第38話 身体強化の使い方
ゴブリンの棍棒の一撃が左の真横から逃げる伊吹の頭を狙って迫ったきた。
「グギャア」
「やばっ!」
常走のネックレスは1秒までなら止まれるが、すぐ後ろにもゴブリンが迫っている気配がある。
右側にもゴブリンが追いついてきているから、右側に避けることもできない。
左のゴブリンの一撃が伊吹の頭を捉えたかと思われた瞬間、
『閃歩』
伊吹が一瞬で加速して、一撃を避けゴブリンを引き離した。
「やった、たまたま思いついてやってみたけど、うまく行った。もしかして、閃歩で一瞬だけ使う身体強化をかけ続ければ、もっと早く走ってられるんじゃないか?」
伊吹はリリに一瞬だけ爆発的な瞬発力を生む閃歩用の身体強化しか習っていない。
だから、身体強化を長時間かけ続けるには、自分で工夫しなければならない。
ゴブリンがやたら速い。
もっと早く走れなければ、近いうちに捕まって倒されてしまうだろう。
そうしたら、先ほどのように電撃を喰らいながら、タコ殴りにされる未来しかない。
それにゴブリンに勝つには経験が足りなすぎる。経験を埋めてくれる力が欲しい。
何が何でも身体強化を身につけるしかない。
「とにかく試してみよう『身体強化』」
何も変化しない。
「発動しない。どうして……」
そうしている間にも閃歩で開いたゴブリンの差が埋まってゴブリン達が迫ってきている。
「落ち着け! 考えろ! 閃歩の時にはどうなる?」
その時、伊吹の右足に鈍い痛みが走る。
ゴブリンに棍棒で殴られたのだ。
伊吹はよろけて転びそうになる。
「うわああ、って、たまるかあああ」
手をつき根性でそのまま走る。
痛みで右足に力が入らない。
パシャ!
右足の痛みが引いていく。
ゴーレムのアイが回復ポーションをかけてくれたのだ。
「サンキュ、アイ」
そのまま伊吹は走るが、体勢を崩したことで、2匹のゴブリンが目の前に回り込んでいた。
2匹が棍棒を振り上げてこちらに狙いを定めている。
走っている伊吹に当てるには完璧なタイミングだった。
「「グギャアアア」」
「うおおおお、『閃歩』」
伊吹はゴブリンが振り下ろした棍棒よりも早く、ゴブリン2匹の隙間を抜け出した。
「おお、危なかったー」
伊吹は危機を抜け出して安堵した。
「今ので閃いたぜ。リリ師匠は言っていた。全身の身体強化には時間がかかるって。だから、瞬間的な身体強化の『閃歩』を習ったんだった。だったら、今やるのは瞬間的な身体強化『閃歩』をいかにうまく使うかだ」
伊吹はストップターンをして、後ろから追ってきていたゴブリン達に向かっていく。
「やってやる!」
槍を構えて左のゴブリンに狙いを絞る。
ゴブリンが棍棒を振り上げてくる。
『閃歩』
一瞬、伊吹のスピードが爆発的に早くなり、ゴブリンの目の前に迫る。
伊吹は突きをゴブリンの喉元に繰り出した。
閃歩からくるスピードの突きをゴブリンは対処できずに、喉に伊吹の一撃を受ける。
「ギャ」
短い断末魔をあげるゴブリンに構わず、
『閃歩』
伊吹は後ろに向かってすぐにそこから離脱する。
『閃歩』
さらに引き離して体勢を整え直す。
伊吹が選んだのは『閃歩』の連続仕様による身体能力の底上げだった。
実のところ、瞬間的な身体強化である『閃歩』は難易度が通常の身体強化よりもずっと高い。だから、リリは通常の身体強化を伊吹に教えてもよかったのだが、通常の伊吹の微能の身体強化ではギルバートには敵わないと踏んで、爆発的に身体能力が向上する身体強化『閃歩』を伊吹に先に教えたのだ。リリは訓練期間ギリギリまでかかっても、覚えることは難しいと思っていたのだが、習得するのがやたら早い伊吹の微能のおかげで1日である程度使えるようになっていたのである。
しかし、リリが通常の身体強化を教えなかったのは『閃歩』を突き詰めてこの能力を昇華させるためだった。
つまり、伊吹はリリの思惑を図らずも実行しようとしているのであった。
「よし! これならいける」
伊吹は距離をとったゴブリンに対して大きく旋回しながら、再びゴブリンに向かっていく。
次のターゲットを伊吹から近い位置にいるゴブリンに定めてダッシュする。
そして、ある程度距離が詰まったところで、
『閃歩』
一気にゴブリンに迫り、鳩尾に槍を突き刺す。
「ギャアアア」
ゴブリンの鮮血が迸る。
そのまま、横を通り過ぎながら、槍を抜く。
そこへ、もう1匹のゴブリンが棍棒を振り下ろしてくる。
「グギャアア」
『閃歩』
これを、後ろに『閃歩』で下がることで避ける。
後ろに下がった刹那、
『閃歩』
前に突進して、ゴブリンの眉間に自在槍を刺した。
最後のゴブリンは何も言わずに倒れた。
伊吹はそのまま走り出す。
「アイ、どうだった? うまく行ったろう」
肩に乗るアイに声をかける。
アイは木でできた首を縦にふる。
それをみて、伊吹は微笑ましく笑う。
「まあ、でもなぁ。摺り足も居つかぬ足も今回使わなかったんだよな。
早く地形が悪くてもできるようにならないとな」
アイが首を縦に振っている。
「アイも、そう思うかぁ。そうだよなぁ。俺が思うに足に目があるかのような動きになればいいと思うんだよ。
こう、まっすぐ前を向いたまま地形を見なくても、走りは足に任せるような感じ」
そうやって、少しスピードを落として前を向いて走りながら、足は足に任せて地形に合わせて動かしていく。
すると、足は細かい出っ張りに対して、高ければ上がり低かったら、下がっていく。
「おお、うまくいってんじゃ!? うわあああ」
うまくいきそうで調子に乗り始めた矢先、伊吹は大きめの岩につまづいた。
そのまま転がり止まる。
ビシャーーン!
「うぎゃあああ」
止まった伊吹に容赦無く電撃が走る。
伊吹はピクピクとしている。
パシャ
アイが回復ポーションをかける。
「うおおおお、死ぬかと思ったぁ」
伊吹が勢いよく起きて、走り出す。
「ああー、調子に乗ったら、これだもんなぁ。でも、さっきのなかなか良かったのは間違いないよな。まず、摺り足は完全に足を地面につけてはいけない。そして足に目を持たせるっていう感覚なんだと思う。それは突き詰めて言えば、空間の把握と足の柔軟な対応だと思う。
走りながら、空間に何があるか把握する。それは気とか第3の目とか直感とかいろんな方法があるかもしれないけど、多分魔力による把握が一番早いと思う。だから、魔力を薄く自分の周辺に巡らして、地形の把握をすればいいだろうな。それを地面だけに特化させたのが、摺り足の空間把握。そして、足の柔軟な対応は、これは数をこなして慣れるのが一番早いだろうな。どんな地形でも対応できるようにしていく。」
伊吹は自分の仮説がなかなかいいのではないかと思った。
事実、伊吹の考えていることはほぼ正解だった。
あとは、それをどれだけ昇華していくかだ。
「おーし、決まったら、とにかく実践だ」
伊吹は、走り方を摺り足に変えて、移動を始めた。
もちろん、しばらく電撃は起き、アイがその度に回復ポーションをかけるというルーティンが続いた。




