたのだ。

左の腕の前腕の外側部分がぱっくりと切れてしまっている。

今のところは驚くくらい痛みを感じない。

 

「これはアドレナリンのおかげだな。今のうちに手当てしちゃおう」


 伊吹はできるだけ、左腕を使わないように、リュックを開いて、救急道具を出す。

杏果とのデートの時の何かあった時のために過剰くらいに救急道具は用意しているのだ。


 まずは、ミネラルウォーターで傷口を洗う。

 

 そして、ノンスティックガーゼを出し、傷口に当てる。

それだけでは、血を吸収しきれないので、通常のガーゼも上から当てがう。


 それから包帯を巻く。

伸縮包帯なので、上から転がすように巻くだけで自然にしまってくれるはずだ。


 巻き終わると、包帯留めで止めて、念の為上からサージカルテープで外れないように止める。


 その腕を三角巾で胸に密着するように固定した。


「ふう、これで一安心だな」


 それから、盗賊に刺さったままだった、タクティカルペンを抜き、盗賊の持ち物を探る。


「殺そうとしてきたんだから、いただけるものはいただくぞ」


 そう盗賊の死体に宣言しながら、盗賊の全ての持ち物を探る。


 手に入ったものは財布と剣、干し肉、岩塩、火打石、小物入れ、ナイフ、地図だった。

盗賊の持っている干し肉は見た目も悪く、不衛生と思われたので捨てた。


 伊吹はそれらを手早くリュックに入れ、剣もリュックに括り付けてすぐに歩き始めた。


「最初に盗賊を見た時に、六人はいた盗賊が一人でいるのはおかしい。仲間が来る前に早くここから立ち去ろう。

財布や荷物の中を確認するのは落ち着いてからだ」


 今進んでいる方向は看板が何かを示していたので、おそらく人が住んでいるところにたどり着くだろう。

そう楽観的に考えて伊吹は歩いた。


 伊吹は字が読めないので知らないことだが、看板には徒歩でのおおよその所要時間も書いてあった。

伊吹の進んでいる方向には徒歩2日、その反対方向には徒歩半日だった。


 つまり、伊吹は遠い方へ歩いてしまったのだ。


 伊吹は急かされるように歩いた。

今にも盗賊が追ってくるかもしれない。


 その場合、数人いるかもしれない。

遭遇したら、今度こそ終わりだろう。

 

 できるだけ離れなくてはならない。


 すでに、日は沈みかけ、夕焼けになっていた。


「ああ、すごく綺麗だ。ああ、こんな状況でも美しいものは美しい。でも、落ち着いたら、ゆっくり楽しみたいな。」


 空が赤く燃えて、素晴らしい景色だったのだが、立ち止まって眺めることはせず歩き続けた。


 

 数十分も歩くと、とっぷりと暗くなった。常人では足元も見えないくらいだろう。


 しかし、伊吹は少しだけ夜目がきく。特技と言えるほどではない。

多少、足元の地形がわかる程度だ。


 その程度でも街道と思しきこの道では十分役に立った。


 ここでも伊吹は微能ぶりを発揮した。


 ただ、夜の森歩きは恐ろしい。


 都会にいると、信じられないのだが、夜の森はうるさいのだ。

いろいろな木々のざわめき、様々な動物の鳴き声、街道沿いに聞こえる木の枝を折るような音。


 極め付けは、街道と森の切れ目に見える、幾つもの光る眼。


「日本でも下山が遅れて真っ暗になった時、この光景はあったっけ。日本でも怖かったんだから、ここではもっと怖いな」


 それでも、数時間歩き続けた伊吹はようやく立ち止まった。


「ずいぶん歩いたと思う。ここまで来れば大丈夫じゃないかな。油断はできないけど」


 道沿いは盗賊が怖いし、かといって森の奥深くに行くのも怖い。

だから道端の大きな木の裏側で休むことにした。

夜になって数時間経つものの、気温はそれほど下がっていない。これなら、風邪をひかないですみそうだ。


 伊吹は木の裏に馬車から切り取った幌を地面に敷いてその上に座る。


 ぐ〜。


 そこで、盛大に伊吹の腹がなった。


 今までは緊張からか空腹は覚えなかったが、すこし落ち着いたら急に腹が減ったのだ。


「そういえば、朝、食べたきりだったな」


 スマホに三脚をつけて、照明にして、リュックから重箱弁当を出す。

開けると、弁当の中身はすっかり偏ってしまっているが、十分食べられそうだ。


 伊吹は箸で卵焼きを一つ摘んで口に入れる。

杏果の好きな甘い味付けの卵焼きだ。疲れた体に沁みる。

 

