第39話 エリシアの想い 1
伊吹がダンジョンに行って数日経った。
エリシアは暦を見て数える。
「行ってから二日かぁ」
美羽とリリとルルはいない。何か異世界で用事があるということだ。
伊吹をダンジョンから連れ戻す時にまたくるらしい。
美羽が伊吹がいない間は美羽のゴーレムを貸してくれているので、ティナに学校への護衛をしてもらっている。
あのゴーレムは、エリシアに危機が迫った時に、瞬時にこちらに来れるほど優秀らしいので、一体でエリシアとティナを守れるそうだ。
ただ、あれから、ギルバートはやってこないので、至って平和なのだが。
「あの小さいゴーレムさんには名前もついてないのよね。ファイアドラゴンに余裕で勝つっていう話だったけど、ミウちゃんってあのレベルのものをたくさん作れるから名前をつけてないのでしょうね」
エリシアはそう呟く。
余談だが、美羽がゴーレムに名前をつけていないのは、名前をつけることによって、美羽の神気と魔力が大量に流れ、力をつけ過ぎてしまうからだ。護衛も含めて雑用程度しかやらせる気は無いのに、戦略級の兵器を作るわけにはいかない。
エリシアはルルのおいていった、レスフィーナ像と目が合った気がしたので軽く祈りを捧げる。
「レスフィーナ様、いつもありがとうございます。できればダンジョンにいった伊吹さんをお守りください」
伊吹を心配していることは心配している。
しかし、その感情がどこからきているかは自分でも良くわかっていない。
ただ、今はティナと2人で過ごしているのが少し寂しく感じる。
もちろんティナと2人でも十分に幸せなのだが、物足りない気がするのだ。
伊吹は食事量がすごく多いというわけではないが、なんでも美味しいと言って、嬉しそうに食べてくれる。
洗い物など、すぐに手伝ってくれる。
何より、エリシアとティナの母娘を常に気遣ってくれるのだ。
「伊吹さんがきてから一週間も経ってなかったんだけどな。あの人、ティナとも仲良いし、短期間で私たちの中に入り込みすぎよ」
エリシアはくすくすと1人で笑う。
笑いながら、唐突に伊吹に口移しでポーションを飲ませたことを思い出した。
カーッと顔が赤くなる。
「あれは、医療行為よ。必要な措置だったの……でも、普通だったらいくら恩人でも、行き倒れている素性の知れない人にあんなことしないと思うんだけど、なんで伊吹さんにはしたんだろう?」
あの時の行為はエリシアも不思議に思っている。
常識的に考えて、行き倒れている人間など、なんの病気に侵されているかわからない。
口移しなど、危険極まりない行為だ。
薬師として、通常の患者にさえしない行為だ。
それで助からないのなら、それも致し方ないと割り切っている。
それが会って数時間。しかも、会った時にはすでに意識をなくしていたから、話してさえいない。
「……本当にどうしてだろう」
そこへ、カランカランと店のドアが開く。
ポーションの客が来たのだろう。エリシアは今までの考えを振り切ってすぐに対応に行く。
「いらっしゃいませー。あら、ポールさん」
「エリシアさん、今日も美しいですね」
「まあ、ありがとうございます。うふふ、お世辞を言っても負けませんけどね」
「お世辞じゃないですよ。俺はエリシアさんが世界一美しいと思ってるんですよ。俺と--」
「まあ! ありがとうございます。それでは今日は何がご入用ですか?」
エリシアは満面の笑みで、注文を促す。
ポールと言われた客は残念そうに、今日の買い物を伝える。
「あ、はい、下級治癒ポーションを6本ください」
「はい、こちらですね。一本2000シリルですので12000シリルになります」
「ありがとうございます。これが代金です」
「ありがとうございます。気をつけて行ってきてくださいね」
ポールはポーションを受け取り、一度出口に向かうが、足を止めて振り返り……。
「エリシアさん! 俺はエリシアさんのことが好きなんです。結婚してください」
エリシアは慈愛に満ちた顔をする。
そして、告白した本人にとってはとても残酷なことを言う。
「まあ。ありがとうございます。ポールさん。ポールさんのおっしゃることは正確に私に届きました。
ただ、私はそれにお答えすることはできません。結婚する気もどなたかとお付き合いする気もないからです。
でも、ポールさんはとても魅力的な方ですので、素敵な方が現れるのをお祈りしていますね」
「あ、はい。ありがとうございます」
「またのお越しをお待ちしていますね」
ポールは悄然として店を出て行った。
エリシアはこのように店に来た客に告白されることが非常に多い。
本人に、その気がないのでことごとく断っているのだ。
「私のような子持ちの未亡人の何がいいのかしら。でも、近所の奥さんが言ってたわね。
未亡人だからかえって魅惑的に見えてしまう人がいるって……そう言うものなのかしら」
エリシアはどこにあるかもわからないダンジョンで1人戦う、戦いには無縁だった1人の中年男性を思い浮かべる。
「あの人はどうして辛い思いをして戦ってくれるのかしら。私の未亡人というところに惹かれているから?
それとも、私自身が気になるから?」
そこまで呟いて、エリシアは顔を赤くして頭を振って自分の言葉を否定する。
「まあ、私の頭の中はお花畑かしら? あの人は善意に決まってるじゃない。善意で戦ってくれてるのよ。
ありがたい人だわ。……それにはどう報いればいいのかしら」
エリシアは、再び遠いダンジョンで戦う伊吹に思いを馳せた。