「うまい。うまいな〜」


 それからは、箸を止めずに食べ続けた。

そして、徐に食べるのをやめ、ポツンとつぶやいた。

 

「杏果に食べさせたかったな……」


 本当だったら、今頃、杏果との動物園デートを終え、家で満足感に浸ってビールでも飲んでいただろう。


「なんで、こうなったんだか。もう、杏果に会えないのだろうか」


 伊吹は気持ちが沈んでいるのを感じる。


「いや、気持ちを落ち込ませるのはまずい」


 伊吹はネガティブな感情を振り払うように、弁当箱をしまい盗賊から奪ったものを広げる。


「さあ、何があるかな」


 小物入れに入っているものを広げると、宝石のような石が出てきた。


「? さざれ水晶かな?」


 青、赤、緑、茶の水晶のようなものだった。


「まあ、人がいるところに行ったら聞いてみよう。あとは、この剣は……」


 剣を手に取るとあまり手入れをされていないだろうなという感じに、刃こぼれをしたり汚れがついている。


「でも、元はいいものだったのかもしれないな」


 伊吹が思う通り、つかの拵えなどは立派なものだったのだと想像できるものだった。


「こんなの持っていて大丈夫かな? 銃刀法とか」


 そこまで独り言をして、息吹は現実を突きつけられる。


「……ここ、どこなんだろう。まさか、本当に異世界なのか?」


 今までの状況を考えてみる。


 突然迷い込んだ森の中。見知らぬ植物。日本ではいるはずもない盗賊。観光地以外で見かけない馬車。歩いても歩いても抜けない森。


 「日本ではないと思う。でも……」


 異世界というには決定的なものがない。


「でも、もし異世界なら……、魔物とかいないのかな? ここ、森の中なんだよな。しかも夜。魔物とかいたら、襲われるよな」


 しかし、今のところ小動物らしきものはいたが、危険には遭遇していない。


「日本でも、猪や猿や下手したら熊に遭遇したりするんだけどな。不自然に何もない気がする。

まあ、あったらマジでやばいけど」


 伊吹は、考えるのをやめて、幌の敷物の上に転がった。


 すぐに眠気に誘われて、眠りに落ちていった。



 —————————————————————————————————————————————

素晴らしい景観の庭園にあるソファーで、美しい少女がスクリーンのようなものを眺めている。

 

「日本人はどう?」


振り返ると、少女に負けず劣らずの美しい少女がいた。


「うん、盗賊に遭遇したけど、なんとか無事よ。今の自分の状況に混乱しているよ」

「わざわざ、魔物払いの結界を張って、さらに盗賊よけができる結界まで張って見守っているんだから、会いに行けばいいのに」

「うーん、それもどうかと思ってさ。正直、私には関係ないことだからね」

「あはは、そっか。でも、そのうち会いに行く気がするな」

「そう思う? まあ、だとしても自分で乗り越えることは自分で乗り越えないとね。あの世界に行ったのもこのおじさんの運命な訳だし」

「そうだね。必然として起こったことだもんね。手を貸すかどうかはまかせるから好きにしてね」

「うん、分かった。それよりさ、今度またライブをやるんだよ。きてくれるよね」

「本当? 私がいちばんのファンだからね。行かないわけにはいかないよ。どの世界?」

「えへへ、嬉しいな。最初の世界だよ。でも、神気を出して、お客さん失神させないでね」

「もう、人をなんだと思ってるの。でも最初の世界か、あの子達がいるもんね」

「うん、この間も会ったけどね。何度でも会いたいしさ。だから、その時は一緒に楽しもうね」

「うん! 楽しみにしてるね」


 ————————————————————————————————————————


 翌朝、伊吹は高熱を出した。

腕の怪我が腫れてしまったのだった。

 


 


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